vs権天使アーリアル4

 権天使アーリアル。

 彼女の戦い方が変わった。

 これまでは、あくまでも実力を試すような戦い方だった。一つ一つ虹の剣技を潜り抜けていく少女達に、好感すら抱いていたのかもしれない。だが、敬愛する女神の主命でその全ては塗り潰される。

 ハイゼンベルクストライク、多元極光、虹分身。これまで目の当たりにした極意の数々が暴力的に振り乱される。その凄まじいまでの次元制圧に真由美は叫んだ。


「アリスッ!!」

「大丈夫! 私は気にせず、自分の戦いを!」


 言葉通り、遥加の位置取りは絶妙だった。無数の次元斬撃の範囲をこれ以上広げようとすれば、自らの主を巻き込んでしまう。理解した上で退かないあやかがその身に傷を増やしていく。


「⋯⋯遥加ちゃん。アタシを盾に」

「しないよ。私にも戦略的な力がある。考えあってこその挑戦だ」


 傷を負ったマルシャンスを、遥加は自身の遥か後ろに運ぶ。真由美の守護は取り越し苦労だ。視線だけで、あやかのサポートに戻るよう指示を飛ばす。


「回復は自力でお願い。動けるようになったらミブさんと合流して聖域から脱出を」

「ええ、お任せあれ」


 マルシャンスが露払いする予定だった天使兵が一体もいない。シンイチロウとレダに負担が向いたのは明白だった。

 遥加は信じている。全員の無事と、最前線の奪取を。聖域の境界を陣取っているはずのサイブレックスと合流さえ果たせば、天使兵の脅威はもはやないも同然。


(だから、残るは)


 次元的猛威を振るう権天使アーリアル。そして、その向こうで苛立ちを隠さない女神スィーリエ。


「スィーリエ様、ここは危険です! お下がりください!」


 まさか真っ正直に「お前そこ邪魔だから帰れ」と言い放つわけにもいかず、アーリアルは必死の声を上げた。敵の攻撃はそこまで恐れてはいない。だが、自分の攻撃範囲を広げるためにはどうやっても邪魔になる。


「ふふ――――ようやく温まってきたみたいじゃない。上層部に見つかるまで猶予はないわ。全力で殲滅しなさい」


 何故か得意げにスィーリエが光の輪に包まれる。それを見るやいなや、光の大弓を構えた遥加が走り出した。


「何をッ!?」


 瞬時に放たれた次元無限切断の大半はあやかの拳が迎撃する。返しに放たれた光の矢は、アーリアルが片手間で叩き落とす。真由美の大盾が残りの斬撃を防ぎきった。

 そして、アーリアルの光速移動が止まった。物理的に止められる手段は無かった。だからのだ。


「フェアヴァイレドッカン!!」


 遥加が大弓でばら撒いたのは閃光手榴弾スタングレネード。バッドデイ作・スミト監修の特別性だ。凄まじい光量と音の絨毯爆撃が乱反射。その凄まじいまでの暴虐性は、『創造』の魔法で備えていた二人でも数秒は行動不能になるくらいだった。


――――その数秒で何が起きたのか


 神界に戻ったはずのスィーリエと、消えた遥加。どんな状況か分からないアーリアルではない。


「あの御方を」

「追わせると」「思った?」


 思っていない。だからこそ、アーリアルはあやかと真由美に向き合ったままだった。虹天剣を目前に構える。


「よいのですか?」


 問いかけるアーリアルの声には、慈悲の含みがあった。この世界は滅ぶ。だが、そもそもこの世界の出身ではない彼女らには関係のない話のはずなのだ。


「俺様の辞書に『後悔』の二文字はねえぜ。アンタにこうして真正面から挑める機会に、俺様はわくわくしちまってんだよ」

「貴方がたを殲滅して、お仲間も全て斬り伏せます。『機神』とやらに防げるという楽観は捨てなさい」


 あくまでも己のエゴを通すあやかに、アーリアルは真由美に視線を向けた。


「私はこの世界に関わった。関わった以上、私の一部でもあるの。そんな縁を誇りに思いたい――そう思わせてくれる子がいたの」

「関係のない世界と心中を果たすつもりですか? 貴女がたには未来があります。その芽を摘むのは、正直本位ではありません」


 傲慢な言葉だった。要するに、この世界にはそんな未来の価値など無いと言い切っているようなものだ。二人は知った。この世界に生きる者たちの力強さを。理不尽に抗う強さを。

 だから、ここは一歩も引けない。闘志にみなぎった双眸に、アーリアルは諦観の溜息を吐いた。


「主より敵を滅ぼせと命じられました。主命は果たされなければなりません」


 死刑宣告なんて生ぬるいものではない。まさに、殲滅宣告。

 今日、この世界は終わる。様々ないさかいなど取るに足らず、全てが滅ぶ。終わらせる。その実行力を感じさせる迫力が、目前の権天使にはあった。


「手を伸ばせば、届く。だから俺様は伸ばし続けるぜ――」

「そんな貴女に、並び立ちたいと夢願ったからこそ――」


 憧れ。夢。情念。

 彼女たちの力の源は理解した。特段物珍しいものではなかったが、侮れるものでもない。理解と、それ故の絶対性。権天使アーリアルを下せるものなどない。

 たとえ、神であっても。


「リロードロード」


 20体の虹分身を素通りして、あやかはその身を突っ込む。愚かしい。自ら死地に踏み込むなど。


「さぁて、挑戦させてもらうぜ!!」


 猛禽のような獰猛な視線を、虹の線が細切れにする。果たして、どれほどの斬撃を放ったのか。一振りが無限に至る斬撃を、あやかはしかし捌き切っていた。


「リロード」


 魔法を使うのはこれからだ。聖域の効果に抗うために常に自身の能力を『増幅』で高めているが、その繊細なコントロールを破棄する。ただし、圧倒的上方に。無限に対抗すうる無限が爆発した。


「インパクト・マキシマムッ!!」


 その拳撃が、虹分身たちの猛攻に削り取られる。拳圧の先から指の関節へ、そのまま手首まで消し飛んだ。まるで神速のヤスリがけ。無数次元斬撃が織り成す、完全殲滅だった。


「これが――――この世界の末路です」


 端から端まで殲滅する。一切の容赦がない完全なる無へと化す。そんな象徴的な攻撃に、しかしあやかの獰猛な笑みは崩れない。


「リロードリロードリロード!! リペアッ!!」


 苦痛も高揚も、その情念の機微の全てが魔力に変換される。削り斬り伏せられた拳が再生する様子を魅せつけ、あやかは獣の咆哮を上げた。


「末路が、何だって? 何度だって俺様は立ち上がるぜ。この世界だって、そうさ」


 不屈。

 言い放つあやかとは対称的に、アーリアルは口をつぐんだ。再生成される虹分身。言葉で屈しない者など、これまで数多の世界で見てきた。

 だから、今まで通りだ。語り合う必要はない。圧倒的な力で殲滅するだけだ。その横から投げかけられる声。


「虹は、大気中の水分を透過するときの光の屈折率の差異から生じる事象」


 真由美が投げ放ったモノは、虹天剣の剣筋に両断される。その数が百に匹敵しようとも結果は変わらない。だが、その性質は。


「なんですか――これは…………?」


 虹の光が吸収されていく。虹分身が次々と形を崩していく。歪む虹の翼に、虹天剣の表面から光が衰える。すかさず飛びかかるあやかを迎撃しながら、それでもアーリアルの表情に焦りはない。


真黒ペンタブラックの鏡よ。物質は黒くなればなるほどより多くの光を吸収し、屈折も反射もしなくなる。まるでブラックホールのようなものと言えば、理解はしやすいかしら?」

「御高説、ありがとうございます」


 アーリアルが知る由もないが、真由美が元々いた世界でペンタブラックの塗料が一般に出回ったのはごくごく最近の出来事だった。勉強熱心な彼女だからこそ、カーボンナノチューブから構成される組成構造にも知識があった。


(本当に、たまたまだけど……何がどこで役立つのか分からないものね)


 彼女の『創造』の固有魔法フェルラーゲンでは、組成構造を理解していないと物質を再現できない。実物を『ワールドヘッジ』で覗き込んでいない以上、完全なるペンタブラックの再現までには至っていないだろう。


(それでも、効果はある……!)

「しかし、わざわざ敵に解説する間抜けさは評価出来ませんね」


 虹の翼を広げた光速移動ではなかった。肉体のギアを上げたあやかに、付かず離れずの距離を保ちながら虹天剣を振るい続ける。ハイゼンベルクストライク。脅威の攻撃力は全く衰えない。


「リロード「遅い」


 右肩からバッサリと袈裟に斬られたあやか。その傷は『増幅』の魔法で増大させた自然治癒力ですぐさま再生されるが、未だ攻撃の糸口が掴めない現実は変わらない。


「数があるのは鬱陶しい! ばら撒き続けろ!」

「はい!」


 あやかが叫んだ。

 ペンタブラックの鏡面がまるでチャフのようにばら撒かれる。虹の光を吸い尽くすために。翼と分身はその輝きを失っていく。だが、肝心の虹天剣だけは、その光が全く衰えない。


「殲滅します」


 剣圧。ハイゼンベルクストライクと多元極光を駆使した無限次元斬。虹天剣に振れる前にペンタブラックが素粒子ごと細切れにされているのだ。


「……高月さん」

「いいぜ。


 全身の筋肉をまるで大弓のようにしならせて、あやかはアーリアル目掛けて駆け出した。光を飲み込む漆黒の意志は、まさに目前にある。その背中に続き、真由美も前に踏み出した。

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