女神、凱旋する
【エリア5-4:アークアーカイブス】
「イッツトゥーレイト! おりゃあああ!!」
ジト目のサイブレックスに無言で付けられた電子錠に拘束された両手。バッドデイは何度も抵抗を試みるも、頑強な機械拘束には全くの無力だった。ついでにジャミング電波が発せられているようで、残りの改造車両の遠隔操作もできない。
「うるさいわよ⋯⋯」
「本当にやめてくれ、傷に響く⋯⋯」
重傷のマルシャンスと瀕死のシンイチロウが呻き声を上げる。この中で唯一治癒術が使えるマルシャンスがダウンしている今、クロキンスキーの応急処置技術が大活躍していた。登山家として過酷な環境に身を置いてきた彼には、異能ではなく技術としての生存技能が研ぎ澄まされていた。
「そんな俺でもどうして生きているのか不思議なんだが…………」
全身穴だらけで引き裂かれまくってるシンイチロウが、白目を剥きながら苦笑した。おまけにその肌は火傷と凍傷に苛まれている。
「ごめんなさい、手間をかけるわ……ただでさえボロボロだったのに…………私の攻撃が大雑把過ぎて、何度か巻き込んでしまって…………」
「オ、ボ、エ、テ、ロ、ク、ソ、ト、カ、ゲ」
息絶え絶えに動くシンイチロウの口。大きな身を縮こまさせるレダが、さらに小さくなった。
彼女も人化するほどの余力がない満身創痍だったが、流石に竜種の頑強さは群を抜いている。クロキンスキーの治療は不要のようだったし、何より流石に竜の治療方法なんて彼にも分からなかった。
「……迷惑かけるわ。せめてアタシの力が残っていたら」
「言いっこなしだ。アンタは十分役目をこなした。それに――もう戦いは終わったんだ」
崩れていく聖域の果て。『機神』サイブレックスと預言者スミトの殲滅兵器が文字通り火を噴いた。
光学兵器の嵐に、残った天使兵も全て蒸発してしまった。壮観な光景だった。その後、サイブレックスは遥加たちのところに飛んでいってしまった。
「戦いが終わったってのはトゥーファースト! 戻ってくるのがトゥーレイト! あの速度でここまで時間が経っているのは、何かあったにトゥルーだぜ!」
「……貴方。せっかちはいつものことだけど、そこまで面白い喋り方してたかしら?」
「俺はいつだって速くて面白いが」
「急に冷静に戻らないで頂戴」
騒ぐバッドデイが大人しくなったのは、周りの反応故だろう。彼女たちが無事に戻って来ることを、誰もが疑わない。その様子を見て、ジタバタしている自分がみっともなくなった。
と、同時。
バッドデイの電子錠がカチッと外れた。
「おんや? 大人しくなったら拘束が解けるなんてどういう理屈だ?」
「……単純な話だ」
いち早く双眼鏡を覗き込んでいたクロキンスキーが言った。匂いで感じ取ったレダが尻尾を立てる。拘束を施した張本人が戻ってきて、電子錠を解除したのだ。そして、拘束が解けたバッドデイが最後に残った愛車に飛びついて無事を確認する。
「……心配していたのって、もしかしてそっち?」
「んーー? 半々だ。正直、俺が心配するほどヤワな子たちじゃねえのは分かりきってるしな」
「まあ……そうね」
身を起こそうとするマルシャンスを、バッドデイが支えた。彼らは、あの爛漫な女神に惹きつけられて戦いに赴いた者同士。奇妙な友情を感じていた。
『想神』アリス。
『機神』サイブレックス。
彼女たちが、仲良く手を繋いで談笑していた。サイブレックスが両肩に抱えるのは、あやかと真由美。二人とも穏やかな寝顔を浮かべていて、つまりはそんな結末だったのだと物語っていた。
「人の気も、知らないで…………」
死にかけのシンイチロウの口元が綻ぶ。その気持ちをよくよく理解したレダが彼の頭を静かに撫でた。シンイチロウは少し身じろぎをするだけで抵抗しなかった。この二人の仲も随分と打ち解けたものである。
「ただいまーー!!!!」
大きく、響く声で、遥加は両手をぶんぶん振った。その表情は晴れやかで、勝利の確信をもたらしてくれた。ふんわりと自然な笑みを浮かべているサイブレックスに、一同は共通した印象を頭に思い浮かべた。
(たらし込まれたわね)
(たらし込まれたな)
(たらし込まれたようだな)
(たらし込まれたか)
(たらし込まれたようね)
「――ああ、晴れたな」
感慨深く、クロキンスキーが呟いた。氷壁の頂上に差す光。これまで猛吹雪が厚く覆っていた日差し。聖域の影響が天を覆い遮られていた日差し。降り注ぐ。
その光に照らされながら歩く遥加には、後光が差しているような神々しさがあった。やはり、何か持っているところがあるのだろう。ここまで出来すぎた画に、一同が浮かべるのは清々しいほどの苦笑いだった。
「みんな、本っっ当にお疲れ様! ここまで付き合ってくれてありがとうございます!」
深々と頭を下げる遥加。はにかみながらパタパタと皆に寄ってくる彼女に付いていくサイブレックス。彼女の異変に真っ先に気づいたのはマルシャンスだった。
「遥加ちゃん、貴女…………」
「あ、気付いちゃった? 私の権能は偉い神様が現われて取り上げていったよ。あくまでもこの世界にいる間は、だけれども」
あっけらかんと言ってのける遥加。そういえば、別の神が統治している世界に神格が介入するのはご
「でも、大丈夫だよ」
遥加は純白の大弓を浮かべてみせた。『救済』の権能は取り上げられたが、『浄化』の魔法は残っている。『悪竜王』にしてやられた時のような絶望感はなかった。
新米の、しかも後輩に窮地を救われた女神リアの立場を思うと少し胸が痛む。だが、それも仕方がないことだ。その管理能力が問われたとしても、せめて慰める立場にあろうと思わされるだけだ。
「私は私のまま。これくらいが等身大でちょうどいいよ」
『救済』の権能は情念の怪物や悪竜に絶対的な効力を有するが、そんなものは必要ないことを遥加は知っている。動き出した『終演』も、侵攻を始めた『悪竜王』も、いずれ動き出す始まりの門でさえ。この世界で戦う想いは、きっと覆してしまうことだろう。
そんな確信があった。
確信に至る経験を積んできた。
「だから、お待たせしました」
軽く小突かれたあやかの首がカクリと上がる。『浄化』の魔法が有する回復能力。そして、実質魔力無限の高月あやか。組み合わさるコンボを、マルシャンスとバッドデイは一度見ていた。
「ふぎゃあああああああああああ――――!!??」
覚醒と同時に悲鳴を上げるあやかの魔力を、遥加が吸い尽くす。その回復能力は微々たるものだったが、塵も積もれば山となる。
「すごいな、これ…………」
特に、最も傷が深かったシンイチロウが呟いた。みるみる内に傷が癒えていく。それだけではない。極限まで擦り減らした体力までもが回復していった。
この戦いで傷ついた皆の傷が癒えていく。まさに奇跡のような光景だった。響き渡る汚い悲鳴はご愛嬌。
「ここまで付いてきた方々に、敬意を表します。貴方たちの想いは尊く、故にその在り方も輝かしいものでしょう」
かしこまって、遥加は言った。
「だから、自信を持って。みんな、自分の道を歩いていける。こうしたいって想いを、大事にしてあげて」
これまでの戦い、冒険に、各々は何を手にしたか。女神一派の少女たちだけではない。彼女らに巻き込まれた因果の渦で、彼らが掴んだものは。
「少し、少ーしだけのんびりしましょ! それから、氷壁を降りてセントラルに戻ろう」
この世界、そしてそれ以外の世界でも。何が起きているのか、遥加はほとんど正確に把握していた。それでも、逼迫性はないと感じていた。彼ら彼女らならば、きっとなんとかしてくれる。
「それから、分かれて進もう。自分が付いていきたい人と、自分が行きたいところに。もちろん、元の世界に帰ってもいいよね。
伝えておくとすれば、『悪竜王』や『終演』は大詰めを向かえている。それに、控える『黒竜王』はスィーリエ様以上の脅威があるかもしれない」
その上で、どうするか。目覚めたあやかと真由美が地に降りた。彼女らにも問うているのだ。どうしたいのか、と。
「想いのままに」
果たして、誰がそう言ったのか。
彼女らがこの世界を旅立つ時には、このメンバーで集まろう。ここにいない『剣鬼』やニュクスも呼んで。
きっと、皆が笑い合って各々の道を進む未来が来る。そんな希望が溢れていた。
そして、それぞれが踏み出す先は――――
※お知らせ※
ビトパートはこれにてひとまずは完結となります。
遥加、あやか、真由美は貸出フリーですので、ご使用されたい方は南木様の近況ノートからその旨おっしゃっていただければ!
https://kakuyomu.jp/users/sanbousoutyou-ju88/news/16817139557570590330
なお、お借りしていた以下のキャラクターについてはフリーとなります。
ご使用される際は、同じく南木様の近況ノートからそれぞれの作者様に許可をいただきますようお願いいたします。
・クレイジー・バッドデイ
・隻眼の登山家クロキンスキー
・古火竜レダ
・悲哀のマルシャンス
・魔法少女ニュクス
・シンイチロウ・ミブ
これまで素敵なキャラクターをお貸しいただきありがとうございました!
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