ミブ、問う

「お疲れ⋯⋯と言いたいとこだけど、君には聞かなきゃいけないことがたくさんあるみたいだ」

「おいおい、その物騒な銃はしまってくれよ! 共に死線を潜り抜けた仲だろ!」

「どうだか」


 言葉と裏腹に、シンイチロウは穏やかな表情で二丁拳銃を収めた。得体の知れない怪物少女が何かを企てていたとしても、比較的ダメージが少ないシンイチロウであれば簡単に取り押さえられる。それに。


「まだ動いて、喋れるかい?」

「――正直、しんどい。アンタがいなかったらこの勝利は絶対に無かった。それは本当に礼を言う」

「いいさ。君なりにこの竜を倒さなければならない事情があるんだろう?」


 すっかりノビてしまった古火竜レダに視線を移す。奇跡のような一撃は少女の実力だとしても、それを通すために必要なピースが揃ったのは何の運命だっただろうか。この場の誰一人として、独力でレダに致命傷を与えることは出来なかったはずだ。


「⋯⋯『時空竜』と戦った時、思ったんだ。人と竜が力を合わせて戦う奴らを見てさ」


 ぽつりと言葉をこぼすあやか。


「俺様も――手頃なドラゴンを手懐けてえなあって」

「は?」

「え、だってカッコよくない? ドラゴンだぜ!?」

「は?」


 シンイチロウは愛銃をホルスターから抜いた。


「え、なに? 貴様はそんなことのために⋯⋯⋯⋯?」

「落ち着け落ち着け! アンタ、キャラごと変わってんぞ! 貴様、なんて言うような奴じゃ無かっただろ!?」

も散々、様付けしていたじゃないか。愉快なキャラ付けだったよ」

「いやいや待て待て、あれはモンセーさんからその方が喜ばれるってごにょごにょ⋯⋯⋯⋯」

「あの人、僕のことをそんな風に思ってたの⋯⋯⋯⋯?」


 あやかは一瞬だけ目を逸らして、曖昧に微笑んだ。どう見ても適当に話盛って誤魔化している。シンイチロウの目が据わっていく。


「本当の、目的は、何だい?」

「ソイツだよ」


 あやかはシンイチロウに抱き抱えられながら気を失っているジョーカーを指差した。概ね、シンイチロウの予想通りの回答だった。セントラルの情報網も中々侮れない。『トランプ』の動向は把握され、その中でジョーカーがビルに匿われていたことを掴んだのだろう。


「『悪竜王』に負けて情念ネガを破壊された俺様は、『時空竜』との戦う前に連絡先を押し付けられていたモンセーさんのとこに身を寄せたんだ⋯⋯」

「え、そこはガチなの?」

「オレサマウソツカナイ」

「なら紛らわしい態度取るのやめなよ⋯⋯」


 シンイチロウは、いずれ目を覚ますであろうレダの姿を視界に収めたままだ。何を考えてか銃の射線に遮る立ち位置を取るあやかのせいでトドメの銃弾は撃ち込めない。


「で、ソイツは俺様の――――魔法というか⋯⋯まあ、能力みたいなもんで召喚した使い魔だ」


 ジョーカー。使い魔、終わりのあやかの統括者マザー

 かつては終わりの輪廻世界を回していた狂言師。女神アリスの欠片と心中した経緯を、あやかは相棒αから聞いていた。


「苦労したぜ⋯⋯『悪竜王』を出し抜くなんて。アイツは⋯⋯本当に凄かった。見逃される理由は無かった。こうして立って歩けるなんて奇跡だ。その陰気な女はな、俺様が失った魔法を取り戻すための布石だ――ったはずなんだけどなぁ⋯⋯⋯⋯」


 恐らくは、死闘の最中で不完全な召喚になってしまったのだろう。知らぬ世界で彷徨うジョーカーは自身の魔法すらまともに把握していない有様だった。


「そうか。じゃあ、この子がいなければ君は力を取り戻せないんだな?」


 確認の意味を込めて、シンイチロウはそう言い放った。


「まさか。魔法の力ってのは情念の具現なんだから、要するに世界の摂理を超えて情念を揺さぶれるものであれば何でもいいんだよ。とは言っても並大抵のものじゃダメだぜ? 例えば――――『悪竜王』のとか、な」

「はは――――意外と賢い立ち回りをするね。脅しのつもりかい?」


 高月あやかを脅威と見て排除するのであれば、その魔法を奪う手は極めて有効だ。それを見越してか、こともあろうに彼女は言うのだ。そうしたらと。


「ああ、もう! いいやいいや! 共に死線を潜り抜けた仲だ。面倒なだけの探り合いはやめよう」

「さっすがシンイチロウ様! 話が分かるぅ!」

「調子に乗るな。それより、この子を引き渡すにあたって確認すべきことがある」


 シンイチロウは未だ目を覚さない古火竜レダを指差した。


「どうするつもりだい? 多分、かなり殺してるとは思うんだけど」

「きっちりトドメさす⋯⋯この世界に来る前の俺様ならそう考えてたんだろうな。でも、別世界の女神からなるべく殺すなって命令されてんのよ」


 つまりは、生かしておく。そんな判断に至ったわけだ。


「理由によっては君は僕の敵だ。理解しているかい?」

「だろうな。いいよ、それでも」


 あやかはレダを蹴飛ばしながら言った。揺さぶられ、古火竜の目が覚める。


「⋯⋯私は、負け「そういうのいいぜ。まずは聞かせろ。お前、今までにどれだけ殺した?」

「たくさん殺したよ。私は火竜と氷竜とのハーフで、と差別されてきた。それを私のエゴで覆すために好き勝手できるために都合の良い世界を求めていただけ」

「そういう割には、やたら手加減されていた気がするけどな」

「今さら私の求めるものは⋯⋯ かつての仲間たちも、今頃世界を焼き尽くして、燃やすものがなくなって力尽きているでしょうから」


 求めるもの。

 レダの話によると、彼女は「原初の火種」と呼ばれるものを探しているようだ。火竜が取り込めば、その力を爆発的に増大させるまさに垂涎の品。この世界に飛んできたことは確かなようなのだが、その気配も今や絶え、探すアテも潰えてしまったのだという。


「その力があれば、『悪竜王』や『黒竜王』⋯⋯それにに対抗出来る力が手に入るんじゃねえか?」

「⋯⋯さてね。いくら莫大な力を手にしたとしても、果たして私に扱い切れるものかしら。力の限り暴れ回っても、何も改善されなかった⋯⋯全部全部燃え落ちてしまっただけ」


 レダは憂いに満ちた表情であやかを見つめる。


「どんな力も使いよう、よ。貴女が人としての力で私を下したようにね」

「その物言いは図々しいよ。ここで殺されても文句ないって理解しているよね?」


 シンイチロウの言葉に、レダは確かに頷いた。


「君も君だ。ソマスにはあっさりとトドメをさしたよな? その判断を否定する気はないけど、コイツも同じじゃないのか?」

「違うぜ。コイツは、

「⋯⋯それが判断基準か。いいよ、それは納得した」


 そして、シンイチロウはレダに向けて。


「古火竜レダ。お前は僕ら人間たちに力を貸すことをここで誓えるか?」

「⋯⋯⋯⋯そうね。人間の味方になれるかどうかは難しいかもしれない。でも、貴方たちのためには戦ってあげてもいい。古火竜レダを下した実力は、それくらいの評価に値するわ」

「この後に及んでまだ上から目線か⋯⋯でも嘘は無さそうだ。君も、彼女を生かして共に戦うのであれば、はしっかり果たさないとね」

「それは言われるまでもないぜ」


 いまいち感情の読めない表情だったが、そもそも情念を失ったからこそ魔法という力も失ってしまったのだ。伴う責任。やがてその意味を思い知らされることになるが、先の話だ。


「そう言えば、この子についてなんだけど⋯⋯」


 シンイチロウは、ジョーカーを受け取るために手を伸ばしたあやかに対して口を開く。眠るジョーカーの、彼の上着を掴む手を引き剥がしながら。



「君の魔法を復活させた後、どうなるんだい?」


「ああ――――αの奴の話なら、そのまま発狂して自殺するみたいだな」



 シンイチロウは咄嗟にジョーカーを抱き寄せ、あやかを蹴り飛ばした。

 人形のような無機の笑みを浮かべるあやかは、歪な起き上がり方をしてみせた。

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