vs権天使アーリアル6

 権天使アーリアルが虹天剣を天に向けた。


「来る……!」


 あまりにも隙だらけな体勢を、それでもあやかはじっと動かず見つめていた。真由美にも分かる。凄まじい力場が渦巻いていた。

 実感する。世界を殲滅する力。恐らくは易々とは振るえないだろう力を、たった二人の人間に対して向けているのだ。


!!」


 あやかの怒号に、真由美はワールドヘッジを構えた。あやかの半身が塩のように崩れ落ち、それでもブレない重心移動で地を蹴った。


「「フェアヴァイレドッホ!!」」


 降り注ぐ円形の極太ビーム。サイブレックスの衛生レーザと比較して、威力も、範囲も、悠々と上回っている。


輪廻劇場ボア

童話の女王メルロレロ・ルルロ・ポンティ


 崩れたあやかの肉体が、漆黒の汚泥で埋められる。魔法は再生よりも迎撃に優先行使した。真由美も無数の紙の騎士を召喚して盾としたが、瞬時に塩の柱と果てる。

 悪竜王の時の二の舞いを避けるために、二人はネガ本体を後ろに、人としての身を前に進めた。あやかの全力の拳撃。終わりのあやかどもが塩と溶けながら追撃を続ける。解析を終えた真由美が『創造』の魔法で構築した真黒ペンタブラックの光線が、少しずつ殲滅光を散らした。

 そして、破滅的な殲滅光線がついに弾き飛ばされる。


「無駄です」


 しかし。

 現実は。

 アーリアルの言葉通りだ。

 これだけの全力を尽くしてようやく散らした殲滅の光が、何本も。時間差で降り注ぐその光は、もはや神話の光景だった。


「世界が」「滅ぶ」


 目撃者の少女二人は、そう言った。

 ネガの結界は、一種の異界だった。故に自力で世界を渡るすべをもたなければその身は完全に囚われる。そして、複数展開した場合は入れ子構造に結界が展開される。

 その漆黒の世界も、外側の稚拙な星空の世界も、アーリアルが放つ破滅的な光線の数々が次々と穴だらけにしていく。世界の末路。権天使アーリアルがそのを担う所以が、目の当たりになり。



「――勝ちたい!」



 ネガの結界が崩壊する。ネガ本体を退け、致命傷は何とか避けた。それでも降り注ぎ続ける光の柱に、あやかは一点の曇りもない目で言い放った。

 まるで、玩具とじゃれあう子犬のような目の輝き。


(ふふ……可愛いとこも、あるじゃない)


 真由美がくすりと笑った。あやかを覆う真黒ペンタブラックの鎧。年相応の無邪気さで走り出す彼女に、真由美はようやく並んだ。

 驚異はあっても、恐怖はなかった。自身の内側から膨れ上がる無限の情念を感じる。

 さあ、行こうか。


「まだ、上げる。まだまだ上がる。付いてきてくれるか――――?」

「はい。もちろん」


 そのやり取りに、アーリアルの次元波動光線が勢いを増す。彼女が感じたのは、危機だ。これだけ優位性に立っていて、それでも狩られる。そんな原始的な危機感がその身を震わせた。


「だが潰す」


 情念の煌めきを上から圧し潰すのは、確固たる意志。そして、その礎となる信仰心。想いの強さで、負ける気など微塵もなかった。


「殲滅する」


 言葉が破滅を帯びる。聖域ごと消し飛ばすような光の奔流。まるで流星群のようだった。神秘的で、この至近距離から見ると破滅的の極致。

 あやかは吠えた。

 真由美は叫んだ。

 『増幅』の魔法が、その力を無限に引き上げる。『創造』の魔法が、無限の手数で光を散らす。終わらない。まだまだ降り注ぐ。

 聖域ポルタサンタ・スカイゲート。

 神の領域すら、塩と溶けていく。





「いや、どういうことだよ……」


 満身創痍のマルシャンスにおぶられながら、ほとんど死に体のシンイチロウはそう言った。生きているのが不可思議な自身の身体に対するツッコミではない。


「……まだ喋れるのか、こやつ」

「いえ、そこじゃないでしょうに…………」


 まともに飛べずに這って進むレダに、この中ではダメージが一番マシなマルシャンスが呟いた。を見て、マルシャンスは即座にバッドデイ呼び出しボタンを押した。

 聖域の縁には、作戦通りであればサイブレックスたちが制圧している頃だろう。一秒で到着したバッドデイの改造車両(合法)に少し安心する。


「念のために聞くけど、どこから来たの?」

「安心しろよ、伊達男。聖域のキワッキワに陣取ってるぜ」


 つまりは、作戦成功。

 だが、何の加護も受けていないバッドデイが聖域に突入するのは、予定外であり、ほとんど自殺行為だった。それでも、彼は来た。ひと目で負傷具合を確認したバッドデイが、彼らを車両の後部座席に丁寧に運ぶ。(レダには頑張って人化してもらった)

 そんな彼らを追う天使兵の姿はない。聖域の縁では未だサイブレックスが殲滅を続けているが、この事実は聖域内の天使兵はほとんど倒していることを裏付けていた。


「それより」

「ええ」

「凄まじいな」

「ふ、それでこそだ」


 聖域の崩壊を、四人は目の当たりにしていた。無数に降り注ぐ光の柱に、迎撃する拳撃の圧と散らされる真黒ペンタブラックまたたき。殲滅と抵抗。その神話の如き攻防が遙か先に繰り広げられている。


「俺は、感動しているぜ」


 負傷者に気遣ってか、珍しく安全運転速度のバッドデイが言った。


「アクセルってのはな、踏み続ければいくらでも進むんだ。車って機械だったらスペックとして速度の限界がある。でも、人の心は、やっぱり、どこまでも進めるんだって思っていた」


 情念を魔法と化すマギア。彼女らの在り方は、その考えを肯定する存在だった。


「やれるんだな、こんなとこまで」


 崩壊する聖域と、それほどまでの暴力に抗う情念の魔法。感じる。込められたその想いを。視界の先に、サイブレックスとクロキンスキーの姿が見えた。彼らが維持してくれた前線が生命線となる。


「後は、見届けましょう」


 マルシャンスの言葉に、誰もが頷いた。不思議と人を惹きつける少女たち。彼女らにここまで付いてきたことに後悔などあるはずもない。

 比喩ではない。彼女らは、まさに女神とその使いだった。それでも、現在敵対しているスィーリエ陣営とは決定的に違う。共感を抱くほどの人間臭さ。そこに至る想いに、魅せられた。


「勝てよ」


 シンイチロウは呟いた。誰もがそう思った。その声が果たして届いたのかどうか。サイブレックスと合流を果たした彼らは、光の奔流が止まった瞬間を目撃した。

 その後の静けさに、目を見張る。





 鮮血の線が、幾筋も引かれていた。次元波動光線を放ちきったアーリアルは、その双眸を見開く。未だ肉体の原型を保つ少女二人を。


「まだ、やる気ですか……?」

「当然だ」「決着を」


 返事が来るとは思えなかった。二人はあれだけの暴虐に晒されながらも、その身と意志を保ち続けた。勝つことを一切諦めてはいない。


「……白状しましょう。次元波動光線は、10分ほどのクールタイムが必要です」

「んなの、関係ねえよ」

「分かってるでしょ、もう」


 10分は、あまりにも長い時間だ。殊更に、戦う場においては。決着までには経過しない時間というのが共通認識だ。故に、さっきの殲滅光線は凌ぎ切ったのだと白状したのと同義。

 アーリアルの、虹天剣の、本気の構え。目の当たりにした彼女らは、不敵に笑う。不屈。そんな言葉が、アーリアルの脳裏によぎった。


「しかし、変わらず」


 宣言する。

 崩壊する聖域は、その効果を失いつつある。それでも、権天使アーリアルの優位性は揺るがない。聖域の効力程度では揺るがない実力の差を自負していた。


「創造神スィーリエ様。その主命を、果たす」


 虹の意志。

 漆黒と水色が立ち上がった。

 お互いに自分が勝つことを疑わない。


「「フェアヴァイレドッホ」」


 魔法の呪文を唱えよう。

 その想いが何者かに劣ることなどありえない。アーリアル、あやか、真由美。戦う意志を示した彼女らが、最後の決着に臨む。

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