女神、攻勢に出る
この世界で最も安全な場所はどこか。正解は、この『脅威』との最前線アークアーカイブスのサーバールーム内だった。
「二体の竜王がその全勢力を注ぎ込んでも、この要塞の突破は困難でしょう」
そう言い張るサイブレックスの言葉は、かなり怪しい。実力や悪辣さがこの壁に阻まれる未来は見えない。
「すごい」
だが、遥加は純粋に褒めた。
「ここまで、世界のために踏ん張ってくれていたんだね。ありがとう」
「いえ、マスターからの命でしたので」
言いながら、サイブレックスはえっへんと胸を張った。
「さて、行こうか。善は急げだ」
手短な作戦タイムも程々に、シンイチロウは促した。元々、切れる手札は把握している。必要だったのは、現場の状況を見ての最終調整だ。
同じく軍師タイプのマルシャンスは作戦立案に口を挟まなかった。彼に与えられた任は、大局の制圧とは別にある。
「よし! じゃあブッコミかまそうか!!」
テンション高めに叫んだバッドデイ。サーバー要塞のすぐ外に待つアレらを見て、サイブレックスの声のトーンが一つ落ちる。
「……なんなんですか、アレ」
「何度もぶっ壊される愛車を見てよ、俺も学んだんだ。壊されちまうのはしょうがねえ。だったら数を調達すれば良い」
合法改造車両群。まるで馬かなんかのようなニュアンスでお出しされた。一人一台、バッドデイは十台。その一台一台には特殊武装の改造が施されていた。
「私、女神だけど免許ない!」
「アリス。法律上、我々の年齢では取れませんよ……」
「案ずるなお嬢! セントラルにはまだ法律が出来てねえ!」
だから、違法ではない。クレイジー・バッドデイの言葉に、迷っていてもしょうがない。そもそも転送されてきたときから何かおかしかったのだ。
ここでレダが一言。
「この身(竜化形態)には狭すぎ「お前は飛んでろ」
「僕、こっちに乗るね……運転に自信ないし」
レダの背にまたがるシンイチロウ。バッドデイの持ち改造車両が十二に増えた。
「まあ、細けえことはいいさ! 何より大事なのは、速さだッ!!」
それは、事実だった。女神アリスが聖域に迫っていることは、スィーリエ側でも把握されているだろう。これから挑む相手ではあるものの、権天使自らがここに攻め入ってくるのは最悪のシナリオだった。
遊園地のアトラクションのような光景でクレバスを登っていく一団に、サイブレックスは表情に困る。困りながら、無数の光学兵器が天使兵どもを蒸発させていく。
「はっはっはー、なんか凄いことになっちゃったねー」
呑気に笑う遥加は、排熱時間まですっぽりと助手席に収まったサイブレックスに声を掛けた。
「貴女がこの一団の総大将なのは、あまり納得できないのですが」
「んー? あ、あやかちゃんが世話になったようでありがとね。私が器じゃないことは認めるけど、悪い話ではないでしょう?」
遥加が言っているのは、どういうことか。
「はい。マスターから聞いていた通り」
「私がいないのであれば、権天使は攻めに転じる必要はない。向こうの狙いは単純にエネルギー切れだろうけど、数百年単位でその心配はない」
「はい。その通りです」
「だから。私が勝てば解決だし、私が死んでも攻め込む理由がなくなる。生きて逃げ帰る選択肢は……貴女が許さないでしょう?」
「はい。敵前逃亡、即蒸発です」
それは、事前に説明されていたこと。一見遥加側に不利と思える取り決めを、しかし誰も反対しなかった。彼女は逃げ帰るつもりはないし、付き従う彼らにもその覚悟がある。
「……そろそろインターバルが経過します」
「そう? サイブレックスさん、貴女も私達の仲間だよ。一緒に頑張って戦おうね」
「私が、仲間……?」
遥加はにこりと笑った。
「そうだよ。あやかちゃんは、どうせ気の利いた言葉をくれなかったでしょう? 貴女はとっても高性能で、可愛らしい、私達の仲間。素敵な、仲間だよ」
「かわいい――? ――? そのオーダーは理解不能です」
「ええー、もったいないよぅー!」
何となく釈然としないまま、サイブレックスが飛び立った。今はそれでいい。彼女が抱く情念を、遥加は感じていた。兵器であることを求められて感情を出来るだけ排除されているようだったが、それで抑えられるものではないことを遥加は知っている。
「さあて、準備はいい!?」
高らかに、号令を鳴らす。合法改造車両群が、一斉にハイビームが上がった。バッドデイが放ったスモークが光の筋を映し、こう描かれる。
――――アリスがきたぞ
クオルト氷壁の反対側、聖域ポルタサンタ・スカイゲート。その境目に、白一色の服装に不気味な仮面。背中の翼から、その身が天使であることを物語っている。
「奴です」
天空から振り落とされる軌道イオン砲を、無数の天使兵が受けた。その三分の一が蒸発したが、凄まじい回復力に肉体を再生させた天使兵は再び陣形を形成して攻め込んでくる。
「来るぜ」
あやかがハンドルに両足を乗せながら言った。上級天使兵がディバインライトを連発する。高威力長射程の大技。防いだのは、レダのブランジミストだ。
「私抜きで、やれるか?」
レダの問いに、前に出たのはバッドデイだった。何とも言えない顔のクロキンスキーは、見ようによっては彼の横には立っているだろう。
「あれ、クロちゃんここで出番じゃねえのか!?」
「馬鹿を言え。俺は登山家だ。戦闘力に期待するな」
「じゃあ、なんで来たんだよ!」
「そりゃ――お前さんが、来てほしそうにしてたからな。離れていても、『相棒』なんだろう?」
食って掛かるあやかの表情が固まる。その反応だけで十分だった。クロキンスキーが良い笑顔を浮かべた。卓抜した才能故の孤独を、忌避でも、恐れているわけでもない彼女への、それでも寄り添う姿勢は。
「お前さんが強いのは分かっている。心配も、正直そこまでしていない。だが、望むのであれば居てやろう」
出来ることまではやろう。背負うライフルを構えて、言う。
「行って来い。実力は及ばんが、見送りくらいはしてやる。相棒だからな」
「クロちゃん……!」
抱き着こうとする彼女を、シンイチロウが首根っこ引っ掴んで止めた。バッドデイが合法改造車両群を聖域に走らす。ここに残ったのはバッドデイとクロキンスキーの二人だ。
――――リアさん
――――ええ、出来ることだけは
――――貴女の、最大限の加護を、あの三人に……!
ここまで溜め込んだ
(俺等はぎりぎり聖域の外から戦線を切り崩す。だが、他の奴らはそうはいかねえ。どのくらいの効果が出るのか大博打ってやつだな)
バッドデイの口角が不敵に上がった。完全なる実力不足だ。この先に踏み出せないもどかしさの原因は理解している。
二人とも、戦闘は領分ではなかった。だが、今この時点ほどにそれを惜しんだことはなかっただろう。割けるリソースは有限で、であれば選出される面子も限られる。
「おい、サイブレックス!」
あやかが叫んだ。遥加が言おうとしたことだが、彼女の口から放たれる方が都合が良いだろう。
「ここで前線を維持しろ。クロちゃんと気障男が絶対に勝ち取って見せるからよ!!」
一方。
「へえ、これが……」
「力の大小は関係ない。師匠の教えを、私は貫くさ」
妙な脱力と、湧き上がる力という矛盾。その理屈は理解している。女神リアの加護にて聖域の効果を軽減した二人は遥か先へと先行する。
「さて」
上級天使兵は、あっさりと彼女らを通した。あるいはそういう命令を受けていたのかもしれない。
女神故に聖域の効果を受けない遥加。女神リアの加護に加え、アリスの女神としての加護を全て注がれた真由美。そして、加護も何も無い素の状態のあやか。
彼女らはドサクサに紛れ、あやかと同じく加護を受けていないマルシャンスの車両に飛び乗った。
「勝負だよ――――ッ!!」
始まる。
運命が企図した神々の闘争が。
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