女神、預言者と再会する

 白状すると。

 遥加はこの世界に来たばかりの頃、女神ポイントのほとんどをお金に変えて預言者スミトから情報を買っていた。この世界がどんな世界で、何をするべきか。それを見極めるために。


「お久しぶりです、スミトさん」

「あら、あの時の。どうも」


 長い黒髪で、全身真っ青なローブを着用したオリエンタルな美人。口元もベールで隠しており、表情を読み取るのが難しそうだ。


「ご無沙汰してます」

「姐さん、邪魔するぜ!」


 異世界登山家として彼女の情報を重宝したクロキンスキーと、実は常連だったバッドデイが頭を下げる。


「おいクロちゃん! デレデレすんなよっ」

「……しとらん。黙っとれっ」

「あれ、バッドデイさんもスミトさんのところに?」

「おうよ! という観点からすると、この俺以上の速さだって保証するぜ」


 意外な関係性だった。目を丸くする遥加に、バッドデイは「しー」と口元に人差し指を立てる。企業秘密らしい。


「ふふ。何が聞きたいのかしら? 貴女には大体話したような気がするけども」


 遥加は後ろに目配せした。若干ぶっきらぼうに、あやかは鎖に縛られたマノアエルを投げ渡す。


「コレの親玉の情報を。スミトさん、実は知ってますよね?」

「そうね」


 そう、預言者スミトは知っていた。女神リアの世界を脅かす『脅威』の在り処を。それでいて、これまで誰にも告げていなかったのだ。


「女神スィーリエ。その勢力がどこに本陣を構えているのか、私は知っている」

「その情報、いくらで売ってくれます?」


 遥加たちには、これまでの依頼で稼いだ報奨金がある。合わせればかなりの額になる。具体的な金額はわざわざ言う必要もない。預言者は全てを把握している。


「全額支払ベッドでありったけ」

「ふふ。、大好きな子たちいるの分かって言ってます?」

「もちろん。それとも、もっと耳障りの良い言い方をしてほしい?」


 遥加はニッコリと両手を上げた。戯れのようなやり取りだったのか、二人とも機嫌は良さそうだった。


「どちらにしろ、今日は休みなさい。私にも準備はある。宿代わりに選んだのも良い判断よ。ウチの用心棒が寝ずの番で守ってあげるから」

「え」


 ハンズアップが驚愕の表情で振り返るが、この場の全員が目を逸らせた。どうやら味方はいないらしい。


「猶予はあるって見ていいですかね?」

「ええ。手先として差し向けた大天使はそっちで縛られているので全滅よ。布陣は盤石そのものだけど、攻め手はからっきしね」

「んん? その戦力総出で攻め込んできたヤバいってことじゃねえのか?」


 あやかの疑問に、スミトは意味ありげに指を振った。


「いいえ。あの盤石さは、エリアそのものの特性なの」


 ヒントは、マノアエルの神性介入。勝手に察したあやかが口を噤む。遥加やあやかが何も言わないのを見て、他の皆も口を挟まなかった。

 詳細はどちらにしても翌日語られる。それでよいと思っている勢と、口を開けばボロが出そうで黙っている真由美。あとは疲労困憊で口を挟む余裕がない古火竜レダ。


「分かりました。ありがとうございます」

「本当に挑むつもり? セントラルが関わっている異界の戦力なら、正直、常軌を逸する戦力が揃っているわ。それこそ『悪竜王』や『黒竜王』を打倒するに匹敵すると私は分析するけれど」


 その言葉に、遥加の表情は少しだけ揺らいだ。理解している。これまでの凄惨な戦場、自分たちが戦力的には間違いなく最も低いだろう。


「それでもです」


 一瞬の逡巡の後、遥加は言い切った。


「効率の問題を考えるのであれば、と理解はしています。でも、私なりに感じるとこがあるんです。私は女神スィーリエ様に物申したい」

「そう、女神リアに言われたの?」

「いえ……むしろ反対されました。だから、これはただただ私のエゴです」

「そんなものに付き合わされる――いえ、これは聞くだけ野暮だったわね」


 女神アリスに付き従う面々。様々な経緯があっただろう。それでも、遥加自身のエゴに振り回されることに文句がある者などいなかった。

 情報の根本は、信頼である。白の少女には、ソレがあった。





 一夜を明かして、面々は謎の大広間に集まっていた。昨日まではこんな大部屋は無かったような気がするが、突っ込むだけ野暮と言ったものだろう。欠伸を噛み殺したハンズアップが後ろ手で扉を閉めた。何故か鍵も掛ける。

 大部屋の中央で、預言者スミトが大きく手を叩いた。


「おおっう!!?」


 あやかが放つ驚愕の声。彼女だけではなく、ここにいる全員が、驚きの様子を隠せていなかった。天井から床に広がる巨大な地図。まるでプラネタリウムのようだったが、コレは天ではなく地を示していた。この世界そのものの勢力地図だった。


「ここか⋯⋯⋯⋯」


 顎を撫でながら、クロキンスキーは苦い声を出した。彼らが踏破したクオルト氷壁の反対側、連なる山脈の向こう側に夥しい数の敵性反応があった。他にも世界各地に多くの反応があったが、数だけで言えばこのエリアが突出している。


「スミトさんがこちら側への下山を禁じた理由、ようやっと分かったわい」

「そうね、クロキンスキー。興味本位に突き進んでいたら、世紀の大発見と引き換えにお陀仏だったわよ」

「この、赤い点が全て天使兵⋯⋯」


 遥加がその正体を思い返す。女神スィーリエの軍勢に粛清された生命のなれ果てを。


「見やすいように、ネームドを可視化するわね。神族は感知できないから、女神スィーリエや女神リアの存在は表示されないわ」


 真っ先に現れる大きな反応が3つ。『黒竜王』と『悪竜王』は言うまでもなく、氷壁の向こう側にも同じくらい大きな反応が。


(私達が、倒すべきもの……)


 少しして、敵と味方の反応がポツポツと増え始めていた。その分布から、今、どこで、激しい戦闘が繰り広げられているのかがよく分かる。


(ウィッシュちゃん……!? ううん、大丈夫。エレミアさんたちがいるし、夕陽さんなら、なんとかしてくれるはず……)


 他にも感じる大きな戦いの予兆。米津元帥が率いる軍と、『悪竜王』の水面下での作戦配置も丸わかりだった。


「おい! なんか攻め込まれてるっぽいけど、大丈夫か!?」


 あやかが叫んだ。クオルト氷壁になだれ込む大量の敵性反応。だが、ある一線から先に踏み込むとことごとく消失していく。


「前線にはサイブレックスと防衛機構を配置しているわ。奥にいるあのヤバいのが来ない限りは問題ない」

「おおう、流石は高性能ちゃん……」


 世界一つ覆うほどの勢力図から見ると地味な光景だったが、実際に『機神』と戦ったことのあるあやかにはド派手な光学兵器による蹂躙が目に浮かぶようだった。


「奥のアレ、なんなんですか……?」

「分からない」


 遥加の疑問に、スミトは端的に答えた。その言葉に多くの者が驚愕する。


「この世界のことは大体何でも分かるけど、あのエリア――ポルタサンタ・スカイゲートはほとんど別の世界のようなものよ」

「足での調査は?」


 バッドデイが分かりやすく足踏みをした。彼が最も得意な領分だろう。


「それは……無理だったわ。サイブレックスでさえも。あのエリアに足を踏み入れた途端、そのスペックは1%以下まで低下していた。そんな状態で未知のエリアの調査なんて出来ないわ」

「神性介入……」


 ぽつりと呟くシンイチロウ。『完全者』や大天使たちも有していた特性だ。当然スミトも承知している。


「そうね。女神スィーリエの何らかの力が働いているとみて間違いないわ。同じ神族である貴女なら、ひょっとして……」

「私なら――そうですね。試す価値はあると思います」


 どちらにしても飛び込まなければならない死地だ。遥加は力強く言い切った。


「そんな状況だから、を調達してくれたのはとても助かるわね」

「はいっ!」


 とっても良い返事をした遥加と、妙に上機嫌のスミト。彼女らの視線の先には、これまで必死で存在感を消していた彼女の姿が。

 そう、『完全の天使』マノアエルである。

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