ミブ、巻き込まれた厄介事が厄介事にニアミスして厄介なことになりかける

「ものすごい勘違いをされている気がする⋯⋯⋯⋯!」

「シンイチロウ様! シンイチロウ様! これすごいぞ!」


 そりゃ、生きているビルの中に入るのは初めてか。(恐らくは)見た目相応の、年頃の少女のようなはしゃぎぶり。シンイチロウはふと口元を緩めた。多分、それがいけなかったのだろう。


『ようこそ!☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆』

「おわっ!?」

『ミブ君はよく気の回る良い子だからねo(`ω´ )o 不束者ですけど末長くよろしく( ´ ▽ ` )ノ』

「言われるまでもないぜ!」

「いや、あるよ!? そ、そんなんじゃないんだからね!」


 あらぬ仲を疑われて顔を赤くするシンイチロウだが、『(*´∀`*)』の紙が降ってきて揶揄われていたことに気付いた。仮面少女も横ピースでお茶目なポーズを取っている。


(出会ってすぐに意気投合しすぎでしょ⋯⋯)


 人格の波長が近いのだと、なんとなく感じた。


『またすぐ出掛けちゃうんだろうけど、寛いでいってね( ・∀・)つ旦~~』


 そんな紙切れが落ちてくるのと同時、二人は畳部屋の茶室で並んで正座していた。背筋をピンと伸ばす二人には、軸に一本芯が宿った体幹が見て取れる。それだけ修羅場を潜り、研鑽を重ねた証だった。


「⋯⋯確認するけど、君、日本人なの?」

「うん」


 二人して湯呑みを抱え、ずずっと啜る。二人の口元が奇妙に歪んだ。中身はコーヒーだった。深みのある味わい、香りも文句ない。が、見た目のギャップがすごい。


『ありゃ?٩( ᐛ )و そっか、コーヒー大好きだったもんね_φ( ̄ー ̄ ) じゃあこっちね(^_−)−☆ドゾー』


 仮面少女が落ちてくる紙切れを拾うのと同時、部屋の内装が次々と組み変わっていく光景に言葉を奪われる。


「お、おおう⋯⋯? す、すげえ⋯⋯⋯⋯」

「ああ。僕はもうすっかり慣れたけど、ビルさんは本当にすごいんだ。これだけは胸を張って自慢できる」

『もう、ミブ君ったら\(//∇//)\キャー』


 お洒落なカフェのテーブル席で、二人は向かい合って座っていた。仮面少女は部屋の変貌、はたまた移動か、に目を奪われて腕をばたばたさせながら天井を見上げる。一方、ここで暮らし始めてそれなりに長いシンイチロウは余裕をもって周囲を一瞥していた。

 だから、気付いた。

 普段は無人のカウンターで、ワイシャツ・ベスト・蝶ネクタイ・パンツルックの見慣れない少女が、ゆったりとした手取りでコーヒー豆を挽いていた。シンイチロウが二度見をすると、謎のバーテンダー少女が視線に気付いたのだろう。ぺこりと一礼を返す。


「え、ああ⋯⋯どうも」

「んにゃ、どったの?」


 そんな彼に、仮面少女は訝しげに首を傾げる。そして、彼の視線の先を追った。


「あれ⋯⋯⋯⋯?」


 だが、そこは無人のカウンター席。誰かが居た形跡すら残っていない。もちろん、仮面少女にもそう見えるようで、首を傾げたままだった。

 消えた。まるで、フィルムのコマをそこだけ切り抜いてしまったかのように忽然と。


(流石に、ビルさんでもそこまでの芸当は出来ないよね⋯⋯? 『電脳ゲーマー』でログアウトしたとかかな?)

『m(_ _)mゴメンネー! 、人見知りみたいでね(๑╹ω╹๑ )』

「あれれ、誰かいたのか?」

「みたいだね。僕も知らない子だった。『トランプ』は結構人の入れ替わりが激しいから、最近加入してきたのかもしれない」

「へえ、ね」


 仮面少女は豪快にコーヒーを飲み干す。


「なあなあ! 『トランプ』ってマークごとに4つのクラスと番号が振られてるんだろ!」

「⋯⋯ん? 詳しいね?」

「シンイチロウ様はどうなんだ!?」


 シンイチロウは少し言い渋ったが、無邪気に身を乗り出してくる少女に観念する。


「『♠』の〝10〟」

「おお!? それってかなり高い方じゃん!!」

「⋯⋯いや、身に余りある地位だよ。僕の力はそこまで大きくない」


 だが、そんな彼の謙遜も、テンションが上がってテーブルをばんばん叩く仮面少女には届いていないだろう。流石に諌めようとした彼が口を開き始めるのと同時。



「トランプかぁ――――じゃあ、?」



 シンイチロウは、一旦コーヒーを啜って一息ついた。あえて間を作ることで、続きを待つ仮面少女も静かになる。


「いる、んじゃないかな? 。もしかしたら創立時はいて、今は空番なのかも知れないね」

「ふーーん、そうなのかあ。ビルさんはなんか知らない?」

『知ってるけど、ひみつー(¬_¬)シラー』

「ちぇー」

「さ、一息ついたしそろそろ準備に取り掛かろう。向かうは『エリア6-4:重力異常領域』、油断ならない危険地帯だ」


 へーい、と気のない返事が返ってくるも彼は気にしない。愛銃の手入れと軽いストレッチ。彼にとっての準備はそれだけだったが、目の前の仮面少女の方はどうだ。


「君、なにか戦闘に必要な装備はあるかい?」

「ないぜ。俺様はいつも身一つで十二分だ。が、今は俺様の魔法が使えないもんで、モンセーさんからもらってる」


 シンイチロウの頭には疑問符が浮かんでいたが、恐らくは深く突っ込まない方が良いことだろう。分かったことは一つ。今の時間は自分待ちということだ。


「そうか。言っとくけど、僕らはお互いの戦い方をまるで知らない。即席で連携を組むよりは好き勝手に戦ってくれよ。僕はなるべく君の援護に回るから」

「りょ! 俺様の戦いっぷりを派手に眺めといてくれよ!」


 不安しかない未来に、シンイチロウは顔を覆った。

 だが、その足は止めない。そんな不条理にも立ち向かえるのが、彼自身も自覚していない強みなのだから。







『せっかく紹介しようと思ったのにー( *`ω´)カクレタノドシテー』

「ご、ごめんなさい⋯⋯」


 バーテンダー衣装を着崩しながら、陰鬱な黒髪少女は頭を下げた。


「なんか、すごい、こわくて⋯⋯」

『ミブ君じゃないよねʕʘ‿ʘʔ』


 少女はぶんぶんと首を大きく降った。


「いえ、あの人は、そんな⋯⋯良い人です、多分、とても」


 であれば。

 ここまで警戒されているのは、彼が連れてきたあの仮面少女だろう。厄介事に巻き込まれやすい彼が連れてきたのだ。ほぼ間違いなく厄ネタであることには間違いなかった。それでも、門前払いにしてしまうと優しい彼は少し落ち込んでしまうのを知っていた。


『いいよーd( ̄  ̄) でもいいの? 多分、貴女の出自と近しい相手でしょう?(・・?)』


 ジョーカー、それが自分の名称であると記憶している。

 そして、それ以外の記憶はすべてすっぽりと抜け落ちていた。どことなく『ジョーカー』の名を探ってきた仮面少女は無関係ではないだろう。


「⋯⋯⋯⋯分からない。でも、アレは、嫌。とても、嫌」


 自分の身を抱き締めながら震える彼女に、尋常ではない事情を感じ取ったのだろう。どこからともかく、ふわふわのブランケットが被せられる。


「⋯⋯⋯⋯ありがとう、ございます」


 ブランケットに顔を擦り付けるように甘えて、気付けばその意識は甘く落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る