従者、想い出を巡る
【エリア0-1:セントラル市街地】
「じゃ、俺は先端工業地帯に用があるから」
「なんで?」
「ふっ、秘密兵器ってやつさ。戻るときはソレ押してくれよな」
意味ありげな赤いボタンを投げ渡されて、あやかはものっすごい笑顔になった。ポチッとなってなるワクワクするやつだ。
「いや、意味分かんないんだけど……まあいいわ…………」
我儘を聞いてもらった立場である真由美は強くは言えなかった。
「よっしゃ、じゃあ行こうぜ!!」
「ええ。付き添い、ありがとう」
あやかと真由美。二人並んでセントラルの町並みを歩く。あやかには、珍しい風景だろう。様々な異世界文化が所狭しと共存している。目を輝かせながら目をキョロキョロさせる彼女に、真由美の口元は綻ぶ。
「高月さん。それじゃ、お上りさんみたいよ?」
「えー、いいじゃんよー? ネガを失っていたときはなーーんにも感じなかったけど、やっぱすごいんだなぁこの街」
何がすごいって、この遥か上空ではとんでもない大戦火が広がっていることだ。誰もそんなことは気にしていないし、その活気は衰えない。
「なあ、真由美」
「なぁに?」
「守りてえな。改めてそう思ったよ」
「…………そうね」
実のところ、真由美にとってはそうでもなかった。彼女にとってはこの世界を守る意義はないし、義理も、いや義理くらいはあるかもしれない。
しかし、そうやって戦う姿は、彼女が憧れたものだった。この世界を守る自分になるためならば、命だって賭けられる。
「私も、多分、守りたいのかもね……」
それに。
思い出がある。思い入れがある。無邪気にはしゃぐあやかの姿に、真由美はそんな単純なことに気づいたのだ。
「貴女に並び立ちたい、だけじゃない。私は自分に胸を張るために、戦いたい」
「いいぜ。俺様は、手を伸ばせば届くから、とことん伸ばし続けた。多分、そんなエゴの塊がマギアなんだ。神だろうがなんだろうが、思いっきりやってみろよ」
言ってのけるあやかの横顔は、純粋さに光り輝いていた。見惚れていた真由美は、ふと我に返る。
「私に、出来るかな」
「それ、俺様に答えを求めてるの?」
「ううん、ただの独り言。どっちにしろやるし」
「俺様、そういう面倒くささはどうかと思うぜ……」
二人して苦笑いを浮かべる。こんな光景も、いつぞやは想像すら出来なかった距離感だ。そうして辿り着いた喫茶店で、真由美は足を止めた。
「ねえ、少し……いいかしら」
「……ん? いいぜ」
何かを言おうとしたあやかはその口を噤んだ。彼女なりに感じることがあったのだろう。
「私、ここで男の子とデートしたの。結局、アリス目当ての殺し屋だったけど」
「はは、いいんじゃねえの?」
雑に笑ったあやかに、真由美は露骨に唇尖らせた。
「私、弄ばれちゃったのよ」
「今ここにいるってことは返り討ちにしたんだろ? すごいじゃねえか」
そう言われると、何も言えなくなってしまう。事実、あの『剣鬼』から褒められた経験など、それくらいだった。
(あれ、私って意外に凄いことしてた…………?)
そんな軽い自惚れに、真由美のテンションが上がる。少しして冷静に。どう考えても、隣の彼女の方がすごいことをやらかしている。
「あ、着いたわ」
そんなやり取りをしている間に、真由美は目的地に辿り着いた。今となってはすっかり馴染みの道場だ。
「お! 戻ったかメルヒェン!!」
飛びついてきた魔法少女ニュクスを軽く躱そうとして、飛びつき横四方固めを極められる。直前に肉体の接点をズラした真由美が息絶え絶えに脱出するが、一切息を切らさないニュクスが悔しそうに足踏みする。
「ああーーもう!! いけると思ったのに!!」
「いえ、十分脅威だったわよ……」
消え入りそうな真由美のフォローは、落ち込む彼女の耳には入ってこなかっただろう。少し見ないうちに随分武闘派になってしまったようだ。
「でも、関節技って『剣鬼』の領分だったかしら?」
「それがさ、メルヒェン! セントラルの図書館に『魔法少女大全』なんて大仰なものがあったから私も勉強したんだよ!
「ええぇ……」
困惑する真由美。だが、世界は広いことをこの世界で知った。一概に否定できないものがある。
「で、そこの子は? 魔法少女友達?」
真由美が説明に困っていると。
「おうよ! 俺様は魔法少女ヒーローだ。よろしくな」
謎に空気を読んだあやかがパーフェクトコミュニケーションを繰り広げる。
「ほう、魔法少女ということは……?」
「当然、サブミッションの心得もあるぜ?」
お互いに、軽くステップを踏んだ。あやかが挨拶代わりのジャブを放つ。速い。『剣鬼』との修行で目が肥えていなければ、一方的に揺らされていただろう。
だが。僅かに掠った衣服を指先で掴まれたことは完全に予想外だった。
「お約束だが、俺様はコレが好きだぜ!」
「うぎゃあああああああ!!!!」
引っ張られて崩れた体勢に、這い回るようにあやかが背後を取った。そのまま肩周りを両足で固めて――飛びつき腕十字が完全に極まっていた。
「ギブギブギブギブ!!」
「えーー、こっから返してみせてくれよう!!」
(これ、魔法少女じゃなくて無法少女ね…………)
じゃれ付きもほどほど、あやかがニュクスを開放する。どこのなににシンパシーを感じたのか、二人はすっかり意気投合していた。
「騒がしいと思っていたら、戻ったんだね」
その一声が、喧騒をかき消す。
「はい。決戦前に、少しだけ、用事があって」
セントラルが保有する最強戦力。あくまで個人と限定するならば、セントラル側には彼女以上の実力者はいない。最終防衛ラインであるが故に、数々の戦線に投入できなかった切り札。
『剣鬼』ホノカ。彼女の
「
「……へえ。君が、彼女と、同じ……ねえ?」
お互いに、何か感じるものがあったらしい。真由美とニュクスがその威圧感に及び腰になる一方、あやかはにこやかに一歩前に出た。
「はい。試してみます?」
見え見えの挑発。だが、ホノカは愛刀『
「うん、いいね。試してみたけど、女神の側近を名乗るだけのことはあるよ」
ニュクスがいる前では失言だったが、この場の誰もがそんなこと気にしなかった。額の大汗を拭うあやかに、獰猛な笑みが引っ込まない。
「なるほど、破格の好待遇か。機神、完全者、時空竜、悪竜王、大天使と来てたが……お前も、中々良い経験値を得ていたんだな」
「オホホ、高月さんに比べると…………いや、もう比べるのが馬鹿らしくなってきたわ」
「へえ。私との修行はそこまでの経験値には「なぁにが完全者よ! 悪竜王よ! 『剣鬼』と研鑽を重ねた私のほうがすんごいんだから!!」
ヤケクソに言い放つ真由美の自己保身に、誰も何も言えなかった。ただただ境遇が似ているニュクスだけがしみじみと頷いている。単純に後が怖いのだ。
「う、うん……? そこまでは思い上がってないけど、私が最終防衛ラインであることは否定しないわ。容易に動けないの、難儀している」
事情を察したあやかは愛想笑いを浮かべた。今までそんな悩みの欠片も聞かされていなかった弟子二人の心中は複雑だ。
「それで、結局はどういう要件で戻ってきたんだっけ?」
ホノカが真由美に問うた。水色の少女は、ほんの少しの逡巡を経て、確固たりと言い放った。
「『剣鬼』、我が師よ。私は貴女に果たし合いを上申しに参りました」
少女の覚悟は届いたらしい。『剣鬼』ホノカは果たし合いを受けた。だだし、一つだけ付け加えて。
「いいよ――――でも、死んだらごめんね」
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