vs権天使アーリアル3

 光速。

 それが権天使アーリアルの速度域だった。当然ながら、人間あやかの身体能力では追いつきようもない。


「リロードロード!!」


 だが、物理的に追いつく必要はない。『機神』のような先読み。緻密な計算ではなく圧倒的な戦闘勘と蓄積された戦闘経験値が爆発する。


施錠ロック!」


 合間に挟まる『束縛』の魔法が量子化ですり抜けられる。空間を波打つ物理衝撃は、その規格外を理解した上で両断された。

 虹の翼が広がる。薙ぎ飛ばされた真由美と対称的に、あやかはアーリアルの手首を掴んでいた。


「少し、理解しました」


 このまま光速移動で振り払えるとは思っていない。互いに片腕だけのインファイト。押しているのはアーリアルだった。


「ちっくしょ!?」

「ごめん。抜かれてた」


 復帰する真由美と、蹴り飛ばされるあやか。真横に並び立つ二人に、アーリアルは構えを崩さない。


「主の慧眼、まさにご信託。私は主より敵を滅ぼせと命じられました。主命は果たされなければなりません」


 ハイゼンベルクストライク。


「その価値は十分」


 それだけではない。アーリアル自身の凄まじい剣技が牙を剥いた。

 あやかの気迫が真由美に向いた。当てられた真由美は思わず大きく下がった。正解だ。


「リロード」

「主命を、虹に」


 音。斬撃と拳撃のぶつかり合いとは思えなかった。おびただしい量の鮮血が振り撒かれ、その傷はすぐに修復される。


「まだまだギアを上げるぜ」


 アーリアルが、右頬を撫でた。彼女の感触が間違いなければ、あやかの指紋が採取出来たはずだ。。アーリアルは重心を低く構える。飛び出したあやかに斬撃を合わせる。


「重いッ」


 速さより、威力を。鍔迫り合いは一秒以下。あやかが自分で下がったことなど、権天使には百も承知。次の斬撃が――


「マルシャンスさんッ!!?」


 遥加の悲痛な声。プロパガンダ・ブレスで戦力を底上げし続けた彼を彼女が庇う。だが、華麗に身を翻したマルシャンスは、逆に虹の斬撃から女神を守ったのだ。


「……いい、の。貴女を、守らせ……て。アタシ、誇りが――想いを」

「――うん。繋げるよ」


 倒れるマルシャンスに最低限の治癒魔法をかける。果たして何が起きたのか。を目前にする遥加の表情は厳しい。


「高月、さん……」

「行くぜ」


 乱反射した斬撃は、そのほとんどがあやかの拳撃に叩き潰された。それだけでも驚異的な反撃だったが、圧倒的に足りていない現実は覆らない。

 全身に無数の切傷を浮かべながら、真由美は膝を折らない。魔力は温存する。このくらいの傷に『治癒』の魔法は必要ない。


「リロードリロード!!」


 なんか凄いことをされた。その認識はこの場の誰もが持っている。あやかの魔王的な拳撃を払い除ける虹の斬撃を、水色の大盾が防いでいく光景に口角を上げる。

 まだ、前に。

 進める。もっと。

 不可解な斬撃の嵐。それこそがアーリアルが持つ虹天剣の極意だった。多元極光。1秒もあればアーリアルが視認できる範囲にある物体はすべて粉々になる乱反射の斬撃だった。


「届かせる!」


 真由美がばら撒いた鎖の種が芽吹いた。全方位からの『束縛』の壁を虹の翼で内側から破砕。その目前、拳。


「リロード――インパクト・キャノン!!」


 アーリアルの長髪が、ふわりと浮いた。あやかの拳は虹天剣の柄に阻まれていた。そして、拳撃のインパクトも逸らされている。あやかは即座に拳を開いて柄を握ろうとするも、アーリアルの切り返しの方が速い。


「リロード⋯⋯リペア」


 全身をズタズタに引き裂かれたあやかだが、その目の光は鋭さを増す一方だった。アーリアルは掴まれた箇所を小さく撫でる。手が、ここまで届いた。このまま進めば権天使にも届く。そんな予感があった。


(それまで、壊れなければですが――――)


 次撃を放とうとしたアーリアルの動きが止まった。あやか達の攻撃ではない。彼女を動じさせられる者は、世界数多においてただ一柱のみ。


「何を遊んでいるの!?」


 ヒステリックに喚き立てる女は、この場の全員の視線を吸い寄せた。そこにはどぎつい蒼の法服に、黒い長髪から覗く尖った耳。彼女が纏うオーラが全てを察しさせた。

 創造神スィーリエ。

 この『危機』の首魁その人だ。


「様子がおかしいと降りてみれば、何よこのザマは。貴女は口だけで使えない他の大天使どもとは違うはずでしょう?」

「……申し訳ございません、我が主。無様を晒しました」


 あれだけ動じなかったアーリアルが、あっさりと膝を折った。溢れる敬服には、一片の偽りもなかった。それだけで二人の関係性がよく分かる。


「アーリアル、我が腹心の天使よ。改めて命ずるわ」


 顕現した女神スィーリエは、従者の後ろで睨めつけるアリスと目が合った。両者の睨み合いに、従者たちは動きを止める。


「奴らを滅しなさい。こんな下級神の力を借りなきゃいけないなんて、この世界はもう駄目よ。そのまま滅ぼしてしまいなさい」

「御意に」


 権天使アーリアルが立ち上がった。さっきまでとは雰囲気が異なっていた。まるで冷徹な機械。180cmを超える長身から放たれる威圧感に魂までもが震え上がる。

 遥加が止める間もなかった。あやかと真由美が咆哮を上げながら突撃する。そうでもしなければ、この次元を超越した威圧感に粉々になりそうで。



「審判は下りました」


 しかし、少女たちの決死の攻め手は遮られる。虹の剣筋が乱反射した。勢いは増していく。真由美の手数とあやかの見切りを凌ぐほどに。

 見開いた両目に、冷徹な闘志が溢れる。

 権天使は、告げた。


「速やかな自己終了にご協力お願いします」

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