vs権天使アーリアル5

「驚異的だ」


 アーリアルはそう称した。全力全開というわけではないが、手加減は微塵も無かった。それでも、相対する二人の少女はまだ肉体の原型を留めている。


「そんなに驚くようなもんかよ」


 致命傷を何度も受けながら、あやかは不敵な笑みを崩さない。付き従う真由美も、その心が折れているようには見えなかった。


「俺様は、あの『機神』『時空竜』『悪竜王』と戦って五体満足に生き抜いてんだぜ」

「え、それ全部負け……ぁ、いや! わ、私は、あの『剣鬼』の弟子よ!」

木端こっぱは知りません」


 下界など等しく塵芥。そんなアーリアルが再び虹天剣を構える。


「勿体無えな! すっげえ楽しかったんだぜ!」


 その言葉には小さく目を逸らした真由美だが、彼女も一歩も引かなかった。


「今も、そうみたいですね」


 あやかの言葉に、アーリアルは小さく首を傾げた。ここまで彼女に追いすがった存在は、あまり多くはない。そして、その全員が決死の表情を浮かべていた。

 初めてだ、こんな経験は。どうして彼女はこんなにも純粋に笑っているのか。


「手を伸ばせば、届くんだ。だから俺様は伸ばし続けるぜ」


 挑戦者。

 立場として称するのであれば、まさにそれだろう。遥かなる高みに手を伸ばし、夢焦がれる純真。たったそれだけでこの聖域にまで至るのは常軌を逸していたが、根本はシンプル極まりない。

 ただ、その立場を得るためにとてつもない物語性の過程を経ていた。まともな人間だった頃には成し遂げられないほど、彼女は才能に満ちていた。挑戦と頂点が近すぎるのだ。


「貴女は、どうしてここに立っているのですか?」


 アーリアルが、真由美に顔を向けた。取るに足りない存在とみなしていたが、明らかに実力不足の彼女はここまで追い縋ってみせた。まさに驚異的だった。


「私は――――」


 真由美は、あやかを見た。いつも前しか見ない彼女には、そんな真由美の視線の機微には気付かない。


「この人の隣に立ちたい。そう願ったの。願ってしまったの」


 その夢は、彼女にとってはありとあらゆる悲劇の引き金となり、それでも手放せないものとなった。その結果、今、ここに、彼女は立っている。

 その現実に。

 彼女の夢想が。


「……分かりました」


 アーリアルは、虹天剣を降ろした。その表情はどこか穏やかで、それ故に非常に不気味だった。


「貴女方は、とても強い人間です。そして、女神アリスに忠誠を誓っているわけではない」

「失礼な。私はアリ「そうだな」えぇ……??」


 あっけらかんに言い放つあやかに、真由美の表情は崩れた。そもそも高月あやかと女神アリスは敵対していたし、二人の仲が今もそんなによろしくないのは理解している。だが、この大一番に所属を危ぶむ発言をするほどとは。


「大道寺真由美」


 名前を呼ばれて、真由美の緊張は最高峰に引き上げられる。


「貴女の夢に、女神アリスは必要ありません。付き従う理由は?」

「敬意です」


 真由美は一言で言いきった。


「あの方の在り方に、私は敬意を評します。だからこそ、付き従うことが誇らしい」

「なるほど」


 アーリアルは頷いた。いまいち彼女の意図が分からない。この問答はどこに行くのか。果てはすぐに訪れた。


「高月あやか。大道寺真由美」


 アーリアルが名前を読んだ。


「貴女方は、強い人間です。そして、これからもっともっと強くなれる」


 権天使は思い浮かべていただろう。才能に溺れながらも最善を模索していった、ジェバダイア・アウグストゥス・ロスコムの名を。


「私が神性を授けましょう。共に創造神スィーリエ様に尽くしてはいただけませんか?」


 二人は失笑した。


「おい。がアリスより強いだなんて、考えられねえぜ? 冗談なら大したセンスだと思うけどよ」

「……先程の方、品性を感じませんでした。尊敬して、付いていこうとは微塵も感じません」


 その言葉に、再び虹天剣が持ち上がる。冗談みたいな光景だった。権天使アーリアルが、そのこめかみに青筋を浮かべている。

 まるで、というか実際にそうなのだろう。権天使アーリアルの、創造神スィーリエに対する信仰心は本物だ。何がどうなってそうなったのかは誰も分からないだろう。だが、過程ではなく結果をありのまま受け入れる。


「惜しい。口惜しい……!」


 主命が下らなければ、見逃してその果てを眺めるも生まれただろうに。そんな傲慢な態度が、二人にはよくよく伝わったようだ。

 二人とも、忠誠心だけでここに立っているアーリアルとは違う。個の信念があり、その果てに女神アリスに行き着いた。その在り方を見下す存在に、くみするはずはない。


「いいよ、もう。早く続きやろうぜ」


 正直まだ休ませてほしい真由美も、臨戦態勢を取る。全身を弓のように引き絞った最大加速で懐に飛び込むあやかを追う形で、無数の刀剣が虹の斬撃に拮抗する。


(……見えてきた、私にも)


 無数の次元斬撃を繰り出しながら、アーリアルの視線が真由美に向いた。少女が思い浮かべるのは、師匠である『剣鬼』の妙技。

 十歩必殺。

 惨殺の太刀。

 即死の完全同時攻撃は、彼女自身も何度も目の当たりにしていた。研究していた。ワールドヘッジではなく、己の両目で。土壇場で開花した見切りの力が、彼女をさらに前に進ませる。


「貴女も、この領域に入ってきますか」

「リロードリロード!!」


 そして、意識が向いた逆方向からあやかの怒号が響く。膨れ上がる力の渦に、聖域の大気が赤熱していた。




デッドデッドデストラクト――――ッ!!」



 アーリアルは虹天剣を振るう。ハイゼンベルクストライクや多元極光。その範囲攻撃がつるぎの形に収束した。直感だ。それほどの力が必要だとアーリアルは判断したのだ。

 そして、光が散った。


「――――……?」


 大きく仰け反ったアーリアルが、散った光が自らの脳内のものと認識した。直後、無数無限の虹の欠片を視認する。そして、自身の頬を撫でた。


「痛い」


 触って分かるほどに、腫れていた。物理的な衝撃であることに気付いた。ようやく、さっきの一撃と結びつく。


「おいおい、マジかよ……」


 虹の欠片が収束する。さっきの拳撃で砕かれた虹天剣が復活し、あやかの肉体を両断した。同時、無数の泡沫バブルが弾ける。


「……さんきゅ」


 発する言葉もなく、真由美は小さく頷いた。即席の『泡沫』の固有魔法フェルラーゲン。光の屈折率を変えて、距離を僅かに誤認させたのだ。おかげで腹を掻っ捌かれるだけで済んだ。


「リロードリロード、リペア」


 溢れ出そうになる臓物を手で抑えながら、あやかは肉体を再生させる。対するアーリアルは僅かに頬を腫らした程度だった。その差は明確だ。

 神性介入。アーリアルへの攻撃はダメージが99%強制的にカットされる。『完全者』や大天使マノアエルが施されていたものより遥かに効果が高いものだった。そもそも、アーリアルはこの神性介入を己の意志で付与できるのだ。


「この聖域において、虹天剣を砕くとは。本当に驚きました」

「……そうかい」


 もはや嫌味にしか聞こえない。だが、それ故に、あやかの双眸に宿る漆黒の光は深さを増していく。


「高月さん」

「分かってる。俺様は冷静だぜ。連携していこう」


 その言葉に、むしろ冷静さを失っているのは真由美の方だった。頼られている。一瞥いちべつされた信頼が、確かに感じられた。

 だが、そんな良い感じの雰囲気は一気にどん底に突き落とされる。


『アーリアル!!』


 天から響く声は、権天使が忠誠を誓う創造神のもの。


『何をしているの!? 早く私を助けなさい!!』


 その言葉に、お互い、あらかたの状況は察せられてしまう。


『そんな奴らすぐに殲滅しちゃいなさい!!』


 アーリアルの中でも、様々な想いがあっただろう。彼女自身のこれまでの経験や信条。それは、ここまでの戦いで痛感させられた。だから、二人とも権天使アーリアルに対して、一種の敬意のようなものを抱いていた。

 しかし、その全ては覆される。

 どうしようもない何かが起きた。それは、二人とも理解していた。これから相手取るのは、どんな存在なのかを。





 その冷ややかな言葉に戦慄する。

 これから相手取るのは、権天使アーリアルという個人ではない。権天使アーリアルという現象神罰なのだ。

 次元波動光線。

 世界を崩壊させる現象の名を、二人は知らない。

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