従者、決意する

「異世界の人はやっぱり不思議ね」


 真由美の『治癒』の固有魔法フェルラーゲンが二人の傷を癒やす。


「強くて、色々なものを持っている。自分の世界に収まらないから、異世界になんて来るのかしら?」

「確かに、そうかもしれねえなあ……」


 ホノカとあやかがお互いを観察する。体付きと体幹。特殊な能力よりも、人としての肉体と技術を研磨させた者同士。

 お互いに手合わせ願いたいところだった。しかし、どう転ぼうが真由美の自尊心をズタズタにする未来しか見えない。二人にしては珍しく空気を読んで一歩引いていた。


「俺も、自分の世界では並ぶ奴なんていなかったんですよ。でも、この世界に来てから、何度も負けてきた。それが全然嫌じゃない」


 むしろわくわくする、と。

 獰猛に笑うあやかに、ホノカは静かに頷いた。性根は近い二人なのかもしれない。


「で。わざわざこんな区切りをつけに来たってことは、何かあるんだろうね?」

「はい。この世界を脅かす『危機』の勢力……その本拠地を叩きます」

「ああ。結局、君たちの同業者みたいなもんなんだっけ?」


 あんまりにもざっくりした物言いに、あやかも真由美も苦笑した。一人事情を把握していない(というか説明出来ないはずなのに誰も気にしない)ニュクスだけが、首を傾げてきょとんとしている。


「師匠、ご存知だったんですね」

「私、これでもセントラルの重鎮の一人だよ? 世界の趨勢に関する情報は最優先で回ってくるって」


 それでも、『剣鬼』は表立って動けなかった。セントラルが誇る最強戦力。それは即ち、最終防衛線にほかならない。

 故に、動けなかった。『完全者』のときも、『時空竜』のときも。そして、『脅威』や二体の竜王についても同様だった。実力者故に。そのもどかしさは、あやかにはよく分かった。


「大人は辛いですね」

「全くだよ。私も向こう見ずの子どものままでいたかった」


 心からの言葉だろう。誰も、何も言えなかった。彼女のポテンシャルを本当の意味で見抜いているのは、この場ではあやかぐらいだっただろう。


「私は……やっぱり、まだまだ子どもなんですね」

「そうだね。羨ましくもあり、惜しくもある」

「私は行きますよ、最前線」


 そんな決意表明。これまで稽古を付けていたホノカが一番良く理解しているだろう。彼女がこれから行う無謀さについて。


「高月あやかさん、だっけ? 貴女はどう思う?」

「コイツはやると思いますよ。どこまでも追い縋る。お互い、身に沁みているんじゃないでしょうか?」

「ははっ」


 ホノカは珍しく笑った。珍しすぎてニュクスがぎょっとのけぞった。鞘でぶっ飛ばされる。


「無謀だと、笑いますか?」

「正直笑う」


 真由美が非難めいた目を向けた。


「でも、やってみな。思いっきり、全力で。そう出来るだけのことは叩き込んだつもりだよ」

「ありがとうございます」


 真由美は、大きく頭を下げた。


「メルヒェン!」


 去ろうとする二人に、ニュクスが声を掛けた。


「帰ってくるよね!?」

「はい。約束します」


 あっさり答える真由美。

 不相応の前線に躍り出る恐怖。足りていない実力。その差を補うものは、勇気と呼ばれるべきものだ。


「行ってきます」

「「行ってらっしゃい」」


 送り出される言葉に、真由美は歩き始める。





「……高月さんは、どう思った?」


 しばらく歩いて、真由美はそんな台無しなことを聞いた。意味はよく分かる。


「強いな。俺様とほぼ同じくらいの実力だぜ。お前じゃ逆立ちしたって勝てやしない」


 少女が求める答えを、彼女は的確に放った。分かってはいたが、真由美の肩が低くなる。


「けど、俺様はどっか安心したぜ」

「え、なんで……?」


 あやかは、珍しく言葉に迷った。少し考えて、言う。


「セントラルの危機ってさ、基本的に異世界の戦力で凌いでいるわけじゃん」

「ああ、そう言えばそうね……」

「でも、それはしたたかに利用されているんだって気付いた。他の勢力がいなくたって、多分別の方法でどうにかしていたぜ?」


 『剣鬼』の実力だけではないだろう。突出した個人戦力だけの無力さを、彼女はよくよく弁えている。


「そんなこと、考えてたんだ」

「まあな。気になって…………というか、単純に情が湧いちまったんだろうな」


 あやかがにっかりと笑った。


「だから心配はいらねえ。俺様たちが負けようとも、奴らはうまくやってけるよ。大丈夫だ」

「大丈夫、か」


 真由美は、言うならば、安心した。

 これまで、そんなことは全く考えていなかった。果たすべきは自らの使命のみ。これまで、自分の視野がどれほど狭かったのか思い知らされずにはいられない。


「なんか、自分に余裕が無さすぎて笑えてくるわね」

「いいじゃねえか。お前に余裕は似合わねえよ」

「……言うじゃない」

「必死こいて、追い縋る。そんな姿を笑う奴は、俺様許さないぜ」


 思っていたよりも真面目な言葉だった。高月あやかの、大道寺真由美への評価。それを真正面から突きつけられ、真由美は顔を真赤にする。


「付いてこい。これは心からの謝罪だけど、俺様は半端には止まれねえ。それでも付いてこい」


 お前しかいない、と。

 あの隔絶した輪廻結界まで追いすがってきた彼女であれば。


「はい。私は、貴女の隣に立ちたいと夢願ったのだから」


 裏切るはずがない。真由美の笑みに、あやかは納得した。欲しかったものが、手に入った気がした。それはお互い様だったが、妥協しなかったからこその結果というものもある。


「じゃ、そろそろ戻るか」


 あやかの言葉にハッとする。いつの間にか、陽はだいぶ沈んでいた。


「へい、ポチッとな」


 あやかが真由美を見ながら赤い謎ボタンを押した。振り返ると、改造車両に乗り込んだバッドデイがいた。二人ともドン引きである。


「あれ、インターバルが必要だったか? お買い物やおトイレはお済みかな?」


 応えはない。彼が乗る車両の後ろを見て、二人とも言葉を失っていた。彼が語る秘密兵器とやらがそこにはあった。何も言えない真由美と、目を輝かさせたあやかの反応は対称的だ。


「いいぜ!!」


 そんな雑なゴーサインとともに、バッドデイの秘密兵器は発進した。

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