vs権天使アーリアル1

 権天使アーリアル。

 女神スィーリエお抱えの中でも最上位の大天使。他の大天使も、彼女にだけは逆らえない。それほどまでの実力と権力を有している。

 アーリアルが担う役割は、

 即ち、世界の滅亡を決定事項と為すものだった。先立って死闘を繰り広げたマノアエルの『掃除』とはスケールが一段階違う。例えるならば、部屋のお片付けと、家そのものの解体。


 権天使アーリアルの出陣。

 それは世界の滅亡と同義。

 この聖域から決して出してはならない。





「ご機嫌よう、アリス様」


 立場上、遥加は格上だ。だが、アーリアルの言葉には不遜が少しも隠れていない。


「……招いた覚えは、ないんですけどね」


 アーリアルは、外の景色を見た。聖域の土壌が、幾層もの地層を展開している。それらを指差す。


「大地も」


 そして、車のドアを。


「鉄も」


 最後に、自らが腰掛ける座席。


「布も」


 背中から生える六対の白い翼を窮屈そうに縮こまらせ、彼女は言った。


「私を遮ることは叶いません」

「おい」


 敵意に塗れた言葉に、振り返りすらしなかった。視線は、あくまでも遥加に固定されている。それ以外は、見る価値がないかのように。

 あやかの手刀は、容赦なく首を狙っていた。常人であれば寸断出来ただろうし、ある程度の強者であっても戦局を左右するようなクリーンヒットだった。


「そして、何物も私を断つことは叶いません」


 無傷。あやかが手刀を引っ込める速度を視認できたのはアーリアルだけだろう。間違いなく本気の動きだった。そして、アーリアルは防御したわけではない。


「おや」


 アーリアルが、初めて遥加以外に視線を向けた。あやかの考えが正解だと分かったからだ。

 自らの肉体を一時的に量子化することで、物体からの干渉を排する。そうやって、地上からこの座標まで到達したのだ。


(ジョーカーの『時空』ならどうだ? 空間隔絶は有効か?)


 あやかの疑問にはもはや検証の余地はない。一方、ワールドヘッジを覗き込んだ真由美はその身を固めていた。


「貴女は、まさか……」

「いいよ、真由美ちゃん。わざわざ言うことじゃない」


 この場にいるのが、アーリアル本体ではないことぐらいは何となく分かる。虹分身。その上限がどのくらいかは不明だが、天使兵の代わりをしていない以上は両手両足の指の数に収まるぐらいのはずだ。


「よいですね。貴女は良い拾い物をしたようです。スィーリエ様に下るようであれば、寵愛を賜るでしょう」

「私の、大事な、仲間を――そんなふうに言わないで」


 彼女なりの、最大限の賛辞だったのだろう。珍しく荒立てた声の遥加に、アーリアルは不思議そうだった。それほど忠誠心と信仰心。権天使にとっては、女神スィーリエは絶対的な主なのだ。


「そうですか、残念です」

「私も、残念ですよ。神の力を得て……こんなことしか出来ないなんて」


 その言葉は侮辱と捉えられた。アーリアルが厳かにその腕を振るう。その直前。


「そろそろよね!!?」


 マルシャンスが悲痛な声を上げた。彼とあやかだけはどの女神の加護も受けていない。預言者スミトの、『ザクセン・ネブラ』の模倣と予知対術式のみ。半分の力も発揮できない身で、彼は急ハンドルを切った。

 フロントガラスが砕け散る。その攻撃地点が四点に分散していたのを、あやかと遥加は見逃さなかった。そして、大天使も慣性の法則を受けるらしい。接近した彼女に大量に放たれる鎖を、白い翼はすり抜ける。


「無駄な足掻きを……」


 『束縛』の固有魔法フェルラーゲンは量子化した身体には意味を持たない。反撃の瞬間を狙って、あやかの足払いが微妙に体勢を崩す。


「よし。無敵じゃねえな」


 派手にぶちまけられる衝撃波が真由美のこめかみのすぐそばを抜ける。あやかの一足に真由美の命運は繋がれたのだ。そして、真下にかかるG。

 マルシャンスがありったけの涙の雨を放つ。継続時間ありの矢の豪雨。アーリアルの抵抗は凄まじい一撃だったが、その効果はマルシャンスほど持続しない。


「権天使アーリアル……貴女を、アタシの女神の前に引きずり出すのが」


 ついに、合法改造車両が地上に躍り出た。量子化の限界を経て、権天使の分身体が滅多刺しにされる。


「アタシの、役割よ」


 虹分身にも、神性介入の効力は働く。しかも、アーリアル自身がその効果に介入可能なのだ。

 ダメージが99%強制的にカットされ、リアやアリスといった下級神による奇跡の付加効果も無効化する。この神性介入を上回るほど高い神性を、アリスは持ち合わせていなかった。

 それでも。


「見事。称賛の言葉くらいは恵んであげましょう」


 まさにピンポイント。マルシャンスがベタ踏みしたアクセルは、どっしりと構える権天使アーリアルの目前に飛び出していた。車両が爆散して、傷だらけのマルシャンスが身を挺して少女三人を戦場に解き放つ。

 アーリアルの虹分身はまだ余力があったもののその姿を崩した。凄まじいプレッシャーだ。権天使アーリアルの本体に、あやかが自ら前に進み出た。


「俺様が相手だ。不満はあるか?」

「多少」

「……………………では、私も力添えを」


 遅れて、真由美も前に出た。この時間差は、度胸の差だ。だが、限られた力で息絶え絶えのマルシャンスを見て、自らの認識の甘さを呪った。


「マルシャンスさん」

「アタシの覚悟は、出来ている」


 彼は立ち上がった。



 プロパガンダ・ブレス。

 その言葉に魔力を乗せる。ありったけの力と想い。届いた。底上げされる力。重心を低く構えるあやかと、水色の『咲血』を正中に構える真由美。二人が権天使に向き合う。


「あくまで挑みますか」


 その無意味さは、彼女の経験故だろう。想像もつかない。これまでどのほどの強者が彼女に挑んで、そして散っていったのかを。


「笑うか?」

「笑いません。力に溺れた竜種と違い、人には正しく成長する可能性を感じています。蜘蛛の糸のような細い可能性ですが」


 だからこそ、遥加たちは知る由もないが、彼女は宇宙大将軍たちに力を分け与えたのだ。その、彼女にしては僅かな力が、どこまでの結実を生むのかを。


「貴女方、全員が元は人の身であったのですよね?」


 あやかと真由美は反応しなかった。代わりに、遥加が強く頷く。


「素晴らしいことです。私は人の可能性を信じています」


 その言葉が、語るには重すぎる経験の果てのものだと、誰もが理解した。言葉が、重い。マノアエルのような薄っぺらい主張とは根本が違う。凄まじい年月と経験が礎となった信念だった。


「よう……俺様はまだ、人の範疇に収めてくれるかい?」


 若干遠慮気味に、あやかは言った。彼女自身にも自覚があるのだろう。自らが人外の存在と化している後ろめたさが。


「はい、この権天使が保証しましょう」


 その言葉に、どれほどの意味が込められていたか。猛禽のような獰猛な目つきに、満面の笑みが浮かぶ。


「権天使アーリアル。倒すけど、文句ねえな?」

「あります。けれど、実現不可能の虚言に本気にはなりませんね」


 その宣言の力強さは、アーリアルにも届いただろう。彼女は七色に輝く剣を持ち上げる。

 虹天剣。

 虹そのものと称される剣は、まさに言葉通りのものだった。構えもない漫然とした斬撃は、光の速さに匹敵していた。だが、今のあやかには反応することが出来た。膝と肘。神業の如き白刃取り。刃を砕けなかったのは、その性能だけではなく純粋な技量故だろう。互いに理解する。

 そして。


「リロードリロード――――リペア」


 全身を斬り刻まれたあやかが肉と皮膚を再生させる。骨までは断たれていない。打ち負けはしたが、同じ戦場に立つことを認められたのだろう。

 権天使アーリアルが、虹天剣を構える。

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