異邦人、見つかる
【エリア???】
陰気で不吉、そんな黒の少女。仮称・ジョーカーは壁にぺたぺたと冷却シートを貼り続けていた。丁寧に隙間なく敷き詰められたその光景は、どこか呪詛を思わせるような不気味さがあった。
だが、彼女の心に浮かぶのは、その正反対の感情だ。
『ありがとー⋯⋯でも、もう大丈夫だよ:(;゙゚'ω゚'):』
「ほんと、痛くない⋯⋯?」
『平気、平気!\\\\٩( 'ω' )و ////』
「そう⋯⋯⋯⋯よかった」
黒の少女はそれだけ呟くと、冷却シートを今度は端からぺりぺり剥がし始めた。
『優しくしてねんっ\(//∇//)\』
ゆっくりになった。
そして、ジョーカーは額に浮かぶ汗を拭う。空調はしっかりと効いているはずだが、それでも暑い。暑すぎる。汗だくで荒い呼吸を繰り返すも、その手を止めることはない。
「⋯⋯⋯⋯諦め、ませんか?」
『どうやら、そうはいかないみたいなんだよねぇ( T_T)゛』
外気は50℃を超える上に、外で暴れている火竜のブレスに絶えず晒されていた。あまりに高出力の爆縮のブレスで外壁を溶かされたのは驚いたが、もっと驚いたのは即時修復されてピンピンしているビルそのものだ。自分が心配するのも烏滸がましいほどの実力者であることが窺える。
『むしろ、巻き込んじゃってごめんね(>人<;) 辛いのなら他のメンバーと一緒に避難させてあげるからd( ̄  ̄)』
「⋯⋯私には、元より、他に居場所はありません。それに、あなたを、このまま放っておきたくはない」
『イイコダ⋯⋯(〃ω〃)』
そもそも、どうしてこんな状況になっているのか。
再び溶解する外壁。建物内への追撃は空間を捻じ曲げて弾き飛ばす。外壁が修復されるまでの数秒、ジョーカーは外で暴れている古火竜に忌々し気な目線を向けた。
♪
【エリア6-5:煉獄の谷】
「う、嘘だろう⋯⋯⋯⋯?」
シンイチロウは肩で息をしながらドアに身を預けていた。その腕の中では、大火傷に悶絶する仮面少女の身柄があった。
(正直⋯⋯舐めてた。策を練れば対抗出来るという思い上がりが、僕らにはあった)
思い返すのは、星辰竜ポラリス。彼にとってはトラウマにすらなっている相手でもある。今回の標的である古火竜レダは、格としてはほぼ同格だ。
例えば、事前にポラリスの情報を掴んで策を練ったとする。果たして返り討ちに出来ただろうか。彼は小さく首を振った。
(場所も、悪い。そんなの分かりきっていたことだ。でも、僕も、この子も、あの環境でも9割以上は実力を発揮できる)
あたり一面が永久に消えることのない業火が噴出している谷。仮面少女は、元々は防寒用とのことだったが、あらゆる温度変化に耐性がある魔法の衣服を着込んでいた。シンイチロウ自身も転生補正で大幅に身体能力が向上している。これくらいの環境であれば許容範囲内だった。
(だから、負けたのは完全に実力不足。生き残ったのは――――運が良かっただけだ)
二人は、煉獄の谷に足を踏み入れてすぐに古火竜と遭遇して戦闘になった。そして、その圧倒的な力に押し込まれ、レーザービームのような爆縮のブレスを真っ正面から受けたのだ。
(ビルさんがたまたま僕らを収納して、古火竜が生存確認をしなかったから⋯⋯⋯⋯)
実際は彼が有する〝主人公補正(真)〟のスキルの効力であったが、彼はそのことには無自覚だった。そして、あの古火竜がわざわざ死亡確認をしなかったのも、幸運でもなんでもない。単にその実力差から脅威と見做されなかっただけだ。
(いきなり現れたビルさんを脅威と見做して襲っている⋯⋯このままじゃ、僕はいたずらに味方を巻き込んでしまっただけだ)
何か、打開策を。だが、もちろん独力での打倒は不可能。この怪し気な仮面少女の火傷を治療して、戦線に復帰してもらうしかない。
「ビルさん! 頼む、治療出来る部屋に繋げてくれ!」
『あっ、待って――Σ(-᷅_-᷄๑)』
シンイチロウは手近のドアを押し開け
――――着替え中の黒髪少女と目が合った。
「⋯⋯⋯⋯へ?」
艶のある黒髪とは対照的に、その肌は色白で、陶器のような滑らかさだった。色気のないパンツと太ももに絡まった脱ぎかけのストッキング。上に至っては、衣服は全て脱ぎ捨てられてソファの上に投げ捨てられていた。
濡れタオルで汗まみれの身体を拭いていたところだろう。暑さで怠い身体を引き摺りながら、少女はのそのそとソファの陰に身を隠す。そして横向きにぴょこんと顔を出してこちらの様子を窺っていた。
『オイ、ノックぐらいしろや(ꐦ°᷄д°᷅)<テカサッサトデテケ』
「ひぃぃ!! ごめんなさいッ!!?」
いつも温厚なビルさんのお怒りに背筋を震え上がらせるシンイチロウは、少女に謝罪をして部屋を転がり出ようとした。
だが。
「ぬぅん!」
仮面少女が起き上がって出口を塞ぐ。
「ぬぅん、じゃねえんだよ! 何がしたいんだお前はぁ!!」
思わず口調が荒くなったシンイチロウだが、完全に不意を打たれて突き飛ばされる。そのままソファに叩きつけられ、陰に隠れた少女に覆い被さる体勢となった。
「あ、ごめん!!?」
『あ゛あ゛ん!?(΄◉◞౪◟◉`)』
「ひぃいい!!?」
必死に飛び退く苦労人の入れ替わり。ぬっと飛び出してきた仮面がジョーカーの肢体を組み敷いた。
「見つけたぜ、ジョーカー!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯貴女、誰?」
「んだぁ? 不完全な召喚で記憶が飛んでやがんのか?」
よっ、と一声で力づくで立ち上がらせた。そのまま棒立ちになっているジョーカーを上から落ちてきたタオルで簀巻きにする。一方で自身は衣服を全て取っ払って素っ裸。雑に火傷の手当てを始める。
そして、振り返って一言。
「いやん、シンイチロウ様ったらエッチッチロウ様!」
「理不尽だッ!!」
魂の叫びだけ残し、紳士な彼は着替えが終わるまで部屋の外に飛び出した。
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