vs権天使アーリアル7

 最終局面。

 世界の命運を決するぶつかり合いが、ここにはあった。無数の次元斬撃を繰り出す権天使が、虹の翼を大きく広げる。


施錠ロック!」


 量子化した肉体が、水色の鎖をすり抜ける。だが、攻撃のためにはどうしても実体が必要だ。そのタイミングに、あやかの読みが噛み合う。


「インパクト・マキシマムッ!!」


 ゼロ距離でショットガンでもぶっ放したかのような凄まじい拳撃。ハイゼンベルクストライクを駆使した全力の斬撃でようやく相殺する。つまり、あの拳撃は自身の4倍もの威力があるのだと理解する。

 そして、多元極光の斬撃を真由美の迎撃に当てる。視界に映る全てを殲滅する次元斬撃は、同じく手数勝負の彼女には相性が良い。


「――読めてるわよ、そのくらい!」


 真黒ペンタブラックと真銀の鏡が入り乱れる。吸収と、乱反射。アーリアルの攻撃が見えていたわけではない。だが、は、真由美には読めていた。権天使の斬撃がその軌道をなぞることも。


「リロードッ!!」


 しかし、そこから先は分からない。滅茶苦茶な軌道で加速したあやかの拳撃を、アーリアルが素手で叩き潰した。反対側の手で虹天剣を突く。


「つ、か、ま、え「られません」


 土手っ腹を貫かれたあやかが身を固めるも、その前に虹天剣が引き抜かれた。本当は心臓を狙ったはずが逸らされた。その時点で罠だと看破している。


「進んで!!」


 あやかを包む水色の光。『治癒』の魔法だ。『増幅』の魔法は攻撃の起点になる四肢に注がれる。真由美の魔法では塞ぎきれない傷も、あやかにとっては些末な問題だった。


リロードもっと! リロード伸ばす! リロード先へ!」


 凄まじい拳撃の乱打に空間が歪んだ。量子化でも抜けられない歪みの壁。それでもアーリアルには届かない。

 右手の虹天剣。左手の徒手空拳。捌く。弾く。削ぎ落とす。虹の軌跡に混ざる鮮血。その色が濃さを増していき。


(どう、すれば――――ッ!!?)


 この段階ステージにまで来ると、完全に真由美の理解を超えていた。どこに何を仕掛ければサポートになるのか。

 真黒ペンタブラックの物質をばら撒くだけでは効果は薄い。実際、アーリアルは真由美の妨害を歯牙にもかけない。一方的に残り少ない魔力を消耗させるだけだった。


『真由美ちゃん、落ち着いて』


 小さな声だった。さっきのスィーリエのように降り注ぐ声。敬愛する女神の助言が、真由美の心に染み渡る。


『貴女が夢のために積み重ねた全ては、嘘にはならない』


 足りないもの。

 自覚している。

 それ故に強く。


『いいんだ。不足は、未来で埋められる』


 だから。


『今は、ただ、想いの限りを』


 真由美が前に出た。殲滅圏に飛び込む。無数のバブルが虹を乱反射して散らす。


反復リロード


 『泡沫』の魔法を重ねがける。音速を越えて衝撃波を撒き散らすあやかの姿が、その像が、世界に無数に映り込んだ。


増幅リロードッ!!」

反復リロードッ!!」


 進め。並べ。先へ。

 音を置き去りに、光の速度へ。権天使アーリアルの速度域についに指がかかった。無限の次元斬撃を迎撃しながら進む中、真由美は視線を感じた。


「ありがとな」


 高月あやか。

 どこまでも強く。

 故に孤高だった少女。

 彼女がこちらを見ていた。今度は真由美が前ばかり見ているあべこべだ。あやかが大きく下がる。引き連れていく破壊の余波に、アーリアルが必死の形相で虹の翼をはためかせた。


「私の、魔法は、何でも出来る」


 違う、そうじゃない。


、何でも出来る」


 アーリアルの前に躍り出た真由美が、真黒ペンタブラックの『咲血』を構えた。虹天剣と交差する直前。



 刹那の領域が、永遠にも感じられるようだった。真由美の神速の斬撃が、虹天剣を両断した。光を、斬ったのだ。

 しかし、それは戦いの勝利ではない。大柄な身体で振り上げた長い腕。力任せに殴り飛ばされた真由美が大きく吹っ飛ばされる。


「だから、何だというのですか――!」


 アーリアルは、再生を始める虹天剣を手に走り出した。その視線の先には、高月あやかがいる。クラウチングスタートの体勢で力を溜める彼女には、アーリアルの次元波動光線に匹敵する力が渦巻いていた。


「殲滅します。主命は絶対です」


 光速で斬り伏せる。加速するアーリアルの姿が、だが、その場に縫い留められて。縛り付ける鎖の根本には。さっき自分が殴り飛ばした水色の少女が。


施錠ロック


 『束縛』の固有魔法フェルラーゲン、その効力。縛った相手のあらゆる特殊能力を無効化する。をも。

 『完全者』や大天使のように一方的に付与された神性介入には効果は無かっただろう。そもそも、神性介入そのものを無効化するすべは無かった。


「でも、この神性は、貴女が自身に授けているもの」


 そう、自分で言っていた。与える側の大元であれば封じられる。侮り、情報を迂闊に与えてしまったが故の結果。あれだけ圧倒的だったアーリアルが、ついにその動きを封じられた。


くぞ」


 顔を上げたあやかの、猛禽のような目付き。アーリアルは自分が怯んだのを自覚した。否定しようとして、だが即座に受け入れる。

 かつてないほど追い詰められている現状は受け入れよう。その上で、アーリアルの信仰心は真っ向勝負でねじ伏せる気でいた。


「スィーリエ様」


 復活した虹天剣の輝き。『束縛』の魔法では能力を封じられても、体質そのものは効果外だ。つもりは、そういうことなのか。


「この一振りを、主神御身に捧げます」


 斬り伏せに行けなくとも、来る方向とアイミングが分かれば迎撃は可能。そして、今更あやかがそれを隠すはずもない。そんな奇妙な信頼があった。


「ありがとな。真由美、アーリアル」


 あやかは、拳を、握り締めた。

 無限に束ねられる漆黒の道に足を乗せる。


「隣に立ってくれて。前に立ちはだかってくれて」

「――来い、高月あやかッ!!」

「――行って、高月さんッ!!」


 夢は、叶った。

 ぶつけられた、ありったけの情念に少女も大天使も高揚する。想いの連鎖が、全て束ねられた。

 真正面からの拳撃を、真正面から斬り伏せる。



「音 速 弾 丸


 マ ッ ハ キ ャ ノ ン


 ――――――――ッ!!!!」



「 虹 」


  「 天 」


    「 一 」


      「 閃 」



 聖域ポルタサンタ・スカイゲートは、その凄まじい激突の余波で完全に崩壊した。音も光も何もかもを置き去りにした衝突の果て、二本の足で立っていたのはただ一人。







 神界で横たわる女神スィーリエは、両目を見開きながら口元を引き攣らせていた。


「嘘よ、嘘。こんなこと、有り得るはずがないわ……幻覚、そうね。夢を見させることこそがお前の本当の権能なのね」

「スィーリエ様。いくら夢見ようとも、現実は覆りません」


 だからこそ、足掻くのだ。

 眼下の景色が映し描く。聖域で唯一立っていたのは、権天使アーリアルだった。ただし、その下半身のみだった。


「そんな。だって、こんな……!」


 上半身は、虹天剣ごと消滅していた。そして、残った下半身も塩と溶けていく。真正面から突き抜けたあやかが、地に伏していた。

 ちょうど隣に倒れていた真由美と手を繋ぐ。指を絡めて、微笑んでいた。


「私達の、勝ちです」


 想神アリスの宣言に、創造神スィーリエは恐怖の形相を浮かべた。まさに正真正銘の破滅だった。最も頼れる片腕も、それ以外の配下も全てが滅せられた。


「スィーリエ様。未だ貴女に、理想を追い求める想いはありますか?」


 創造神スィーリエ。

 完璧な世界を目指したが故に、至らぬ世界を幾度となく殲滅してきた。その想いすらも、想神アリスは否定しない。だが、それは甘さではなかった。この期に及んで問いかける。


「さあスィーリエ様。貴女が目指す『完璧』を、未だ追い求める意志はありますか?」


 極限状態。腹心の部下は全て失い、自身の権能も削り取られつつある。それでも完璧な世界の創造を目指すのであれば、アリスはその想いを守り抜くだろう。


「悪魔め…………!」


 対して、スィーリエが吐いたのは純粋な呪いの言葉だった。これまで順風満帆にいっていた女神ライフが。それが完膚なきまでに叩き潰されたのだ。彼女にとっては、その元凶が悪魔に思えるのは致し方なしか。

 だが。


「スィーリエ様。貴女はこのままでは創造神としての権能を失います。じっくりと、時間を掛けて」


 なまじ才能があったが故に、その権能を浄化し切るのは時間がかかる。それでも、縫い留められた四肢を『救済』の矢から引き抜く腕力を、彼女は持っていなかった。


「どこ、行くの……!?」


 静かに背を向けたアリスに、スィーリエは言った。アリスは振り返りながら、軽く首を傾げた。


「そりゃあ、従者のねぎらいに。まさか、スィーリエ様はやられていなかったのですか?」


 悪辣な冗談だった。肯定も、否定も、スィーリエには出来なかった。今はただこの致命的な拘束からの解放だけを。だが、まともな戦い方すら身に付いていない彼女には無理な話だった。


「私の、力……権能を――――!」


 恨みがましい視線に、アリスは蔑如べつじょの視線を向けた。拘束は、恐らく自力では解けないだろう。その光は生命を蝕むものではないが、神としての権能は少しずつ削っていく。


「スィーリエ様。貴女は、その力があるからこそ『完璧』に拘ったのですか?」


 どうしようもない想いに駆られた者たちを、アリスはたくさん見届けた。力があるから想いを抱いた訳では無い。想いがあるからこそ、力が必要だったのだ。


「私の使命を、宿命を、嘲笑うつもり!?」

「真に想うのであれば、そんなことは有り得ません」


 スィーリエという存在が、真に『完璧』を夢見る存在であるのであれば。このまま削り取られる権能がなくとも、戦い続けることだろう。『救済』の矢は、生命を奪わない。


「スィーリエ様。これから創造神という権能を亡くす貴女が、どんな『完璧』を希求するのか。それが私には楽しみでなりません」


 苦悶の表情を浮かべながら、スィーリエは沈黙した。決着。まさにそんな言葉が相応しい。

 誰かに助けられるまで権能を削られ続ける創造神。暴れるその身を背に、想神アリスは下界に降りた。

 彼女マギアたちをねぎらうために。

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