vs 前衛芸術家ソマス(前)
【エリア6-4:重力異常領域】
ドアの外は、廃墟が広がっていた。
位置としては、メガロポリスと古戦場の境目だったはずだ。製鉄所や弾薬庫、車両工場などが並ぶも、人の気配は一切ない。シンイチロウと仮面少女が出てきたのはそんな廃墟都市の中心、補給物資積み下ろし用の軍用駅の駅務員室から出たところだ。
「ほ、本当にドアトゥドアで出てきたぞ⋯⋯⋯⋯!」
二度目であろうとも、壮絶な経験には違いない。目をきらきらさせながら(仮面で目は見えないが)はしゃぐ仮面少女とは対照的に、シンイチロウの表情は暗い。
「身体が重いな。これが噂の重力異常か⋯⋯」
「旧人類が築いた国家の首都に近いはずだぜ! ドラゴンたちに対抗する前線基地だったのかもな!」
「そうなんだ⋯⋯詳しいね」
間抜けな口を開けて首を傾げる仮面少女。シンイチロウは彼女のことを読めないでいた。『トランプ』本拠地のビルでのジョーカーを探るような発言に、妙に何かを知っていそうな実情とは裏腹のあっけらかんとした態度。
感情がチグハグだ。それがシンイチロウの彼女に対する印象だった。
「ねえ、君は――――っ!!?」
ホルスターから拳銃を抜くよりも速かった。真横から弾丸のようにすっ飛んできた男がチェーンソーを振り下ろす光景。だがその半秒後は少女が高く上げた足が結果を物語っている。
「良い一撃だ」
「良質な素材だぁ!」
不意打ちを回し蹴りでいなされたにも関わらず、男の表情には喜色しか浮かんでいない。ハーフパンツから伸びる剥き出しの太ももに浮かぶ歪な手形。不意打ちを蹴り弾くのと同時に、足の肉付きを確かめられていた。
その事実に対して、仮面少女の口元には挑発的な笑みしか浮かんでいない。
「君が、ソマス・グリンチィで間違いないね?」
現われた男はシンイチロウの背格好、骨格と肉付きをつぶさに観察する。
「まさか良質な素材が2つも自ら歩いてくるとは、僥倖とはこのことか!」
話が通じない。シンイチロウは対話を諦めて逆に男の姿を観察した。
もじゃもじゃの髪や髭が伸び放題の、浮浪者のような恰好。外面もかなり異様だ。額三つ目の目があり、腕が6本生えていて、さらには足の長さも左右で大きく違って胴体のところどころから牙のような骨が突き出している。
「一応、人間でいいんだよね⋯⋯⋯⋯?」
「んんんーー??? その質問には意義があるのかいー?」
「そうだぜ、シンイチロウ様! ありのままの奴を見てやんなきゃ対応は難しいぞ!」
「ご忠言、どうも」
異常者どもの遠吠えに冷ややかな声を返すも、状況はあまり楽観出来るものではない。
(この異常重力の力場。恐らくはこの移転への重力が向いた地点から奴は自由落下に任せて落ちてきた。この地点は下向けに強めの重力が発揮しているから今は目の前に止まっているが――――間違いない、この男はこのリージョンの重力異常を完全に理解している)
シンイチロウの分析が正しければ、手配書の★3評価は当てにならない。このリージョンの特性と組み合わせた彼の脅威度は★4に匹敵する危険度だろう。
「よっしゃ! じゃあ俺様がブッ飛ばすからシンイチロウ様は見ていてくれ!」
軽く肩を回した仮面少女が異様な前傾姿勢に身構える。陸上のクラウチングスタート。そして、その両手に握るものは。
(トンファー⋯⋯?)
少女が飛んだのは斜め上だ。下方向への重力を利用して、まるで兜割のようにトンファーを叩きつける。だが、真後ろに飛んだソマスには掠りもしない。そのまま着地もせずに廃墟に消えていく狂気の芸術家を、彼女は追わなかった。
「見たところ五歩先から重力の方向が違うな」
「意外とよく見てるね」
「⋯⋯俺様の突撃と同時に撃ってれば、奴を倒せたんじゃねえの?」
「それは結果論。しかも、見てろと言ったのは他ならない君自身じゃないか」
肩をすくめて薄い笑いを浮かべる仮面少女。シンイチロウは一歩下がって視野を広げる。彼女は大丈夫だ。それなりの死線を、文字通り死んだことすら経験している彼は、年齢に見合わぬ達観さで状況を看破する。
「どうする? このまま任せてもいいかな?」
「もちろんだぜ!!」
軽い挑発に面白いほど乗っかった彼女は、ノータイムで前に飛び出す。シンイチロウが止める間もなかった。進行方向の重力に引かれて急加速。
「あ、しまった⋯⋯⋯⋯せめて目の届く範囲に置いておかないと」
素性の知れない、しかも怪しい動きをする仮面少女に対して疑念はある。だが、それ以上に彼自身の気質の問題なのだろう。向こうみずに突貫する少女を、このまま放っておくわけにもいかなかった。
♪
冒涜的生命体。
体のパーツが滅茶苦茶に取り付けられて、なお動いている生命体。
標的の前衛芸術家ソマスが生物の肉体を自在に改造することはあらかじめ聞いていた。だからこそ初撃の不意打ちには気を張っていたし、取り敢えず受けてみるという暴挙も避けた。
「これは⋯⋯考えたな」
感嘆でも、軽蔑でもない。純粋な感想だ。異形の群れは、あの変態芸術家の『作品』だった。滅茶苦茶に編纂された肉体のパーツが、しかしその顔だけはしっかりと判別できるように残っている。
「意図は分かるぜ。お前ら、喋れるのか?」
一様に絶望を浮かべる表情に、仮面少女は容赦なくトンファーの打撃をぶち込んだ。人が、自分の肉体をイメージする力。それが格闘戦におけるポテンシャルとほとんど等しいことを、彼女は経験則から理解している。
「良い!」
だから、こんな無茶苦茶に編纂されている異形の群れが、こんなにも戦いを成立させていることに、ロマンすら感じた。脳髄を叩き潰されて絶命する前衛芸術作品には見向きもせず、彼女は向かってくる異形の群れを一つ一つ真摯に叩き潰していく。
顔がある以上、付随する人体の急所も存在する。彼女にとっては造作もない判断だった。
「成仏しろよ!」
散っていく命には雑に労いを投げ、仮面少女は前衛芸術家の足取りを追う。まともに追いかける、そんな前提があるとすれば、とっくに辿り着いてもいいはずだ。それくらい仮面少女の足は速い。
しかしながら、現実に示された結果は。
「ん、な――――ッ!?」
遥か真上に投げ飛ばされる。重力異常領域。視界の端に、石柱にしがみ付くソマスの姿を捉えた。それだけで状況を看破する。
誘い込まれた。
ここは、このリージョン随一の危険地帯なのだと。
だが、その判断は全てが遅い。加速度的に上空に追いやられる現象。重力が逆に働いている。その凄まじさに身動きが取れない。辛うじて把握できた状況として特筆すべきなのは、ソマスが投げ上げたチェーンソーだった。仮面少女とは違って元から上方向の初速が働いている凶器は、ぐんぐん無防備な彼女の肉体に近づいていった。
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