vs創造神スィーリエ

「これは正当防衛で、だから恨みがましく泣かないで頂戴ね」


 不敵に笑うスィーリエの眼前、無数の歯車が虚空より現出した。カッチリと噛み合う様子は、スィーリエの完璧主義を反映しているようで。


「まあ、泣き叫ぶ余裕が残っていればだけれども」


 何が起きた。アリスは現状の理解に頭を回す。連結した歯車が二人を覆い、『救済』の光が無惨に散っていく。

 創造神。世界すら創り出すその権能は、『創造』の固有魔法フェルラーゲンとはまさに次元が違う。ちっぽけな『救済』の光などすぐに吹き消える世界。それがこの歯車に覆われた空間。


「私は、世界を、創る」


 故に、創造神。

 世界という法則すら創り出す、正真正銘神の所業。その圧倒的な権能に、アリスの大弓は塵と果てた。


「どう? これが私の全て。ありとあらゆる世界を創り出すワタシの権能は、どんな力をも無効化できる」

「これが、スィーリエ様の力の……全て」


 アリスは繰り返した。余裕綽々の自信満々。まさにそんな表情で、スィーリエは下級神を見下す。アリスは、彼女にしては珍しく嘲笑を浮かべていた。


「生まれながらの神様なんて、そんなものなんですね……」

「何が言いたいの?」

「負ける気がしません」


 スィーリエ側からすれば、純粋な負け惜しみか、もしくは狂言にしか聞こえなかっただろう。下級神の権能など、容易に打ち消せる。常人であれば天使兵へと即座に組み替えられるものの、流石に神格を有する相手にはそうはいかなかった。


「何が出来るというの?」

「戦うことは出来ます」


 アリスが取り出したのは、魔法を失ったばかりの頃にバッドデイがお土産として買ってきてくれた弓矢だった。特別な力など何もない。スィーリエは小さく笑った。


「心臓を射抜けば討滅出来ますか?」

「不可」


 アリスが放った矢は、寸分狂わずにスィーリエの心臓に向かう。だが、スィーリエはほんの少し指を動かしただけだ。防御や反撃の素振りすら見せなかった。二人を覆う歯車が回り、矢の推進力が消滅する。


「だって――今、加速度を消滅させたもの」


 のろのろと等速直線運動を続ける矢を、悠々と握り潰す。

 自由自在に組み変わる世界。

 まさに創造神の名に相応しい権能だった。


「完璧な世界は、それでも創れなかったんですね」

「――ッ!! イッチイチ癪に触る子ね!!」


 アリスは弓を構えながら走り出した。どんな法則も望むがままの世界を創造する。そんな力がありながら、彼女が望む完璧な世界には至らなかった。


「どんな世界を創っても、その世界に生きる者の意思までもは操れない。だからこそ天使兵なんてホムンクルスに組み替えた。そうですよね?」


 図星を突かれたスィーリエが、その両手を握り締めた。アリスの両手両足が弓ごと塵と化して、地に叩きつけられた。


「⋯⋯可哀想」


 言葉とは裏腹に、スィーリエの表情には堪らない喜悦が浮かんでいた。眼下に映る戦場を一瞥する。


「貴女の無謀な叛逆に付き合わされる従者たち。今頃どんなことを考えているでしょうねぇえ??」


 権天使アーリアルの蹂躙。腹心の部下に心酔するスィーリエだけではない。誰がどこから見ようとも、反撃の糸口すら見出せない殲滅の景色だった。


「夢、だったんです。元々私たちマギアは、ソレを投資して悪魔から魔法という型を与えられた」

「はあ? 今度は何?」


 アリスの表情はまだ死んでいない。純白の光の粒が両手足に集まっていく。


「あやかちゃんは、どこまでも高みに手を伸ばしたかった。そして、そんな自分に並んでくれる誰かを望んだ」


 立ち上がった。

 散らされたはずの『救済』の光がアリスの肉体を再生成したのだ。


「真由美ちゃんは、そんな彼女の横に並び立ちたいと願った。真に自分に胸を張れる存在になりたいと夢見た」


 勇者と姫の絵本を。

 彼女達の想い、その夢を。


「私はそんな想いを尊いと感じるし、守りたいと思った。彼女達だけじゃない。生きとし生ける全ての想いを」


 創造神スィーリエと想神アリス。格の差こそ隔絶しているものも、神格であることには違いない。お互いの権能にはある程度は干渉できるはずだ。

 そもそも、情念の魔法とは。

 強すぎる想いが現実の法則を歪める果ての現象なのだから。


時よ止まれ、おまえは美しいフェアヴァイレドッホ


 アリスの言葉に呼応するように、スィーリエが歯車を組み替える。世界を変える、創り出す。だが、世界創造より先にアリスは創造神の懐に飛び込んでいた。


は弱くとも、戦う力を持っている。抗う意志を示してみせる」


 世界を変えるほどの想いを、アリスはかつて抱いた。その結果、その身は神と化した。相手と触れ合えるこの距離こそが彼女の間合い。スィーリエの両腕を『救済』の矢が貫いた。


「こんな⋯⋯ッ」

「スィーリエ様。貴女は神の権能を有していても、戦う力は持っていない」


 完璧なはずの世界、組み上がった歯車の隙間に無数の光の矢が挟まった。回転が阻まれ、完璧な世界が軋んで、崩れていく。

 スィーリエには、完璧が崩れる光景を止められなかった。ただただ絶望的な光景を震えて見ているだけだ。


「なんて、ことを……!?」


 その隙が見逃されるほど甘くはない。

 アリスの足払いが彼女を倒した。その腹に思いっきり体重を押し付けて、両膝で身体を固める。気付けば、両足も『救済』の矢に貫かれていた。

 噛み合わなくなった歯車があちらこちらで自壊していく。まるで、完璧を目指し過ぎた挙句に、全てを壊していった創造神への皮肉のようだった。


「これが、戦いです」


 アリスは光の大弓を至近距離で突きつける。いくら創造の歯車を浮かべようとも、アリスの周囲に無数に展開する『救済』の大弓が噛み合うのを阻害する。


「まさか、未来でも見えているわけ……ッ!?」

「違います。スィーリエ様の視線の動きと、手にこもる力。狙いが丸わかりです」


 マギアとして戦ってきた経験のあるアリスと、神として支配と管理の経験しかないスィーリエ。荒時になると、その経験の差は如実に現われた。

 そのための、配下の大天使は軒並み討滅されてきた。そして、最後にして最大の頼みの綱は、今戦場に抑え込まれている。

 スィーリエは叫んだ。


「アーリアル!!」

「何をしているの!?」

「早く私を助けなさい!!」

「そんな奴らすぐに殲滅しちゃいなさい!!」


 スィーリエを貫く光の矢が数を増した。スィーリエの額に玉の汗が浮かぶ。恐るべき現象が起きているのを、彼女は実感していた。

 女神スィーリエの創造神としての権能。その根本がゆっくりと溶け落ちていく。『完全者』や大天使マノアエルの神性介入を削った光の矢。その大元にも作用することは想像に難くない。


「やめなさい……私の、力が…………どれほどの、至宝か――――ッ!!」

「共に見届けましょう、スィーリエ様」


 光の矢が数を増す。表情一つ変えずに、アリスは言った。


「私達は、神です。世界に根付く者共を見届ける義務があります」


 アリスの眼中に、もはやスィーリエの姿は無かった。ただ、真下に映る死闘の輝きに目を奪われていた。灯る情念の輝き、そのぶつかり合いに。


「見届ける!? 何を甘っちょろい! 私達は神よ!! 完璧な世界へと導かなければならない!!」

「その想いは否定しません。ですが――今はこの輝きを見届けたい」


 アリスは、女神としての黄金の双眸を死闘の果てに向ける。権天使アーリアル。彼女が抱える想いも、その波動は伝わってきた。


(お願い、アーリアル――! 勝って、早く私を助けに来なさい。貴女が、貴女だけが頼りなのよ!?)


 神が果たして何に頼むのか。

 女神二人は眼下の死闘を見届ける。

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