女神、情報を提供する

「ぼ、僕がっ、完全なるこの僕が、情報を吐き出すわけ無いだろおおう!!?」

「んーー? 吐かせりゃいいのか?」


 両手を組んでポキポキ鳴らすあやかを、スミトは手で制した。


「拷問なんて野蛮。無理やり引き出した言葉なんて、その信憑性は疑わしいもの」


 その言葉と同時、すっかりアシスタントが板についてきたハンズアップが、見るからに怪しい機械を運んできた。


「大天使にも、脳みそはあるのよね?」

「当たり前だ! 馬鹿にするな! 君たちよりもよっぽど完全なんだぞ」

「それは良かった」


 なんか微調整をしていたハンズアップが、鋭い針が付いた電極を手繰り寄せた。嫌な予感しかしない。


「これを脳に刺すんだっけ?」

「そうよ。脳内の電気信号から直接情報をインストールして外部媒体にコピー出来るわ」

「そんなわけあるかっ!!?」


 マノアエルの魂こもったツッコミは、この場にいる者のほとんどが抱いたものだろう。だが、当の預言者スミトは事もなく。


「あるわ。そのために作ったんだもの。捕縛した天使兵に使っても情報を抜き取る前に消えちゃってね……大天使ともなれば耐久性は十分でしょう」


 そんなわけ、あった。一同ドン引きである。だが、非道の手は止まった。頭に電極が突き刺さらないのだ。


「あっれー? スミトさん、これ中々刺さらないよ?」

「俺様がパワーでぶち刺してやろうか?」

「やめなさい。一応精密機器よ」


 絶望の中、仄かな光が見えてマノアエルの表情に笑みが戻る。理屈は単純だった。


「神性介入……」

「その通り! ああ神よ! 我が主神スィーリエ様のご加護がこの僕を救いたもうた!」

「えいっ」


 涙を流して感激するマノアエルに、遥加は光の矢を突き刺した。『浄化』の固有魔法フェルラーゲン。神性介入の効果を多少なりとも軽減する効果があるのは、『完全者』との戦いで立証済みだ。ただ、神性としての格の差か、その効果は薄い。


「えいっえいっええいっ」


 しかし、塵も積もればなんとやら。あやかから魔力を補充する遥加が次々と光の矢を突き刺していく。

 ガッチガチに拘束されて、シンイチロウの封凛禍散ふうりんかざんと真由美の『束縛』の固有魔法フェルラーゲンで能力も完全に封印されている。マノアエルにはもはや抵抗する手段は無かった。


「お! ちょっとずつ刺さってきたよ。オーライオーライ!」

「はぁい」

「待て、よせ、待つんだ! せめて、せめて⋯⋯左右対称に! シンメトリーに! 美しく僕を射抜いてくれ!」


 人の頭部に電極をぶっ刺すという猟奇的な光景がいとも和やかなやり取りで押し進められる。全身に光の矢が突き刺さっているマノアエルは、まるで黒ひげ危機一発のような有様だった。


「でも、壮観だね。ここまでやらないとまともに攻撃が通らないなんて」


 精密機器を突き刺すのに、あやかのような馬鹿力に頼るわけにもいかない。それでも、人の肌であれば容易に刺さるものだ。これから相手取る女神の神性の恐ろしさに身震いする。


「お、刺さった」

「ご苦労様。『浄化』の魔法に存在が消えかけているようだけれど、情報のダウンロードまでは保ちそうね」


 スミトの指示にハンズアップが怪しげな機械を操作する。さっきからスミトは指示するだけで自分から動いていなかったが、この場にいるほとんどの者が彼女が非実体であることを感じていた。

 本体は、ここにはいない。だからこそこうして姿を晒せるのだろう。


「さて、マノアエルさん」


 装置の発する微弱な電流に身悶えするマノアエルに、遥加は問う。


「貴女の蛮行は、女神アリスの名の下に見逃すわけにはいきません。自らの行動を悔い改め、せめて来世は善良であってください。まあ、最期に言いたいことがあるのであれば聞きますが?」

「⋯⋯⋯⋯鏡を、姿見を持ってきてくれ。最期の光景は、この完全なる僕の姿が良い」


 反応に困る遥加と対照的に、真由美の『創造』が無駄に立派な姿見を生み出した。そして、剣山の如く光の矢に滅多刺しになっているマノアエルは一言。


「結構な――お手前で」

「最期の言葉、本当にそれでいいの!?」


 続けて何か言おうとした大天使の身体がびくんと跳ねた。その両目は硬く閉ざされ、物言わぬ身となる。


「この様子なら、情報を抜き取った頃には完全に消滅しているわ。流石は大天使。脳内情報のダウンロードには丸々一日掛かりそうね」

「へえ! 思わぬ空き時間が出来ちまったな」


 セントラルのせっかちさん代表のバッドデイが大げさに言い放った。猶予があるにこしたことはないが、セントラルには二体の竜王という切迫した脅威も迫っている。


「バッドデイさん、当然ながらそちらに加勢しちゃだめだからね? 私達はスィーリエ様に目を付けられてるんだから、余計な火種を持ち込んじゃう」

「ふむ、ならば先に氷壁を登っておくのはだ?」


 次に声を上げたのはクロキンスキーだ。彼は登りたいだけである。


「どうしても、というのであれば止めはしないけれど……やめときなさい」


 スミトが若干気まずそうに言った。


「どうしてだ?」

「アレ、今はクオルト氷壁に擬態した巨大要塞に情報置換しているから。迂闊に近付くと私と全面戦争する形になるわ」

「間抜け過ぎる絵面だ……」


 げんなりするシンイチロウの言葉に、流石にクロキンスキーは引き下がった。要塞は山判定にはならないのだろう。

 ちなみに、レダに乗って登頂を目指そうとしていたあやかは遥加とハンズアップに全力で止められていた。その手の攻略手段は最も警戒が厚いだろう。


「……じゃあ、どうするっていうの? 1日待つのは異存ないけれど、戦場に辿り着けないのであれば不毛よ」

「それはそう。バックドアと転送装置はちゃんと組み立てるから安心なさい」


 マルシャンスの疑問に、スミトは事も無げに答える。突然の訪問だったが、一晩で全ての算段は立ているようだった。その手際の良さは『悪竜王』お抱えの軍師も舌を巻く。


「アークアーカイブスに巣食う厄介なバグの駆除に役立ってもらえた礼よ。サイブレックスも貴女には一目置いているようですしね。力は尽くすわ」


 視線を向けられたあやかは、にっかりと笑った。純粋な称賛とは別に、打算と他の何かを感じ取ったからかもしれない。


「いいぜ。俺様は全体の決定に従う。他に異議ある奴はいるか?」


 そう言って周りを見渡すと、ぴんと伸びた手が一本。真由美だった。意外そうな表情を浮かべるあやかに、真由美は慌てて弁解する。


「ち、違うの! 別に異議があるってわけじゃなくてね……というかさっきから手は挙げていたんだけど…………」


 このメンツ随一の低身長と行儀の良さに、誰も気付いていなかった。育ちの良さが染みている。


「あの、その、1日あるのなら……自由行動にしませんか? もちろん、騒ぎは起こさない方向での」

「……珍しいね。真由美ちゃんがこんな場で自分の意見を述べるなんて」


 遥加の言葉に、真由美は顔を真赤にして俯いた。大天使戦であれだけの啖呵を切った少女とは思えない。


「我儘は、その、ごめんなさい……でも、どうしても「いいぜー!」


 真っ先に賛成の手を挙げたのはあやかだ。


「俺様も同行する」

「じゃ、俺が送るさ。野暮用もあるし行きがけだ」


 便乗するバッドデイ。遥加は苦笑しながら許可した。専属ドライバーが取られてしまった。


「私はスミトさんの傍から離れられないかな。情報の共有も色々行いたいし」

「アタシも一緒にいるわ」

「ありがと、マルシャンスさん」


 はにかむ遥加。


「僕も愛銃の手入れをしたいから残るよ」

「俺もだな。装備の点検は万全にしておきたい」

「なら、私はセントラル全域を周遊している。身体をならしておきたい」


 各々の行動方針は決まったようだ。

 決戦までの、残された時間への。

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