2.写真
時は過ぎ、気づくと夕刻が迫っていた。納は依頼主の落とし物を無事に回収し、約束した廊下へと向かい始めた。
納が辿り着くと、既に女子高生が居た。何やら自分の髪をくるくるさせ時間を潰していたようだ。彼女の方へ歩み寄ると彼女はこちらに気がつき不機嫌そうに言った。
「遅いわよ。全く、レディーを待たせるんなんて失礼にも程があるわ」
「それはすみません。少し道草をしてしまい」
「それで、仕事は終わったの? 落とし物は見つかったの?」
「はい。この通り、無事に回収致しましたよ」
納は箱に入っている上品な財布を取り出す。少女はそれを見るも興味を示さなかった。彼女は視線を下にずらした。
「…思ったんだけれど何。その箱にいっぱい入った荷物」
「もしかして気になりますか?」
「そうそう、これを見てください」納はガサゴソと箱の中を漁った。すると、何やら納は水色の折りたたみの傘を取り出した。
「この傘、校舎裏で拾ったんですよ。所々骨が折れて居たんですが使えそうですよね」
納は嬉しそうにオンボロの傘をゆっくりと広げた。くるくると回し物珍しそうに見ていた。
納は革財布を見つけた後、時間が余ってしまったため校舎内の落ちている物を探していたのだ。
納の姿に少女は目を見開いていた。そしてすぐに、眉間に皺を寄せていた。
「汚いわよ。そんなのゴミじゃない」
「いやいや、珍しいんですよ〜? これ、直せばまた使えそうですね」
「はあ? 直すって…」
「知り合いにそう言うのが得意な方が居るんですよ。なので、持っていって修理してもらおうかなと…」
「あなた、重度の拾い癖ね。趣味が悪いわ」
「ふふ、それよく言われます」
「あと、それから…」そう、納が言ったときだ。
ガン、ガンという鈍い音が響き渡った。外からだった。
「あれを見てよ」
「…ん?」
女子高生に言われ、回収物から視線を外し、納は音がなる方へと顔を動かした。廊下に取り付けられた窓から顔を覗き込んだ。
メッシュ越しから見えるのは、体育館裏だ。そこに、背の高い男子校生三人が、一人の華奢な男子校生を囲み話し込んでいた。
「何でしょうか」
納は首を傾げた。ただ会話をしているようにしか納には見えなかった。
しかし、一人の高身長の男子校生が取り囲まれていた男子校生を殴りつけた。その途端、残りの二人も蹴ったり、叩いたり、真ん中にいた少年に攻撃を繰り返した。納は呆然としていた。
(殴った…)
「こっち来て」
「ま、待ってください…?!」
突然、少女に腕を引っ張られ納はされるがまま何処かへと連れて行かれる。その先は空き教室だった。
教室へ入ろうとする少女に、「一体どうしたんですか?」と納は戸惑いを見せる。しかし、彼女に静された。
「あそこよ」
少女は小さく指を指した。納はその方向に目をやった。
「おい、何とか言えよ!! ブス!!」
「や、やめて…やめてよ…」
「黙れよ! どうせ生きる価値も何にもない奴がさ、ピーピー泣くんじゃねーよ!! マジでさっさと消えろよ!!」
一人の女子高生が、違う女子高生の胸ぐらを掴んでいた。うぐ、と泣きそうな声が聞こえた。その後ろに別の女子生徒が二人、いざこざが起きている二人を見てクスクスと笑っていた。
その光景を空き教室の扉の外から、納と少女はこっそり覗き込んでいた。
「あの人達、何をしてるんでしょうか……」
納はそう呟いた時、何を思ったのか、少女は冷たい瞳を宿したままその場から離れた。
納も彼女の背中を追い、空き教室を去った。
静かになった廊下に、コツコツと踵を鳴らす音が響く。後から、後を追うような急ぐ足音も重なった。
ピタリ。
突然、少女は歩くのを止めた。
「馬鹿ね」
少女が呟いた。
納は何と言ったのかよく分からず、耳をすませた。
「そんな事したって鬱憤が晴れるわけないじゃない。あいつらはむしゃくしゃすると気弱な奴を狙って攻撃するの」
「成る程。人はむしゃくしゃすると無作為に他人を殴ったり蹴ったりするのですね。勉強になります」
「何言ってるの? そんな訳ないじゃない。って、あなたに言っても分からないわよね。だってあなた、頭が悪いもの」
「そうですか」
「頭が悪いと言えばそうね。大人もよね」
少女は続ける。
「大人はさ、子供が間違ってることを止めてくれるんじゃないの? 先生って生徒を守る為に居るんじゃないの。誰よ、困ったらすぐに相談をしてとか言ったの」
「…どうしましたか?」
「私が、私がどれだけ助けてって言っても
「おや、そうですか。それは災難でしたね」
他人事のように納は返す。そして、納は一瞬考える素振りを見せて口を開いた。
「うーん。ああ言う揉め事は大人でもあると思いますよ。全員が良い人ばかりでは無いですから」
納はさらに続けた。
「大人だって未熟な人たちが殆どじゃないですか? 理不尽な事で怒るのだって自分の思い通りにいかない一種の我儘のようなものでしょう?」
少女は黙っている。顔は俯き、表情が見えない。納も納で目元が隠れ、一体何を感じて発しているのかなど分からない。
「理不尽な事は大抵がどうでも良いことです。聞き流してしまえば大丈夫ですよ。ですが、人間はよく細かい事を気にしますよね。自分に対する指摘だと特に。まぁ、止めるのが最善なのかもしれませんけれど…」
「じゃあ!!」少女は叫んだ。瞳が吊り上がり、納を睨みつけた。また大きな声を出すのかと思えば今度は静かに呟いた。
「どうして止めないのよ」
「別に意味がないと思いまして…」
申し訳なさげに言葉をかける納だがその声色は軽々しく心底どうでも良さそうだった。納の何も感じられない発言がさらに続いた。
「どちらでも良いと思いますよ」
「な、何でよ…!! 平気で人の嫌がることをする奴らだよ?! 平気で人の物を取って汚して、傷つけて!! そんな奴なんかどちらでも良いだなんてあなた、可笑しいわよ!!」
「おや? そうですか。それはすみませんでした。ただ、よく分からないんですよ。人じゃないので…」
「はあ?!」
女子高生の声が上がる。信じられないとでも訴えているかのようだった。彼女の表情はまさに激怒だった。
「何訳分からないこと言ってるのよ!!」
「そうでしょうか。貴女なら分かってくれると思ったのですが…」
納は焦ることなく淡々としていた。分かってくれるだなんてこいつは何を言ってるのだと彼女は不機嫌になった。火に油を注ぐように納は更に続けた。
「それに貴女が気にしても意味がないと思いますよ」
「どう言う意味よ」
「あれ、気づいてないのですか?」
納の唇が縦に弧を描いた。しかし、すぐにいつもの柔らかい笑みに戻る。
「だって貴女、とっくに死んでいるでしょう?」
納の帽子のメッシュに隠された瞳が微笑んだ。少女は目を見開いて納を睨みつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます