6.写真

 次の日。

 納は新校舎とは反対の旧校舎へと訪れていた。

 生徒たちが納を無視しながら昇降口へと入るのを見つめていた。変わらず知らない顔をする。皆、あちこちに視線を向けていた。


「百合音さんはまだですかね……」


 しかし、一向に百合音が来る気配がない。納はキョロキョロと辺りを見回した。旧校舎の方を遠目で見るも、セーラー服を着た半透明の人型は見当たらない。


 もしかしたらそっちに居るのかもしれない。

 昨日確認した時に百合音のと思われる写真は、旧校舎では見当たらなかった。だから、新校舎に行けばあるかもと思い立ったのだが……。


「待ち合わせ場所とかも決めてませんでしたからねぇ」


 百合音を探してみるか、とそう旧校舎の方へ歩み始めたときだ。


「何を探してるんスか?」

「?」


 後ろから聞き覚えのない声が納の耳に渡る。くるり。納が振り返ると黒いスーツを着た青年がいた。一瞬だけ、この学校の関係者かと納は考え込む。

 しかし、彼の生気のない青白い肌と足元を見て納はその考えを取り消した。


「これはこれは、死神さんでしたか」

「あれ、オレのこと知ってるんスね」

「偶に仕事で見かけるので……」

「へぇ、意外です」


 死神はそうは思ってなさそうに心のこもってない返答をする。青年の白く放浪する魂のような髪が揺れる。


「初めまして。オレ、あずまっていいます」

「四さん、私の名前は……」

「知ってる。納でしょ?」


 驚いた。

 納は言うのをピタリと辞めてしまった。そしてすぐに、お馴染みの穏やかな笑みを浮かべる。


「おや、ご存知でしたか」

「そりゃあ。「常世」の職員たちは怪異の中でも変わり者の集団って死神界で有名っスからね〜」


 ケラケラと愉快に笑う四。

 納は何が面白いのか分からず、じっと見つめていた。やがて納の無反応な態度に四は気まずくなり視線を納からずらす。

 その事に気づかない納は平然と次の言葉をかける。


「ところで四さんは此処で何してるんですか?」

「決まってるでしょー。オレは魂狩りをしてるんっス」

「魂狩り……?」

「そこら辺に彷徨く魂を回収してあの世に送りつけるんですよ。偶に居るんスよ。ちゃんと死に切れた奴の魂が現世にいるのを」

「あら、それは大変ですね」


 納は頷く。ふいに四が持っている大鎌に目が止まった。


「随分と大きいですね」

「でしょー? これ結構重いっスよ。オレは一応鍛えてるんでなんとかなりますけど」

「力持ちですね」

「でも、アンタは痩せぎすで持ち上げられなさそうっス」


 再び四は含みのある笑みを浮かべる。

 先程の言葉がそんなに面白かったのか? 


「そんなことありませんよ? この前の仕事で10キロある落とし物二つを拾いましたし……」


 納がそう言うと、四は微妙な顔をしていた。

 あれ、終始納は首を傾げた。 

キョトンとする納は無言を貫くわけにもいかず、適切な返答をかけた筈だった。

 相変わらず四は口を引き攣らせてこちらを見ていた。そして、はあ、と疲れの入ったため息を溢した。


「全く、関わりにくいっスねぇ。ジョーダンに決まってるでしょう。人間はこういうだる絡みをしょっちゅうするんですよー」

「貴方もそうなんですか?」

「な訳ないっス」


 四は再び呆れ気味になる。大鎌を背負い直し、正門の方へと体を向けた。


「じゃあ、オレは行きますね」

「もう行くんですか?」

「うん。次の仕事があるっスから。それに、は簡単には取れないからさ」

?」


 四が指を指す方向にはたたたと急足でこちらに向かってくる百合音の姿があった。百合音さん、納はそう言いかけた。


「未練が溜まってる奴は回収しにくいんスよ。納さん、死神オレの仕事を手伝ってくれないスか? だけでいいからさ」

「……分かりました」


 たたた。たたた。

 百合音の足音が近づく。

 納は帽子のつばを持ち、軽く会釈をする。


「おはよう御座います。百合音さん」

「おはよう。納」


「遅くなってごめん」百合音はそう付け加えながらこちらに寄ってくる。急いできたのか、髪が風に靡かれたように少し乱れていた。


「いいえ。私も先程こちらに来たばかりなので」

「あらそうなの? なら、良かった。それで、さっき話してた人は納の知り合い……?」

「彼ですか? 彼は……」


 納が後ろを振り返る。が、しかしそこには四の姿はなく寂しくなった昇降口が見えた。

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