5.写真

そんな中、納は淡々と語り始めた。


「私は此処へ来て暫く経ちます。ですが、葉さん含め先輩方と比べると経験は浅く未熟者です。ですので、まだよく分からないんですよ。落とし物には怪異それぞれに大切な思いがある。その中に共に過ごした記憶つまり思い出があることを、恥ずかしながら最近知りました」

「確かに、納は落とし物を片っ端から拾って喜んでいるって感じだよね」


 磊の指摘に納は愛想笑いをした。


「でも、それはアタシもよく分かってないわ」

「え? 意外です。春さんは職員の中でも相手の気持ちを汲み取るのが得意でしょうに……」

「得意じゃないわよ〜? だって体験したことない気持ちなんてちっとも共感出来ないもの。ただ相槌を打ったりをしてるだけよ」


 優しい声で教える春の表情にはほんのり疲労が溜まっているように見えた。恐らく周りに気を使いすぎているのだろう。


「そう言う納ちゃんの方こそじゃない?」

「私ですか? いえ、特には考えてませんね」


 本当のことを伝えた筈だが、春には大きなため息を吐かれた。


「納ちゃんったら本当にもぅ」

「え? 私何か変なこと言ってしまいましたかね」

「さあ? おれもよく分からない」

「もう、磊ちゃんまで。アンタたちは全く……」

「だけど、思い出ってことはその持ち主にとって忘れられない出来事なんじゃない?」

「忘れられない……?」


 磊がコクンと頷いた。


「センターに来る怪異たちは落とした物に対して執着に近い気持ちを持ってる。それが、忘れられない思い出となっているんじゃない?」

「そうねぇ。そうじゃなかったら誰も職員アタシたちに頼まないわよ」

「成る程。依頼を提供する者たちには少なからず、何かしらの思いを抱いている、ということですね」

「ええ、そうね」


 納は再び考え込む。何故なら納にはそのような出来事を体験したことに心当たりがない。やはり、実際に経験して感じることが一番良いのだろう。

 だが、忘れられないと思うほどの体験など出くわす程の確率は低い。


「大切……忘れられない……」

「あっ、そうだわ!」


 突然、春が大声を上げる。


「ねぇ二人とも。記念に一枚撮らない? 同期揃って集まるなんて偶にくらいしかないんだから」

「別に良いけど、多分ぼやけるよ? おれたち人間じゃないから撮っても心霊写真になると思う」

「別に良いわよ。思い出にならなくてもアタシがしたいだけだから。だから、付き合って頂戴」


 春は磊の持つカメラを指さす。小型のカメラで磊の手に丁度掴みやすいサイズだ。

 三人はそれぞれ並び、磊はカメラレンズをこちら側に向けた。所謂自撮りポーズだ。


「掛け声は、『はい、チーズ』であってる?」

「いやだそれ、古いわよ?」

「じゃあ分からない。納やって」

「わ、私ですか…」


 突然、磊に役割を押し付けられたことに納は終始苦笑する。


「いきますよー?」


 納がシャッターボタンを押した。

 パシャリと音が鳴った。

 途端に、カメラの白い光が納の瞳を包み込んだ。


◇◇

 そこは見慣れない和室だった。

 八畳間くらいで人が一人二人いても十分な広さだ。

 

「一緒に写真撮ろー!」


 近くで元気なソプラノの声が聞こえてくる。

 まだ幼い女の子が梅色のカメラを見せる。女の子の視線の先には、頭二個分以上の背の高い青年がいた。

 

「あぁ……?」


 青年は不機嫌な返事をする。


「なんで俺が……別に撮っても面白くないだろ」

「何でそんな事言うの。あたしが撮りたいんだから撮るのー!!」


 そう言ってジタバタする女の子。

 畳の上に座り込み、いやいやと首を振った。

 次第に女の子の声が煩くなる。青年は終始呆れ気味になっていた。 

 そして、数秒考え込み「分かりましたよー」と力なく笑った。


「しょうがないですねぇ。一回だけですよー?」

「本当?! ありがとう―!!」


「なち」青年をそう呼んだ少女は花のような笑顔を向けた。


◇◇


 ぼんやりとした意識がうようよ彷徨う。

 はっきりしない感覚が納を襲っていた時、誰かの声により神経が再び動き始めた。


「納、どうしたの?」

「いえ、何でもありません。何だか疲れてしまったみたいで」

 

 今のは一体なんだったのだろうか。

 何だか、不思議な夢を見ていたような感覚に陥った。


「確かに、少し顔色が悪いわよ? 幽霊みたいに青白くなってるじゃないの」

「春ちゃん。青白いのはおれらも一緒」


 磊の鋭い指摘に納は力の抜けた笑みを漏らした。


 きっと、疲れているだけなのだろう。いや、そうだ。そうに違いない。納は無理矢理呑んだ。

 長時間労働の継続と休憩を挟まなかったのが原因で、無意識に体の気力が削れてしまったのだ。そして、体の限界に気付かず幻覚まで起こしてしまったのだ。


「すみません。気を使わせてしまって」

「そんなことないわよ。それに、早いとこその写真を見つけないといけないわ。に巻き込まれないようにしなくちゃ……」

「あぁ、そうでした。そのリスクも考えなくては……」


 春の言葉に珍しく悩んだ。怪異の落とし物は普通とは違う。早いこと、回収して百合音に渡さなければ。


 さもないと……。


「納ちゃん、何かあったらすぐにアタシたちに言うのよ?」

「はい。ありがとうございます」

 

 納は一礼をした。

 そうしているうちに、もうすぐ月が昇ろうとしている。
















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