『女神問答』

【神界】



「何がしたいの、貴女?」


 侮蔑の色も含んでいたが、純粋な疑問も大きかった。創造神スィーリエは、想神アリスを睨みつける。


「上層部の連中からの命令かと思えば、そんなことはなさそうだし。私の焦り損じゃない。、貴女は知らないのかしら?」


 嘲笑うような声色は、わざとだろう。想神アリスの行動は自分と同じくルール違反だと突きつけるために。



 暴論にしれっと暴論をぶつけるアリスは、光の大弓をスィーリエに向ける。スィーリエは肩をすくめて余裕の表情を浮かべたままだった。


「リアったらこんな可愛らしい新人ちゃんに頼らなきゃいけないほど困窮しているのね。やっぱり、あの子に神の座は無理よ」

「……いいんですか? 私もそうですけど、スィーリエ様もあまりご自身で戦われるタイプではないのでしょう?」

「ん? ひょっとして勝負になると思って言っているの?」


 アリスは黄金の双眸を見開き、背から生えたプラチナの翼が大きく広がった。女神としての権能、『救済』の固有魔法フェルラーゲン。その一射は、スィーリエの何気ない所作で握り潰されて虚空へと散った。


「あの子、リアの世界はあまりにもいびつで不完全。その管理能力は見るに絶えないわ。世界の開拓に色んな異世界から人材を引っ張り込んでいるせいで、滅茶苦茶じゃない」

「滅茶苦茶だから、どうと?」

「そんな不完全! 同じ神として見過ごせるはずないのよ!」


 どうして分からないのか。そんな侮蔑の視線にも、アリスの表情は全く変わらなかった。大弓は引いたままだ。


「この世界で暴れまわっている二体の竜種。それに、蔓延る情念の怪物共やその他。この世界だけに留まるものではないわ。別の世界にまで災厄を振り回す元凶を、どうして対処できないの?」


 スィーリエは問うている。リアの、女神としての管理能力を。


「この現状で、貴女もリアの肩を持つとでもいうの? キャリアが浅くても関係ない。神であるが故に、私達は完璧でなければならない。そして、管理する世界もまた」


 アリスは一度大弓を降ろした。認識に食い違いがある。


「リアさんのことは、いったん置いておきましょうか」

「は?」

「いえ。リアさんが、その、少し足りていないなぁ……なんてのは、結構多くの方の、まあ、共通認識というか…………」


 ごにょごにょと歯切れ悪くアリスは言った。一緒に修行した夕陽や長く行動を共にしたマルシャンスを主として、彼女は異世界の方々からの女神リアの評価をそれとなく聞いていた。


「じゃあ、貴女は何しに来たの?」


 成り行きで敵対しているが、スィーリエからすると不可思議な話だった。神界上層部の差し金でないのであれば、目の前の新米女神は果たして何をしに来たのだろう。


「この世界を、を守りに来ました」

「はああ??」


 ますますスィーリエの理解を越える。リアのために戦うのではなく、しかしリアの世界のためには戦う。その動機が、彼女にとっては理解不能だった。

 創造神スィーリエにとっては、世界とは神によって管理されるだけのものだ。そこに生きる生命体も含め、より完璧な世界に仕上げられることこそが、神格としてのステータスと考えていたから。


「スィーリエ様、権天使アーリアルを止めてください。この世界を滅ぼすことを、どうか思い留まりください。私の暴挙を理由にしていただいても構いません」


 アリスは膝をついた。そして、両手をついて、額を地に着ける。神が懇願の姿勢を取るなど、そんな無様にスィーリエは頭の血管が一つ千切れる音を聞いた。


「やめなさいッ!!!!」


 ヒステリックな叫び声。


「貴女も新米とはいえ、神なのでしょう!? 完璧であるべきことを自覚なさい!! そんな無様を晒すんじゃない!!」


 激昂するスィーリエに、アリスは頭を上げた。アリスの表情を見て、スィーリエは言葉を失った。そこには、理由すら想像できない憤怒の情念が宿っていた。


「貴女が、どういう方なのか、なんとなく分かりました。この世界は完璧ではない。だからこそ、滅ぼすんですね」

「当たり前じゃない!? 不完全な世界を残して何になるっていうの!!」

「貴女の『想い』は理解しました」


 想神アリスは改めて光の大弓を構えた。徹頭徹尾、創造神スィーリエには訳が分からなかっただろう。


「この世界に根付いて、人も、竜も、色んな生き物が生きています。それを、スィーリエ様はどうされるのですか?」

「決まってるじゃない――不完全な生き物なんて残しても仕方がないわ」


 そして、その末路は。


「そして、滅ぼした人たちの自我を奪って天使兵として使役するのですね」

「そうよ。我ながらでしょう?」


 その言葉に、アリスの大弓が爆発的な光を発する。その威圧感にスィーリエは一歩引くが、そもそも脅威になりうる存在でもない。


「それが、貴女の理由ってことでいいの?」

「はい」


 この世界に根付く者たちの想いを守りたい。想い、感じることを奪わせない。理解できれば恐ろしいものではなかった。創造神スィーリエは両腕を広げる。


「想神アリス。貴女のソレは、問題行動よ。私が誅します」


 戦神ユリスならばさておき、こんな場末の新米女神などに遅れを取るはずもない。そんな打算が彼女にはあった。


「……一応、確認しておくけど。先に弓を引いたのは貴女だからね」

「そんな言い訳なんてしません」


 何となく放ったアリスの言葉は、スィーリエの自尊心を酷く傷つけた。あたかも、自分が『せこい』とでも言われたかのように思えたのだ。そんなことは全くないのに。


「少し優しく接してあげればつけ上がって――これだから最近の女神はッ!!」


 ヒステリックに叫びだしたスィーリエが両手の平を引っ繰り返した。絢爛な神界の景色が消える。真っ白な無限の世界。創造神としての権能を行使したことは想像にかたくない。


「下を見なさい」


 罠の可能性を考えながらも、アリスは視線を落とした。息を呑む。権天使アーリアルと死闘を繰り広げるあやかと真由美の姿がそこに映されていた。


アーリアルは最強で、無敵よ。神すら屠る実力がある。貴女も、リアに比べればだけど、相当に強力な眷属を率いてきたみたいね。それでも、実力差は隔絶されているのが分かるでしょう?」


 スィーリエとしては、さとした意図もあっただろう。全ては無駄であると。だが、アリスは不敵な笑みを浮かべるだけだった。


「状況を理解できない? アーリアルが勝って、私の守護に回る。それで貴女はおしまいよ。私劣る下級神が、アーリアルにまともに対抗できると思っているの?」


 その煽りは覿面てきめんだった。膨れ上がるスィーリエの神力に、アリスの笑みは深まるばかりだ。


(あやかちゃん、真由美ちゃん。貴女達が投資した夢、今こそ果たしなさい)


 そして、『救済』の大弓が引かれた。

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