4.写真
施設の受付へと向かうと、相変わらず不機嫌そうな顔をした葉が待ち構えていた。
「ただいま戻りました」
「随分と遅かったな」
今日配達された新聞から目を離し、スクエア型のメガネレンズ越しで納を見る。納は平然とした顔色で回収物が入った箱をカウンターに置いた。
世間話を語るような口調で葉に話しかける。
「いやぁ、今日は色々とありましてね」
「色々だと? お前の仕事は今日、一つの筈だったが? それと、何だこの無駄なガラクタは…」
「ガラクタじゃありませんよ」
箱から取り出したガラクタを呆れ見る葉。その手には骨が折れた傘があった。
「それと納」
「なんでしょうか?」
「お前、何か変な感じがするな。一体どこをふらついてきたんだ?」
「変?」
納は自分の腕や胸元、足をジロリと見つめた。
「そうじゃない」葉が挟む。
「
「後ろ…? あぁ、成る程。少し絡まれただけですよ。あと、暫くの間ですが仕事範囲を学校付近にして頂きたいのです」
「はぁ?
葉の眉間が更に眉間に皺を集めた。ちっ、微かな舌打ちが響く。
「分かった。そこら辺の近くの依頼をやる。後は好きにしろ」
「はい。ありがとうございます。そこで、先輩である葉さんに聞きたいことがあるのですが……」
葉の面倒くさそうなため息が漏れた。納は気にせず穏やかな口調で続ける。
「校舎内で百合音さんという方に出会いまして。彼女、写真を失くしてしまったみたいなんです」
「はぁ……」
「その写真って一体どの様なものが写っていると思いますか? 百合音さん、とても大切にしていたらしいので何とかならないかと…」
「知るか。そんなに大事なら思い出だったんだろ」
「思い出…?」納は首を傾げた。すると、しまったと葉の表情が険しくなった。
「これ以上は俺に聞くな。あとは、お前の同期にでも聞いてみろ」
「あ、はい。分かりました」
相談事は呆気なく終わってしまい、気がつけば葉は新聞を読み始めていた。終始葉が面倒臭くなり投げやりになったように見える。が、納は気にせず軽く受け止めた。
「納」葉は施設の中へと入る納を止める。
「くれぐれも下手な真似だけはするなよ。失敗したら、お前が施設のお荷物になるだけだからな」
「はい。お気遣いありがとうございます」
納は一礼をして葉に背中を向けた。
◇
「もう夕方ですか‥」
施設に戻った納は、窓を見ていてた。空は時間が経ち、澄んだ青が橙に変わっていた。それを背景に日の光の影で覆われた鳥が何羽も飛んでいた。
近くの談話室を通り過ぎようとした時、カシャリと機械音を耳にする。一瞬だが、眩い白い光が納に当たった。
納が談話室の方を覗くと、水色の短髪の少年がこちらを見ていた。
「あ、納じゃん。おかえり〜」
「おや?
磊とは同期であるが話す機会は少ない。だが、見かけたら磊側から声を掛けてくれる。
彼自身の首につけているマゼンタ色のマフラーがよく目立つ。職員が共通着用の作業服が存在感のない色だから余計だ。
「おかえり、納ちゃん。お疲れ様」
「おや、春さんも。ありがとうございます」
談話室には同じく同期の春もいた。
どうやら二人は先程まで一緒にいたらしい。
磊がふと納に言った。
「そう言えば名札拾ってくれてありがとうね」
「いえいえ、たまたま廊下に落ちていたんで拾っただけですよ」
「やっぱり、拾い癖がある人に頼めば失くしてもなんとかなるもんだよね。神様、仏様、納様。ほんと、
「磊ちゃんったら、調子のいいこと言っちゃって」
春は磊の呑気ぶりに眉を下げる。
「見て見て〜納」
「それは……カメラですか?」
納の返事に磊は「そうそう」と頷く。
「仕事中に路地裏で見つけたんだよ〜。まだ、使えるっぽいから拾ってきちゃった」
磊はカメラに興味津々になりソファの上で乱雑に寝そべった。磊の足先に春も座っていた。春は口をむっとさせ困っていた。
「全くもう、磊ちゃんったら納ちゃんの真似なんかしちゃだめよ? 葉ちゃんのお仕事増やしたら大変でしょう」
「大丈夫。納みたいに重度の拾い癖はないし、納が葉の仕事を増やしてるのはいつものことでしょ」
「すみません‥。どうしても落ちてる物は気になってしまうんです」
納は眉を下げて仰々しくなる。
春と磊の言う通り、納は落ちているものなら何でも拾ってしまうのだ。現に、今回の遺失物回収点検でも納は葉に小言を呟かれた。
「葉ちゃんもあまりピリピリしなくなったわねぇ」
「納の意地に諦めただけだよ」
「そ、そうでしょうか…?」納は人差し指で頬を掻いた。春が呆れた表情で頬に手を当てる。
「本当よ〜? それ以外は完璧な男なのに勿体ないわね〜」
ご尤もである。
納と言う男は、その悪癖以外は文句のつけどころがないほど完璧である。
仕事を従順に熟し、先輩にも後輩にも、春や磊の同期の二人にも敬い、礼儀を重んじる優秀な職員だ。
物腰も柔らかく落ち着きを持つ人柄、それかつ紳士的なら、初対面相手でも好印象を持つに違いない。
「あはは……」
図星を貫かれた納はこの状況を笑って済ますことにした。
「ま、納の言い分も分かるけどね。人間の所有物って珍しいものばかりだし」
カメラをじっと見つめて磊は続ける。
「人間って物を大切に扱う人が少ないよね。このカメラもそう。まだ使えるのに勿体ないことするんだな〜」
「カメラ……写真……。ふぅむ」
「納ちゃん、そんなに深く考えてどうしちゃったの?」
春は納の様子を心配する。磊もいつもとは違う納の顔を気にかける。
「何々、納今日は珍しく思い悩んでるじゃん。どうしたの―?」
「いや、それがですね……」
納は今日、自身の身に起きた出来事を二人に話した。
百合音という少女が写真を探していること。
写真の内容が一体どういうものか分からないこと。
葉に相談すると、思い出だということ。
簡潔に纏めて伝えれば、二人は納得の態度を示していた。
「そうね〜。思い出なら大切なものよね」
「それで、何をそんなに悩んでいるの? そこまで深刻に考える必要はないんじゃないの?」
「それが……私、思い出とはどう言うものが何かよく分からないんです」
「すみません」と申し訳なく言う納に二人は顔を見合わせ意外そうな表情を見せていた。
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