vs権天使アーリアル2

 聖域サンタポルタ・スカイゲート。

 神族以外の生命体の能力値を1%以下まで低下させる恐るべき領域。さらには、スィーリエ陣営の天使の耐久力と回復力を異常上昇させるおまけ付き。

 あの『機神』サイブレックスすら攻めあぐねる無法地帯。そんな聖域の効果を跳ね除ける者が、遥加陣営にはいた。


 一人はもちろん、女神アリス。

 そしてもう一人は、高月あやか。


 マギア・ヒーロー、高月あやか。彼女の固有魔法フェルラーゲンは『増幅』。あらゆる情念の機微を魔力に変換できる特異体質の彼女にとっては、その効力に制限はなかった。

 無限に強くなる魔法。1%以下に減衰させられた能力も、彼女にとっては100%も同義だ。


 もちろん、そこまで単純な話ではない。力の繊細なコントロールは必須だ。

 あくまでも、あやか自身の技術と経験が成し遂げた結果だった。


 そして、もう一人。今この場で全開の実力を発揮できる者がいた。

 マギア・メルヒェン、大道寺真由美。

 それは彼女の地力ではない。リアとアリス、二人の女神の加護。そして、模造『ザクセン・ネブラ』と預言者スミトの予知対抗術式。極めつけには死力を振り絞ってプロパガンダ・ブレスを振りまき続けるマルシャンス。


 たった一人で立つあやかとは対称的だった。あらゆるものに支えられて彼女はここに立っている。

 戦える。理解した。

 権天使アーリアルは、強い。聖域の加護など関係なく、自分ひとりでは決して及ばないだろう。あやかだって、きっと怪しい。

 だからどうした。勝てるから戦うのではない。勝ち取りたいモノがあるから戦うのだ。真由美は、愛刀を正中に構える。権天使の眼中に無いのは理解している。


 だが、そこで止まりはしない。

 ここまで繋いでくれた者たち。

 その想いを決して無駄にしないためにも、真由美は最前線に斬り込んだ。





――――付いてこい


 その言葉が脳内にリフレインする。真由美は死地に飛び込んだ。アーリアルが虹天剣を一振り。光の速度で放たれる射程無限の斬撃。

 弾くパリィ

 あやかの魔法装束の上に装着した特注性の手甲。まともに受けたら骨ごと斬り裂かれるだろう。だが、手甲の表面に僅かな線を残しただけの結果は、純粋にあやか自身の技量故だった。


(こんな、ここまで…………!)


 真由美は絶句した。何がどうなったのかは分からない。後ろから飛び出した遥加が自分を押し倒し、二人して右腕に切傷が入っていた現実がそこにはあった。


「そこの。飛び込むと危ないですよ?」


 ほんの小手調べだった。アーリアルの初撃に、あやかは魔法を使っていない。その剣筋は間違いなく弾いたはずだった。だが、あやかは不可解な事象に拘泥しない。


「……真由美ちゃん。回復は自分で出来る?」

「……もちろんです」


 あやかの無限の魔力を媒介した無制限の魔力は、今回の戦いでは使えない。単純にその隙はなかった。


「スィーリエ様の姿がないのが気になる。私はそっちに備えるよ」

「露払いならお任せあれ……少し、見えてきましたので」


 真由美は気丈に立ち上がった。敵を見据えたままのあやかとは対称的に、アーリアルは呆れたようにその様子を眺めていた。


「無駄で「どっちが」


 侮蔑を吐くアーリアルの喉元に、あやかの指が這っていた。魔法ではなく、体捌き。動きの緩急で死角に潜り込んで、既に剣の間合いを踏み越えていた。


「リロードクラッシュ!!」


 首を破砕する一撃。放ったはずのあやかの肉体が両断される直前に剣筋を蹴り上げる。


「ああ。理解しましたか」

「速すぎた。見えなかったぜ。どうやったんだ?」


 アーリアルの翼が虹色に煌めく。無傷だ。あやかの必殺が及ばなかったことくらいその場の誰もが分かる。そして、を理解したのは他ならぬ攻撃を放ったあやか自身だ。


「あの体勢から回避、反撃までしやがった」

「追撃を抑えてあげたのは慈悲ですよ」


 付け足すアーリアルの口角が、僅かに上がる。目前の可能性を、両断するのを惜しんだ自分に気付く。


「いいのか? 俺様を殺せる最後のチャンスだったかもしれねえぜ」

「ふふ――冗談もお上手で」


 虹の翼と虹の剣。

 真由美は、魔法のフィールドスコープを覗き込まなかった。戦局と、その本質を見据える。自身を水色の鎧で武装して、言う。


「高月さん、『反復』よ」

「やっぱそうか。汎用性は奴よりよっぽど高そうだ」


 『反復』の固有魔法フェルラーゲン。その使い手は、二人の中で特別な存在となった。攻撃を同時に複数回放つ魔法。確率理論と結びつけて異なる地点に炸裂させる入れ知恵をしたのは真由美自身だ。


「よいでしょう。そのくらい明かしましょう」


 見破られたアーリアルの余裕は崩れない。

 ハイゼンベルクストライク。それは量子学上の重ね合わせを利用した付与攻撃。

 未来という多数の次元で「あり得るであろう可能性」を一度にぶつけることで、1回の攻撃で「同じ瞬間」に最大4回攻撃した結果が残る。そんな無茶苦茶が当たり前のようにまかり通っていた。


「勝てないと分かってなお抗うのは自由ですが、その分苦痛が増すだけかと」


 それでも向かってくる少女二人に、虹の翼が煌めいた。ついに権天使が動く。光に匹敵する移動速度が、あらゆる攻め手をすり抜ける。

 そして、ハイゼンベルクストライク。一斬四回攻撃の嵐が全てを蹂躙する。


「「リロード!!」」


 見極める。あらゆる拳撃と剣撃。それだけじゃない。『創造』の無数の手数が権天使の手数を上回る。だが、それすらも圧倒的な力で捻じ伏せられた。権天使アーリアルには傷一つ無い。


「……………………」


 アーリアルが押し黙る。元々口数が多い方には見えない。消えた減らず口が、目前の現実に引き絞られる。


「魔力は抑えろ。一振り四撃だ。それくらい目で追えてスタートラインだぜ」

「……うん」


 捌き切った。あやかは真由美を庇うこともせず、故に反撃の余裕すらあった。だが、動けない。振り抜いた残心の隙の無さが圧を強める。


(師匠と同じだ)


 重心移動と体の開き。まさしく異次元の同時斬撃は、『剣鬼』の十歩必殺を彷彿させる。現象として同じなのであれば、対応の余地はある。


「高月さん。私がアシストする」

「……突っ込めってか?」

「近付かないと攻撃できないでしょ?」

「――は、いいぜ!!」


 獰猛に笑うあやかが地を蹴った。

 次元を引き裂く虹の光が応じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る