vs 古火竜レダ(中)

 止まった時間の中で、ジョーカーは言った。


「……ミブさんの、言ったとおり…………すごい」


 

 それこそがシンイチロウが指示した基本方針だった。小さなダメージだけ与えて、後は生き残るための戦法にシフトする。『時空』の固有魔法フェルラーゲンを有するジョーカーがいればこその戦い方だ。


「ああ、俺様たちのこと眼中に無いって感じだ……それはそれで癪だけどな」


 古火竜レダの反応として考えられるのは、激昂して暴れ回るか、侮って戦いへの興味をなくすかのどちらかだ。シンイチロウは初めから後者の想定で作戦を伝達して、事実そうなった。


「ま、暴れまわられたらもうどうしようもないからこっちに賭けるしかねえのは分かるんだけど⋯⋯」

「そう、なの⋯⋯? でも、ミブさん、自信ありそう⋯⋯だったし⋯⋯⋯⋯私も、大丈夫かなって⋯⋯」

「乗せられ――――いや、違う。信用させられたんだ。アイツのってやつは、『本物』だぜ」


 そこには、戦うための力だけではない。

 そんなニュアンスが込められていた。


「じゃ、そろそろぶちかましにいくか」


 ジョーカーの時間停止が解除される。はたから見ると、有効打皆無の相手に無意味に突破口を探しているように見えるだろう。さっきまでと同じだ。


(もし、俺様が魔法を使えていたら。この戦いはどうなっていたんだろうな)


 考える。想定する。


(⋯⋯うん。この世界に来たばかりだったら、もしかしたら負けていたかも)


 雑に振り回される尻尾の上部に拳を打ち込む。力任せの打撃でも、衝撃を伝播させる会心の一撃でもない。


「今なら、分かるぜ」


 。まるで、レダの動きを予知していたかのように。まるで、かの氷壁の頂上を守る『機神』のように。


「なに⋯⋯?」


 不意の浮遊感にレダは眉をひそめた。侮りゆえに、ブランジミストの発動は雑だ。歪んだ空間を突破できない。そして、まるで魔法のように重心が高く飛び上がった。そのまま浮き上がる我が身を認識したときには、既に大地に叩きつけられている。


「投げた、のか⋯⋯この質量差で⋯⋯⋯⋯?」


 火竜一本背負い。無論、人の腕力では不可能だ。だが、永き時を戦いに生きてきたレダには分かった。黒の少女のような、何らかの能力によるものではない。かと言って英雄の分類に属するような怪力無双ではない。

 単なる、技術だ。


(その、力を、隠していた意味は――――)


 考えるまでもない、明らかなこと。だが、レダは考えてしまった。故に捕らわれる。動けない。体勢不利の隙を突かれた。

 ジョーカーが伸ばした両手を振り絞っていた。『時空』の固有魔法フェルラーゲン。歪んだ空間が古火竜の巨体を押し潰し始める。


(まともな体勢であれば、抵抗は出来た。こんな大技を隠し持っているなんて⋯⋯!)


 格下と思って侮った。それは事実ではあったが、格下は格下に違いない。レダを拘束して押し潰そうとしているジョーカーは、これまでと違って、明らかに死力を振り絞っている様相だった。動きを拘束されているに済んでいるのは、竜種としての肉体の頑強さ故だ。


「ああ――よく頑張ったわね」


 煉獄の谷から可燃性の液体を噴出させる。認識を改め、今度こそは的確に狙いを定めた。火竜一本背負いなんて大技をかました仮面には硬直の隙があり、レダを拘束するのに手一杯なジョーカーを庇えない。そのまま丸茹でにするまで。


「ぅぐ――――!!?」


 だが、不発。異様な呻き声を上げたレダは、何らかの攻撃を受けたことだけ認識する。


「いやいやいや。体内に銃弾を打ち込んだんだ⋯⋯そこは死んどけよ、生物として」


 一体、いつからいたのだろう。紺色のブレザーと同色のチェック柄ズボンを着用した黒髪の男が、二丁拳銃を構えてレダの目前に立っていた。

 彼が放った弾丸は愛銃アイボリーが放つ『封凛禍散ふうりんかざん』。彼が指定した能力を問答無用で一つ封印する弾丸だ。封印した能力は、地形に直接作用するブランジミスト。完全に動きを拘束した状態でも反撃可能な能力だ。


(『時空』の魔法、様々だったな⋯⋯彼女がこの力を使いこなせていないのは、記憶があやふやだからか⋯⋯⋯⋯?)


 レダの表皮はシンイチロウの弾丸を通さない。だから、まともな方法では『封凛禍散ふうりんかざん』の能力を適応することは至難だった。しかし、ジョーカーの『時空』の魔法であれば、空間を隔てて体内に弾丸は届く。


(これで体内も弾丸を弾くのであればお手上げだったが⋯⋯さすがにそこまで破茶滅茶じゃなかったか。動きを完全に封じる、という前提条件も彼女はうまくこなしてくれた)


 一目見て分かる。『時空』の魔法はまさにチートと称するに相応しい能力だった。だが、ジョーカーは自身の能力に対して全くの無頓着だった。その姿勢は戦場に立つ者として相応しくない。この戦い方だって、さっき魔法を見させてもらったシンイチロウが即興で組み立てたものなのだ。


(この子⋯⋯多分、弱いんだ。それなのにこんなに強力な能力を有してしまった)


 戦いには決して向いていないだろう。古火竜相手にやる気になってくれるのは、ひとえに世話になったビルへの恩義故だ。


「⋯⋯ありがとう。僕たちの仲間のために頑張ってくれて」

「⋯⋯⋯⋯うん」


 ジョーカーは照れ隠しのように顔を僅かに背けた。そのいじらしさに苦笑して、シンイチロウはレダに愛銃エボニーの銃口を向ける。


「自慢のブレスもなら相殺できること、忘れてないよな?」


 ハッタリだった。

 古火竜レダは爆縮のブレスを連発出来る。一方のシンイチロウは、敵の能力に比例して威力を高める『閾祁討閃いっきとうせん』の弾丸を放つには三分の冷却時間を必要としている。このタイミングで仕掛けたのも、ようやく次弾を放てるようになったからなのだ。

 だから、あたかももう決着がついているかのように余裕の態度を取っているのも、完全に演技だった。得体の知れなさを演出するために彼は最初から後方に控えていたのだ。


「そうね、驚いたわ⋯⋯まさかここまで食い下がってくる人間が現れるなんて。いいえ、もしかしたら私は長く生きても経験が足りていなかったのかもね」


 レダの表情は穏やかだ。


「竜と竜の戦い。その苛烈な戦争に、私の身はすっかり焦がされてしまった。燻っていたのも無理はないわ」


 そして、その語り口に不穏を感じたシンイチロウの顔が青ざめる。


「ああ――――滾るわ。あなたたちがまだまだ力を隠しているの、私、分かっちゃうもの」


 古火竜レダが――縮んだ。

 正確には、人の姿に変貌していく。


「ここまで滾るのは、いつぶりかしら…………あぁ、もっと私を滾らせて」

「ヤバいッ!! 距離を取れッ!!」


 竜から人の姿へ。直接的に表現すれば、体積が減った。即ち、。その意味に仮面少女が気付いたが、黒の少女はとぼけた表情のままだった。


「さあ――――戦争を始めましょう」


 コンマ数秒だけ自由になったレダは、大気の熱を吸った。みるみるうちに気温が下がっていくのを感じる。そして、蓄えられた熱エネルギーは一息に吐き出された。極限に吹き荒れる猛吹雪の景色が、まるで幻想のようにチラついた。

 直後。

 全ての小細工を灰燼と化す爆縮のブレスが、歪んだ空間そのものを消し飛ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る