vs 完全の天使マノアエル4
震える。
揺れて、轟き、震える。
震える。震える。震える。震える。震える。震える。震える。震える。震える。震える。震える。震える。震える。震える。震える。震える。震える。震える。震える。震える。
震えて、そして。異形の心臓は。
「つ! ぶ! れ! ろぉぉおお!!」
マノアエルの怒号が弾け飛ぶ。その姿からは『完全』のメッキが徐々に剥がれつつあった。
「ぐるぅああああああああ――!!!!」
凄まじい竜の咆哮とともに爆縮のブレスが流星を弾き飛ばした。威力と質量を削がれた星屑をマルシャンスの涙の雨が消し飛ばす。普段の二人からは想像しにくいような激しい攻撃だった。
「あらあら! 攻め手が随分と甘くなたわね! みっともない」
らしくない煽りの声。その間も大量の刀剣類と紙の騎士がマノアエルに殺到する。そのどれもが完璧に回避されるものの、今までの余裕は感じられない。
否、動き自体は完全そのものだ。乱されているのは心の動き、即ち情念だった。怒りと焦りがその表情を満たす。
「なんだ、コレは!? なんなんだお前らは!? 何がしたいだよもう!!」
心がざわめく。そして、それは自分だけではないことを理解している。
竜種の本能のまま暴れ狂う古火竜レダに、獰猛に攻勢に出る悲哀のマルシャンス。その奥の水色の少女は瞳孔が見開かれたまま涎を垂らし、クロキンスキーが今にも飛びかかりそうな彼女を押さえつけている。明らかにまともな様子ではなかった。
まともに見えるのは、なんかもう一台現れた改造車両の運転席で腕組みして微動だにしないバッドデイと、冷徹に銃口を向けるシンイチロウくらいだろう。見えるだけで、その内情は計り知れないが。
「どう考えても! お前らが自滅するのが早いじゃないか! 馬鹿なのか!? ゴミなのか!? クソが臭い汚物が汚物汚物汚物汚物ッ!!」
激昂したマノアエルが聖槍を振り回す。その精度は明らかに落ちていたが、それでも脅威は健在だ。これだけの人数差を蹂躙している。
(後ろに庇うあの醜悪な化け物! 近くにいる奴らの方が影響は大きいはず。落ち着いて対処するんだ、僕。完全なる僕。このまま奴らは勝手に自滅する。僕は完全なんだから、完全にそうなるはずなんだ)
荒れ狂う情動に抵抗するのは、圧倒的なプライドだった。自らが完璧であるという自負が、辛うじて自我を繋ぎ止めてくれている。
「だから――不完全なお前らは、そのまま、無様に、狂い踊ってろ」
距離を取るマノアエルを、レダが追った。マルシャンスの制空権から離れた彼女は聖槍に薙ぎ払われ、大きな盾を失ったマルシャンスに流星が殺到する。その流れ弾にクロキンスキーが巻き込まれ、結果的に。
「正気かっ!?」
「ぶっ飛んでなきゃついてけないわよ、私みたいな凡夫にはねえ!!?」
趨勢の鍵を握る真由美が真正面から飛び出してきた。振るう水色の刀を聖槍の柄で受け止める。形を変えた槍が思いっきりぶっ飛ばした。
「真由美ちゃん!?」
「やるのか! やれんのか!?」
遥加とあやかの声に背中を押され、真由美は飛び起きた。動きかけたバッドデイとシンイチロウが動きを止める。彼らが見据えているのは、きっと、もっともっと先にあった。
「メルヒェン」
そして、黒の少女の呟きが。
「三歩必殺ッ!!」
マノアエルが羽織るツイードの襟。その端っこがほんの一欠片宙に舞う。アクアマリンの髪が数本飛び散った。完全なる回避を決めたと思っていたマノアエルは、その卓越した感覚故にその現実を知覚してしまう。
「こん、」
「り」
「のッ!!」
「りりり!!」
制裁の飛礫を放とうとする右手に、水色のリボンが巻かれた。そして、掌の上で綴じる錠前がその脅威を封じる。
「メルヒェン!」
「うる、さいッ!!」
封印はたった半秒。介入した神性により脆くも崩れる。だが、僅かに固定化された時空間がその半分の時間だけ完全の天使を縫い止めた。
「必殺」
もう、枕詞はいらない。研ぎ澄まされた剣筋が、マノアエルの首を打った。そう、打ったである。
「ばーか」
少女が放った渾身の一撃を、大天使は嘲笑った。女神スィーリエの神性介入。そのダメージは90%強制的にカットされる。だから、こんなものは致命傷にはなり得ない。
返しの聖槍が真由美の脇を抉る。だが、貫かれはしなかった。一発の銃声。それがマノアエルの手首を止めたのだ。それはここまで沈黙を保っていたシンイチロウのもの。
「僕のアイボリー――――
その額から玉のような大汗をかきながら、シンイチロウは言った。もちろん、その精神はまともではなかった。それでも待った。見極めた。
大天使の、完全が、崩れる瞬間を。
追撃の流星は降り注がない。問答無用に能力を封じるシンイチロウの弾丸が、制裁の飛礫を封じたのだ。
「ジョーカー。それが君の意志ならば、僕は尊重しよう」
彼には、もう一つの選択肢があった。封凛禍散の弾丸で、ジョーカーのネガを封じる道だ。一見無謀な博打をご破産にして、心優しい不器用な少女を戦いの場から遠ざける方法を。
それでも、ジョーカーはあの一瞬、確かに決断した。真由美に手を貸した。その姿に、逡巡があった彼の腹も据わったのだ。
「は……? はは、は…………? これは、どういう………………」
マノアエルは自らの首筋を撫でた。そして、手首の痣に目を落とす。
「この、僕に、傷……?」
血塗れな敵どもの姿を視界に収める。アレらと同じという侮辱が、突きつけられるようで。
「そんなはずはない」
ありえない。信じられない。震えるその姿は、とても歪だった。圧倒的な優位性と、凄まじいまでの幼児性が共存している。
マノアエルが動き始めると同時に、凄まじい光量が結界内を満たす。絵本のネガ結界は健在だった。真由美はまだ挫けていない。
「――――――――!」
喚き立てるマノアエルが放つ聖槍の暴力に、バッドデイがハイビームで放つフラッシュで狙いを逸らす。
屹立する童話の女王が魔本に身を潜めた。その姿が掻き消え、ネガ結界が消えていく。だが、マノアエルはお構いなしだった。
「な……なんてことだ……! この完璧な僕の体に傷が!? 僕は、完璧ではなくなってしまったというのか!?」
巨大化する聖槍。目算で軽く長さ1km以上、直径50m以上。そんな塔か何かを思い起こされる巨大質量が振り下ろされる。
半端な小細工はもう効かない。回避も、防御も、無意味だ。圧倒的な蹂躙。完全、そんな優雅とは程遠い暴挙。それでも、そんな圧倒的な暴虐に抵抗できる者はいない。
「僕の、カンタービレ!!」
マノアエルの縋るような宣言が全てを塗り潰す。彼女が縋るものはもはや聖槍カンタービレしか無かったが、それで十分過ぎる。そして、振り下ろされたソレは。
「リロード」
闘志溢れる剛腕に。
「フェアヴァイレドッホ――――
受け止められた。
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