従者、新たな伝説に相対する
【エリア0-1:セントラル市街地】
「ただいま戻りました」
「聞いたよ! 大活躍だったみたいじゃないか!」
「ご苦労。少しは良い目付きになったね」
出迎える千階堂と剣鬼に、真由美はぺこりと頭を下げた。結末と現状を思えば、賞賛を素直に受け取れそうにない。
(私は結局――――何も成し遂げられていない)
あの『廃都時空戦役』でそれなりの役割をこなせたのは、指揮者が適切な戦力配置を行なったからに過ぎない。そのお膳立てがなかった『悪竜王』の急襲にて、彼女はただ足を引っ張っただけだ。
「⋯⋯千階堂さん」
「なんだい?」
「彼女、事務仕事から引き上げさせてもいい?」
「なんだってー!?」
剣鬼からの言葉に、千階堂は大袈裟なリアクションを取ってみせた。剣鬼がこれみよがしに溜息を吐く。
「この子には、戦闘訓練に集中させる。それでいいのね?」
「⋯⋯はい、ありがとうございます。それと、すみません⋯⋯千階堂さん」
「なぁに、その目を見れば分かるさ。進むべき道を見つけたのなら、全力で突き進むのが若者の権利だよ」
仕事の穴はどうにかする、と小声で呟く姿に真由美は肩を縮こまさせた。剣鬼が咳払いしながら、彼の横っ腹を柄で小突く。
「あの、さらに差し出がましいお願いで恐縮なのですが⋯⋯例の案件だけはちゃんと片付けられればと思いますので⋯⋯⋯⋯」
「いいんだよ、気にしなくても。引き継ぎだけおれが受けるさ」
「いえ、やります。やらさせて下さい」
「⋯⋯そこまで言うのなら、まぁいいさ」
「ありがとうございます」
♪
「よぅし、メルヒェン! よく帰ってきた! 勝負だ!」
「ええぇ…………」
今や慣れ親しんだ道場で真由美を待ち構えていたのは、ご存じ魔法少女ニュクスだ。やたら生傷が絶えない姿を見ると、彼女も真由美同様に剣鬼にボコボコにされる日々を過ごしているのだろう。
「ふっ、強くなったニューニュクスちゃんをたっぷりと堪能なさい!」
「……彼女、中々侮れない才能を持ってる。今の君にぴったりの練習相手じゃない?」
「……それ、面倒事押しつけてるだけじゃありません? ねえ、
「今日はえのきが安いらしいから、私はもう出るね」
「っ!?」
微妙な微笑みで手を振った剣鬼は、そのまま縮地で消えた。黒光杖をぶんぶん回して高笑いするニュクスに、真由美は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
♪
(⋯⋯⋯⋯すんごい疲れた)
げんなりした表情で、真由美は姿見に向き合う。結局、ニュクスとの模擬戦はほとんど実戦のようなものになってしまった。真由美も少しは強くなったと自認していたが、それはニュクスも同様だった。辛うじて痛み分けに持ち込めたものの、六割方負けていたようなものだ。
「いけないいけない、切り替えないと⋯⋯」
蝶ネクタイの位置を整えながら、表情を引き締める。まるで男装のようなスーツスタイルにももう慣れたものだ。窓口にやってくるハンターたちの間で密かに人気があることを、彼女は気付いていない。
「うん、これでいいかな」
両手の人差し指で口の端を押さえて、自然な笑顔を浮かべる。わざわざ志願したこの仕事は、彼女にとってはとても重要なものであった。
深呼吸で脈拍を整え、真由美は応接室に入る。一般のものとは違い、豪奢な調度品が配置されている。女神アリスを迎えたときと同等のものだった。
「どうぞ」
ノックの音に反応して、真由美は作った声で出迎えた。ソファの横で姿勢を正しながら、深々と頭を下げる。入ってきた相手は、新たな伝説を打ち立てた英雄との触れ込みだった。
「おや驚いたな⋯⋯まさかこんなにうら若い少女だなんて」
「はい。お手柔らかにお願いしますね?」
にこりの微笑んでみせた少女に、筋骨隆々の大男は小さく笑った。横柄な態度でソファにふんぞり返り、手で少女の着席を促した。真由美は一礼して腰を下ろす。
「では、インタビューを始めさせていただきます」
「⋯⋯その前に、一ついいかいお嬢さん?」
真由美は曖昧な微笑みを浮かべるだけだ。
今日は彼が成し遂げた英雄的偉業の特集記事のために会合だった。当然、彼がその気にならなければ話は続けられない。
「はい、もちろんです」
「お嬢さん、このインタビューには熱烈に立候補していただいたと聞いているが」
「はい」
「おれは
「代理、と思っていただければと」
「おいおい、それは大きく出たな⋯⋯!」
男は大きく笑った。真由美は微笑みを保ったまま男が笑い終えるのを待った。
「⋯⋯ん? 代わる気はなしか?」
「そうですね。ここに至るまでの積み重ねはしてきたつもりですから」
目前の少女の目がどこか据わってきているのを男は感じた。ぐるりと周囲を見渡し、カメラの類がないことを確認する。そして、担いでいるライフル銃を無言で少女に向ける。
「さて、どうしましょうか」
ほぼ同時、男の動きが分かっていたかのように真由美もライフル銃を突き付けていた。その銃の見た目は、見たところ特注品である彼のライフル銃に酷似していた。流石に男の目が見開かれた。
「これは、どういう⋯⋯?」
「貴方は、魔法の存在を信じますか?」
答えは単純。マギア・メルヒェンが有する『創造』の
「魔法――――ほう、そういうことか」
男はライフル銃を手が届かない机の端に置き、小さく頭を下げた。それを見た真由美も武装を解除する。
「ご理解が早く、助かります」
真由美の表情には、もはや社交辞令はなかった。その、ともすれば敵意と捉えかねないその態度に、男は満足気に笑った。
「それでは、クオルト氷壁を踏破された経験の詳しいお話を伺いましょうか」
「はは、何でも聞くといい」
もっさり生えた立派な髭を撫でながら、男は片目で少女の様子を覗き込んでいた。
「はい、よろしくお願いします―――― セルゲイ・クロキンスキーさん」
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