vs 前衛芸術家ソマス(後)
「まったく、世話が焼ける⋯⋯」
シンイチロウ・ミブ。
彼が放った弾丸は、大型拳銃『エボニー』から放たれたもの。
冷静に腕一本を刈り取らせる体勢を取っていた仮面少女が間抜けに固まっていた。
(いや、そんな冷静に持って行かせるなよ⋯⋯)
向こうみずどころか、破滅願望すら感じさせる暴挙に、シンイチロウは深く溜息を吐いた。
「うお、私のマキ●が――――!?」
(へえ、結構いい趣味しているじゃないか)
そして、何気に雑学豊富だったシンイチロウは静かに膝を叩いていた。
「思いっ切り、蹴れ!!」
彼が斜め上にぶん投げた弾薬箱を視認して、仮面少女はその意図を察した。そして、その判断が出来ることは彼の目論み通りだった。
強烈な蹴撃に散った火花は太古の火薬を呼び覚ます。弾薬箱を足場に跳び上がった運動エネルギーに、埃被った爆風が後押しした。そのベクトルは、危険地帯から脱出しようとするソマスの追尾するように向けられ、共に上空重力の危険地帯から脱する。
「ほう――見抜いたというのか!?」
「何言ってやがる! アンタが教えてくれたんだろうが!」
下向きにやや強めの重力が働いている地点。彼女は、ソマスの目線や肉体の予備動作、そして前衛芸術作品の配置や行動で、重力異常の分布を大まかに把握していた。
誰よりも人体を具に観察してきたソマスは、それ故に彼女が何をしたのかを正しく理解していた。だからこそ、仮面少女が振り下ろすトンファーの軌道も、紙一重の後退で回避する。
「くらえ、必殺!」
だが、仮面少女のトンファー捌きがその差を詰めた。
「トンファーキックッ!!」
蹴り。強烈な前蹴りである。
その異形の、寸分違わず心臓の位置を射抜いたのは見事だったろう。常人であれば致命傷に至るほどの衝撃が叩き込まれていた。だが、しかし。異形の芸術家は、未だその瞳に光を宿している。
「下がれ!!」
「上等!!」
シンイチロウの警告を、仮面少女は不敵に笑い捨てた。ソマスが動き出す前にその顔面にトンファーを叩き付け、地面に殴り落とす。
(さてはまだ重力異常の分布を読み切れてねえな⋯⋯俺様も大まかな把握で突っ込んでるが、そこまでの度胸はねえか⋯⋯)
なんて思っていた矢先。
「少しは言うことを聞いたらどうなんだ!」
「おい!?」
シンイチロウが弾丸を放ちながら最短距離を突っ込んできた。そして、その軌道は危険地帯を経由する。あまりにも無謀な突貫に、仮面少女の構えが崩れた。そして、それを見逃すソマスではない。
「素晴らしい、芸術を――ここに――――!」
「ロ、ロケットパンチ⋯⋯⋯⋯!?」
何故か目をキラキラさせながら無防備になる仮面少女。自身の右腕を切り離したソマスは、腕をロケットのように改造して放ったのである。まさに『芸術は身体の一部』と言うべきか。
だが、その一撃はシンイチロウが構えた大型拳銃に軌道を逸らされる。受け止めるのではなく、受け流す。ほとんど体幹をブラさずにソマスに向き直るシンイチロウに、仮面少女は目を(仮面で見えないが)丸くした。
「どうやってここに⋯⋯?」
「君が間抜けに目を逸らしている間に、とっくに軌道は修正したよ。僕もそれなりに身体能力が高いから、取れる選択肢もそれなりには多い」
「? ――――あ、そういうことか!? さっきの銃弾は重力の影響を見るための!?」
「⋯⋯⋯⋯まあ、銃弾くらいなら少し目を逸らせば見えるからね」
そのワンテンポの無駄に静かに溜息を吐きながら、シンイチロウは銃線でソマスを牽制していた。観察力が常軌を逸している変態芸術家だからこそ、下手に手出しは出来なかった。
一方、軽々ととんでもないことを謙遜込みで言ってのけたシンイチロウ。じわじわと前衛芸術作品に囲まれつつある現状も、動揺の気配はない。
「というか⋯⋯君、もしかして異世界には渡ってきたばかりかい?」
「だ、だったらなんだよ⋯⋯」
「自分の世界ではかなり強かったんだろう? けど自世界のフォーマットに縛られていちゃダメだ。世界が違うっていうのは、文字通り法則性から違う」
「それは身に染みている」
彼女は、きっとこの世界に来てからの戦いを思い返しているのだろう。そろそろ、知らぬ世界に胸を膨らませているだけではいられない。刻み込まれた明確な敗北の感触は、彼女が生涯一度しか味わってこなかったものだ。
「歪さこそ至高……不揃いなものこそ美しい……!」
観察はもう、十分だったか。攻め手を見出せなかったソマスは、その身に次々と自分の『作品』たちを取り込み始めた。シンイチロウは、大型拳銃をブラさずに仮面少女に視線を送る。
「牽制は時間稼ぎ。さっき君を助けた弾丸には⋯⋯まあ、少しの冷却時間が必要だったからね。お誂え向きに、もう撃てるし――多分一撃で仕留め切れる。
で、君はどうしたい?」
異世界人相互組織『トランプ』にて、中堅以上の実力を備えた男。
その前評判に、少女は獰猛に犬歯を剥き出しにして笑った。そのまま無言で前に出る。膨れ上がる異形の巨体は、ソマス・グリンチィが誇る究極芸術の開花。
「芸術とはかくあるべきなのだ!」
二十メートルに達しようとしている巨体に、仮面少女は真っ正面から突撃していった。無謀。廃墟と化した太古の司令部を根こそぎぶん回してくるソマスが、だが、その表情が小さく歪んだ。
「そこは、重力が弱い」
ぽつりと呟いたシンイチロウの言葉通り、ピンポイントで踏み抜いた彼女の身体がソマスの巨体と並ぶ。
「だが、ここは⋯⋯」
ソマスは脚部をキャタピラのように稼働させて二メートル下がった。
「知ってるよ」
急激に重力が増す感覚。少女の高度が落ちる。しかし、振り下ろすトンファーはその重力を威力へと変換した。
「ぬぅ――――!?」
吸収した芸術品のパーツではない。ソマス自身の肉体の正中心をそのまま穿つ一撃だった。
「はっは、やっぱりそこか!」
異形が動きを止めた数秒、もう彼にターンが回ってくることはなかった。トンファーによる打撃に攻撃の矛先はことごとく逸らされ、合間に打ち込まれる拳撃と蹴撃がパーツの繋ぎ目を破壊していく。
そして、掌底。
さっきの打撃と同じく、巨体の奥深くに潜むソマス本体の急所が穿たれる。
鎧通し。打撃のインパクトをズラす技術。だが、異形の芸術家がそれで倒れないのは宣告承知。
「でもその様子――――ダメージがないわけじゃねえんだろう?」
ならば、やることは簡単だ。
叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ。叩く。殴る。打つ――――
「そんな、乱暴な⋯⋯⋯⋯」
やれやれと肩を竦めるシンイチロウは、既に大型拳銃を下ろしていた。彼女には見えている。そして、その動きも荒削りであるのが信じられないくらいに洗練された繋がりを保っていた。才能。その二文字を強く意識する。
「じゃあな! 良い運動になったぜ!」
芸術家の異形が人間大まで削られた後、鋭く放たれたトンファーの一撃はまさに斬撃に匹敵していた。指名手配されていた前衛芸術家の身体を一刀両断に斬り裂くと、長く吐かれた息と残心の構えが戦いの決着を物語っていた。
♪
「お見事⋯⋯とは言いたいところだけど、随分あっさりとトドメを刺しちゃうんだね」
「ん? 生死問わずだろう?」
「君の実力なら、捕らえることも出来たんじゃないかい?」
「あの能力相手に? 人体改造のリスクはお互いに重々承知じゃねえか?」
「⋯⋯ああ、まあ、君の言う通りだ。忘れてくれ」
シンイチロウが申し訳なさそうに苦笑いする。実際、その判断は間違っていない。万が一逃した時の被害と改造のリスクを鑑みて、彼自身も同じ判断を下すだろう。
(けどね、そういうことじゃないんだ⋯⋯⋯⋯)
彼女が、殺しに特別喜んだりしているわけではないことは見て取れた。いつものテンションで、当たり前の判断を下しただけだ。
だが、それがどれだけ異常なことであるのか。
(気味が悪いな、この子)
感情あるまま異形に変えられた前衛芸術作品とは逆だ。
その姿のまま中身だけ欠落したかのような、そんな奇妙な印象が膨らんでいく⋯⋯
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