ポルタサンタ・スカイゲート攻略戦2

「先行し過ぎたのではないか?」

「臆病風にも吹かされたか? 図体ばかりだな。僕らがヘイトを集めるのは作戦通りだ」


 言葉尻がどうしても喧嘩腰になる。理知的な二人には、その理由がよく分かった。


(身体が、重い……!)

(嘘だろう、ここまでなんて!?)


 女神リアの渾身の加護が、完全な効果を発揮していなかった。しかも、預言者スミトが独自に解析した『ザクセン・ネブラ』なるものの情報置換を利用して聖域の効果もある程度反転させているらしい。あくまでも模倣技術であるために不完全な効果ではあるが。

 そして、付け加えるのであれば、預言者スミトの予知対抗術式もある。聖域に対してそれなりの耐性は付与されているはずだ。

 それでも、今の彼らが死力を振り絞ったとしても精々普段の八割近くの実力しか発揮されないだろう。


「……落ち着け。女神リアと女神スィーリエとの間には、それほどまでに神格の差がある。甘んじて受け入れるべきだ」

「ままならぬというのは、竜種にとっては最上のストレスだな……」


 聖域ポルタサンタ・スカイゲートの対策は可能な限り尽くしてきたはずだ。それでも足りない。万全の実力を発揮できない彼らには、しかし表向きの焦燥感しか無かった。


(僕らが権天使を対処するわけじゃない。無理ないタスクを課されているだけだ)

(視野が広い。落ち着いている。私はやるべきことをしている。師匠が見えている世界、大局を見据えるとはこういうことか)


 だが、その安寧は長くは続かない。彼らの左右に並ぶ相手は、歴戦の猛者だからこそ感じられる力量がある。それに、いくら減衰しているとは言え古火竜の飛翔に追いついている


「来たか」


 だが、シンイチロウの言葉通り、この状況は予想されたものであった。預言者スミトが見せた世界図。そこに示されていた反応だ。


「侵入者」「閾値超え」

「反応」「検知」


 聖域縁にいた上級天使兵は、ある一定以上一定未満の戦闘力反応を見逃すように命じられていた。恐らくは、この二体の上級天使兵が対処可能な存在のみを。その仮定が正しければ、この二体の上級天使兵は聖域の守りについていた者より強力なはずだ。


「そこそこ大きな反応だった。万全の君に匹敵するんじゃないかい?」

「なるほど。力が減衰している今、格上相手というわけか」


 シンイチロウも、レダも、落ち着いていた。進撃を止める。接敵は、一種の賭けだった。この二体の動きは、恐らく敢えてだろうが不規則的で、自分たちにターゲットが向かう保証はなかった。

 賭けには勝った。しかも不意打ちもない。この局面は間違いなく良好のものだ。


「異端」「異端」

「神の敵」「主の敵」


 だが、その空気を不吉に塗り潰す異様な姿。白一色の服装に、顔の仮面。その仮面はそれぞれ右半分と左半分だけに装着されており、その反対側は皮が剥がされたような筋繊維が剥き出しになっている。


「……少し、やりにくいかな」


 そして、その体格はさっきの上級天使兵よりも明らかに幼い。遥加たちとおなじ年頃とも見えるほどだった。


「ふ、臆したか」

「黙れ焼きトカゲ……僕の銃口は、もう迷わない」


 あの黒の遺志が示した道を。

 彼は、繋いであげたかった。


「「所詮は」」

「粛清」「神性」

「「レクイエム」」


 人も竜も、天からすれば地を這う下等種に過ぎないということか。

 二体の上級天使兵が襲いかかる。その両手には銀の剣。二刀流か。


「さて、正念場だ」

「便宜上、仮面を右に装着した奴をミギと称する」

「じゃあ、私はヒダリを相手取ろう」


 能動的には接近戦を行わない通常の天使兵とは違う。長射程高威力のディバインライトの連発で行動範囲を狭め、女神が生み出した銀の剣で裁きを下す。

 打ち合いは二回。すぐにシンイチロウは後ろに下がった。竜化しているレダにぶつかる。


「範囲攻撃」

「聖域にも水脈はあるんだな」


 噴き出す水流がミギとヒダリの攻撃を制限する。お互いに打つ手は同じだ。まるで詰将棋のようだった。


「ミブ・シンイチロウ。お前の手腕は身に沁みている。私はお前の指示に従うぞ」

「使い捨てても文句ない?」

「そんなことをしない人間だと、私は理解している」


 レダは巨体を振るいながら笑った。『原初の火種』。出会った彼女の、これまでの話は少しだけ聞いた。どうやって強くなって、戦ってきたのか。


「……身に余る光栄だ。正直プレッシャーだよ」

「気負うな。私がいくらでもサポートする」

「軽口の文化を少しは学んだほうがいい」


 レダが首を傾げた。シンイチロウは二丁拳銃を構えながら周囲を観察する。上級天使兵、ミギとヒダリ。その立ち振舞だけで分かる。権天使の虎の子だろう。これまでの天使兵とは、明らかに一線を画していた。


「残念。君たちは――僕らが倒す」

「笑止」「千万」

「笑っていられる立場か、小さき者等」


 レダが放つ爆縮のブレスは、二体一対のディバインライトと拮抗する。古火竜は巨体の勢いで押し切った。


「それでいい。蹂躙しろ」


 体制を崩した二体の天使兵に浴びせる閾祁討閃いっきとうせん。相手の実力に左右されるその一撃は、先の爆縮に匹敵していた。その事実に、シンイチロウとレダは戦慄する。


「これでケリが……」

「ついていればよいがな」


 楽観は排除しよう。焼き焦げた肉体を見るに、ダメージは確かに入っていただろう。だが、その肉体は瞬時に修復されていく。

 この聖域が、天使兵にもたらす効果。その重大性を胸に刻んだ。だが、それでも。


「ここで君たちを引き付けていれば」

「その通り」「目論見通り」


 その言葉に抱く不穏を、具体化したのはシンイチロウだった。


「まさか、バレて……?」

「女神アリス」「最下級神」

「それでも侮らない」「主にとっては格上」


 述べられているのは、大天使と正真正銘神との上下関係。理解されている。女神アリスは既に聖域に侵入していることを。


「狙いは同じか……」


 シンイチロウの額に一筋の汗が垂れる。互いの大将の負担を減らす。この場の四人は、そのための駒だった。


「だからどうしたの?」


 レダが不敵に笑う。


「いいじゃない。お互いに同じ数を引き付けられた。このまま呑気にティーパーティーでもしましょうか?」

「いやに吸収が早いな、竜種」


 軽口の文化も。


「笑止千万」「暗黒微笑」

「殲滅確実」「御命頂戴」

「おい、急にキャラ立てるなヒダリ」


 急襲。銀の剣が鋭い剣筋で襲いかかる。神が生み出した銀で鋳造された逸品。古火竜の鱗やシンイチロウの双銃と打ち合っても刃こぼれ一つない。


「容赦はないわけか。上等だ」


 シンイチロウは、だらりと両腕を下げた。非力故のジョーカーの構えと酷似していた。


「レダ」


 その名を、初めて呼んだ気がする。


「勝つぞ」「もちろん」


 左右一対の上級天使兵の戦闘能力は高い。それでも、二人がこれまで乗り越えてきた死線を、彼女らは知る由もない。

 人や竜として戦い抜いた経験。

 這いつくばって得てきたものが、牙を剥く。

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