ポルタサンタ・スカイゲート攻略戦3

 権天使アーリアル。その実力は異次元とマノアエルは吐いた。

 そんな彼女が虎の子として配備していた伏兵。詰め込まれた才覚は相当のものだ。


「ぐるぁぁあああ!!!!」


 爆縮のブレス。ひらりと交わすミギとヒダリはシンイチロウを視認できない。だが、その現実をありのままに受容する。


「無駄」「足掻」


 ブレスに身を隠しながらの銃撃を容易く斬り裂かれる。そして展開。ブランジミストの熱湯流をものともしない。


「シンイチロウ!!」


 叫ぶレダの意図は、ともすればやけくそにも見えただろう。事実、二体の上級天使兵もそう捉えた。あの巨体での無理やりな突進を。


「ッ!!」


 レダほどの巨体と質量。回避には大きな動きが必須となる。尻尾にしがみついていたシンイチロウは封凛禍散ふうりんかざんの銃弾を放つ。


「無駄」「駄目」

「「無意味」」


 信じられない身体パフォーマンスで弾丸を回避される。だが、そんなものはお見通しだ。特殊能力を封じる弾丸を、わざわざ回避した。上級天紙兵に特筆すべき能力はなかったはずだ。


(僕らの情報が筒抜けになっているわけじゃない。付け入る隙は必ずある)


 先の宣言通り、シンイチロウはミギに飛びかかった。ガンナーにあるまじき間合い。彼が繰り出したのは双銃による打撃だった。


「僕の転生特典も、神の逸品とやらに比肩するだろう?」

「不敬」


 剣の間合いよりも内側に。だが、狙いは読まれていた。卓越した剣捌きが間合いを維持する。

 そして、接近戦では上級天使兵に分があった。少しずつ切り傷を増やす。汗と血が、混ざって垂れる。


「警戒!」


 叫ぶヒダリの声と同時、周囲の気温が氷点下を下回る。氷縮の吸気。急激な環境の変化には、高い金を払って預言者スミトから予知対抗術式を付与されている。


「行け!!」


 だが、天使の身に猛吹雪は通じない。環境の変化がもたらしたのは、シンイチロウが垂らした汗と血を凍らせたぐらいか。

 否、それだけではなく。


(僕が出来る最善は)


 凍った大地に摩擦が消える。急加速したシンイチロウはミギの懐に潜り込んでいた。今度は打撃じゃない。向ける銃口は。


ジョーカーの想いに報いられたかな)


 愛銃エボニーの『閾祁討閃いきとうせん』。

 冷却期間を待たずして、。必殺の引き金と力いっぱい引いた。


「ご加護を――」


 もはや弾丸ではなかった。レダの爆縮のブレスに匹敵するようなレーザーがミギの上半身を丸ごと蒸発させる。どれだけ聖域の効果がその威力を削ろうとも、相手の力量に左右されるこの弾丸であればこそ。

 だが、即死には至らない。聖域の効果としてその肉体が再生を始め、


「させない」


 る前にレダの爪が残った下半身を真っ二つに引き裂いていた。追撃をかけようとするヒダリはシンイチロウが後ろ手に向けた『封凛禍散ふうりんかざん』の銃口に縫い留められる。

 そして、古火竜の口が大きく開き。

 喰った。僅かに咀嚼して飲み込んだ。


「私の一部として取り込んだものまで再生されるなんて……そこまで出鱈目ではないわよね?」

「……無茶苦茶するよ、全く」


 目論見通り、上級天使兵ミギは復活しなかった。しかし、片割れを失ったヒダリに動揺はなく、次の行動も理にかなっていた。



 呼びかけに応じて、これまでどこに潜んでいたか、天使兵どもがわらわらと湧いてくる。


「いいさ、いくらでも呼べばいい。お前らが流石に無限湧きするわけじゃないのは知っている」

「権天使に回す兵力はここで根こそぎ平らげよう」


 向かってくる人と竜。ブレスと弾丸が天使兵の壁に吸収される。ヒダリは周囲を見渡した。想定よりも数が少ない。

 これまでの戦い。聖域だけではなく、大天使たちが引き連れていたものも含めて。果たしてどれほど犠牲にしてきたのか。


「もちろん――わざわざ数えてなんかいないだろう」


 その心を読んだかのようなシンイチロウの言葉。同時、顔面への強い衝撃。彼がエボニーの銃床で殴り飛ばしたのだ。

 レダのブランジミストに、スミトから調達した可燃性の液体を混ぜる。爆縮のブレスに引火して派手な大爆発。古火竜に炎属性の攻撃は効かない。そして、爆風に紛れてシンイチロウが一気に距離を詰めていた。


「呼べ。命令し続けろ」


 命令の撤回はさせない。シンイチロウの膝蹴りが開きかけた口を封じる。そのまま叩き込んだ『封凛禍散ふうりんかざん』が果たしてどんな能力を封じ込めたのか把握する必要もない。


「ここで、全て、終わらせる」


 ここにいる天使兵の一体一体がどんな存在だったのか。見抜いて、激昂して、涙を流した女神アリスの姿を見た。聞くだけでも胸クソが悪くなる話だった。


「終わらせないと、駄目なんだ」


 ヒダリの肉体はすぐに再生して、銀の剣がシンイチロウを斬り裂いた。寸前で刃に銃弾を放ったが、両断されて僅かに距離を稼いだに過ぎない。

 それでも、命は拾った。


「無事か!?」


 獄炎と極寒で天使兵どもを翻弄するレダが叫んだ。減衰しているとは言え古火竜の実力は如何なく発揮されている。それでも、聖域の効果もあってか、流石に多勢に無勢と押され始めていた。


「うるさいなぁ、そんなに騒ぐなよ……」


 胸から腹へと走る傷跡を撫でる。鮮血が絡みついた。風の流れを感じて、彼は死角から放たれるヒダリの突きを躱す。


「クソ、こんな傷一つで……!」


 死なない。そんな主人公補正が働いている。それでも、動きが鈍る身体に彼は悪態をついた。

 天使兵も、竜種も、あの怪物少女だって。どれだけ傷を負ってもすぐに再生して立ち上がってきた。


「……ただの人間でも、立ち上がれる」


 だが、違う。黒の少女はそうではなかった。それでも、立ち上がって、魂の限りを震わした。

 ヒダリの斬撃を双銃をクロスするように受け止める。変則的白刃取り。離さない。その十秒後、古火竜の顎門あぎとがヒダリの頭部を噛み砕いた。


「そして、竜を、舐めるな」


 そのまま真下に放たれる爆縮のブレス。襟元に爪を引っ掛けられたシンイチロウが攻撃範囲外に投げ飛ばされた。

 切断された首の断面から直接熱光線をぶち込まれたヒダリは全身が炭となって散っていった。復活はしない。残るは自分たちを取り囲む天使兵どものみ。


「下等生物と侮った者の底力、みせてあげるわ」


 古火竜レダが気丈に翼を広げた。呼応するようにシンイチロウも立ち上がる。彼も彼女も傷だらけだったが、その目の闘志は消えてはいない。


「終わらせてやる」


 聖域サンタポルト・スカイゲート。

 敵地の総本山。常時耐久力を増してパワーアップし続ける天使兵どもとは対称的に、自分たちの力はどこまで対策を重ねても八割近くまで減衰されてしまう。


「ここで、全て――――」


 絶望的な戦力差。だが、追加で駆けつけてくる天使兵の数は見るからに減っている。預言者スミトの目を掻い潜った伏兵の存在も考えにくい。シンイチロウはレダの上に乗り、愛銃を握り締めた。


 人と竜。

 彼と彼女が、天の聖域を駆ける。







「……意外とあっさり行ったわね」

「私はそうは思わないけれど」


 聖域、地中。バッドデイの改造車両(合法)の前方に展開するドリルが道を掘り進む。遥加はバッドデイとの初めてのドライブを思い出していた。

 ここまで、妨害は全く無かった。天使兵の一体とも遭遇していない。地中なので当たり前ではあったが、上から妨害くらいあっても良さそうだったものを。


「アリス……とマルシャンスさん。そろそろ目的地周辺です」

やっこさんが動いてなかったらな!」


 言ったのは、後部座席の真由美とあやかだ。マルシャンスは運転席に、遥加は助手席に座っている。

 突入して判明したのだが、聖域内では外部との通信が遮断されてしまう。スミトが丹念に調整していた通信器具も全く機能しなかった。ある意味では一番の誤算だろう。


「権天使アーリエル。その反応はずっと動いていないって、スミトさん言ってたよね」

「そうね。同じく反応を観察されていた『黒竜王』や『悪竜王』の動向も一致していた。そこは信じられると思うわ」


 聖域内では縮尺が変わるなどの異常現象が起きていない限りは、権天使の真ん前に浮上できるだろう。『創造』の魔法で生み出した地図を睨みながら、真由美は口を開く。


「そろそろ、上に」

「いえ、まだです。もう少し直進してください」

「ああ、そうなの。ありが……っ!!?」


 その助言に、真由美の身体が跳ね上がった。一方、隣のあやかは腕を汲んだまま座席のシートに背中を預けたままだ。

 正確には、隣ではなかったが。

 瞬きの間もない刹那。まるで映画のフィルムに無理矢理コマを差し込んだかのような不可解な現象。指示通り直進するマルシャンスの手が震える。バックミラーを一瞥いちべつした遥加は、真由美とあやかの間に座る相手に対してゆっくりと口を開いた。



「私は女神アリスです。


 こんにちは、使

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