vs 完全の天使マノアエル1
【Cs-7:元神竜神殿】
「ああ、すべては完璧! この美しい僕が、完璧な世界を取り戻して見せよう!」
なんか、いた。
海のようなアクアマリン色の短髪に、きりっとした目鼻立ちの中性的イケメン。頭には帽子をかぶり、顔以外は全身ローブやツイードで覆っている。一切肌を見せない姿が、得体の知れない風格を醸し出している。
しかし、反対にその性格は、とてもじゃないが正常とは言い難いだろう。不滅のメガロポリスに住み着く魔獣に、この奥地まで足を踏み入れた調査員やハンターたち。彼ら彼女らの無惨に切り裂かれた死体に囲まれ、大槍を振り回しながら優雅に踊るその姿。
「大天使」
遥加が、端的に告げる。彼女が感じていた気配はまさにこの大天使のものだった。神造巨人ヴァリスの傍に感じていたナタニエルに近しい気配だ。確信めいた予感があった。
「いかにも! 僕はスィーリエ様にお仕えする大天使、マノアエルだ! 賜った役割は『掃除』。即ち君らのような下等生物を一掃することだよ」
パチン、とウインクするその姿。まるでアイドルのような煌びやかな雰囲気が、はるか上方から振り落とされる威圧感に変貌していた。
「私は、女神アリスです」
遥加はぺこりと一礼をする。
「うーーーん? 聞いたことがるような、ないような⋯⋯⋯⋯確かついつい最近神になったとかいう元人間だっけ? さてはスィーリエ様とは比較にならないレベルの下神、ただの
直球の侮蔑に、目が据わった真由美が前に出る。彼女の無謀を無言で諌めた遥加は曖昧な愛想笑いを浮かべていた。
「⋯⋯ふむ、最低限の知能は備わっているように見受けられる。だったら理解しているだろう? 君ごとき、立場が下である大天使の、大半よりも劣った実力なんだって」
「はい」
素直に肯定する遥加に、後ろで殺気だった気配をいくつか感じる。マノアエルの言葉は真実だった。だからこそ遥加の心は何も動かされない。というより、動く心すら失ってしまっているのが今の彼女ではあったが。
「素直じゃないか。可愛らしいね。君さえ良ければ僕の
「ご冗談を。吐き気がします」
「下品。やはり下級神は最低限の礼節すら弁えないものだ。スィーリエ様もそれはそれは嘆かれることだ。あのリアとかいう女神崩れと大差ないな」
「先輩です。とても尊敬しております」
ほう、とマノアエルは口角を上げた。だが、その雰囲気は剣呑で、双眸は少しも笑っていなかった。
「なあなあ、そろそろいいか! 俺様が神とやらをぶちのめす通過点をさっさと進みたいんだけど!」
道化の空気を纏ったのはわざとだろう。神経を逆撫でするあやかの言葉に、マノアエルは不敵な笑みを浮かべる。まさに一髪触発。彼女が持つ大槍の切先を一堂に向ける。
聖槍カンタービレ。
白銀に金の装飾が施された見た目麗しい槍。その性質は、真由美の『
「⋯⋯アレの直撃はマズい。少なくとも我ら竜種にとっては」
「竜特攻だね、把握した。ちなみに人間相手にも特攻属性を付与されている感じがするから皆さんお気を付けを」
たらりと冷や汗をかくレダと、油断なく愛銃を構えるシンイチロウ。竜種と人間に特攻を付与するマノアエルの攻撃は、女神である遥加以外には凄まじい脅威を発揮することだろう。
遥加、真由美、えんま、マルシャンス、バッドデイ、クロキンスキー、シンイチロウが自分の得物(車両込み)をマノアエルに向ける。完全の天使が掲げる『聖槍カンタービレ』に対して、槍の間合いの外から攻撃可能なメンバーが揃い踏みだ。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「あは♪ 僕の視界に醜悪を収める精神攻撃かい?」
妙に脱力した姿勢のあやかと、対照的に指先まで力を漲らせたレダ。前衛二人が静かにマノアエルの目前まで進み出ていた。槍の間合いに入っているものの、マノアエルは聖槍を静かに撫でるだけだ。
あやかはマノアエルに両手を伸ばした。だが、その拳は握られてはいない。むしろ脱力したままの手を、しかしマノアエルはひらりと身をかわす。
(⋯⋯組技?)
普段とは様子が違うあやかに、真由美が訝しげに眉をひそめる。まるで柔道のような動きだ。そして、彼女の動きに合わせてレダが鋭い爪撃を何度も叩き込む。
「美しくないなぁ⋯⋯野蛮だ」
相手が人型である以上、組技が効果を発揮するのは疑いようもない。だが、そもそも組むための手すら掠りもしていない。
真由美は援護射撃を放つか迷う。横目で遥加の様子を伺うと、彼女もその大弓を放たない。そして、誰の援護射撃がないのを確認したジョーカーが手を伸ばし、三人ごと空間を締め上げる。
「⋯⋯むう?」
あやかの指先がマノアエルが纏うツイードに掠り、マノアエルは接触部分を指で払った。同時、聖槍を軽く振るって空間歪曲を跳ね除ける。やや不機嫌そうに鼻を鳴らすと、自身を取り囲む敵勢力を一睨。
そして、あやかを指差しながら言った。
「君、見えてるね」
あやかの首根っこが引っ張られる。地下から湧き出す可燃性の蒸気、ブランジミスト。竜化しながら放つ爆縮のブレスは、派手に引火して広範囲をまとめて焼き尽くした。
あやかの首根っこを持ち上げたまま、レダは小さなため息を一つ。
「こういう決着は不満か?」
「⋯⋯決着だったら、なッ!?」
額の汗を拭うあやかが、竜化途中のレダを蹴り飛ばす。彼女の肩を貫くのは聖槍カンタービレ。彼我の距離はゆうに100mはあったはずだ。そして、次の瞬間には無傷のマノアエルが天高々に聖槍を掲げている。その長さは、長めに見積もっても1mほどだ。
「いいッ! 竜種の頑丈さは身に染みてるぜ!」
前に出かけた遥加をあやかは制する。状況を悟ったクロキンスキーが、マルシャンスと真由美を連れてバッドデイの改造車両で戦場を離れた。空間歪曲でレダを引き寄せるジョーカー。シンイチロウがその二人を庇うように前に出た。
「⋯⋯⋯⋯いいぜ、クロちゃん。で、マノアエルだっけ!? 今の、避けたのか?」
「ご明察。僕は完璧だからね。わざわざ受けてやる理由もない。それに、だからこそ君は僕を組み伏せようとしているわけだろう?」
「うまくいかねえもんだな。だが、だからこそ燃えてくるぜ」
「君には僕の動きが間違いなく見えている。それだけは誇るといい。組み伏せて火力は後ろの有象無象に任せるという狙いも褒めよう。
敗因はただ一つ――――僕が完璧すぎるだけさッ!」
言い放ち、マノアエルは遥加に目線を移した。機神のごとき先読みを会得したあやかよりも、より注視すべき相手として。
(⋯⋯アレ、当てられるなぁ。他は問題外だけど、流石に粒揃いてことか)
その狙いの精度、牽制の意図。大天使マノアエル自身が相当の実力者であるからこそ察せられることだ。まさに、無我之射。彼女が矢を放つことは、即ち的中と同義だろう。
それでも放たないのは、意味がないことを遥加自身が認識しているからだ。マノアエルは知る由もないが、遥加は『完全者』の首魁と撃ち合ったことがある。たとえ当てられたとしても致命傷にはならず、逆にその隙を突かれることを自覚しているのだろう。
「じゃあ、認めなければならないねえ!!」
脈絡もなく、マノアエルはそう言った。
その不穏に動いたのはシンイチロウだ。背後のレダとジョーカーを庇うように弾幕を張る。そして、遥加がついに矢を放った。
「ちょっとだけ頑張るよ!」
制裁の
小型の流星が大規模に降り注いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます