異邦人、居候

【エリア???】



 組織『トランプ』。

 それは、異世界人の古株によって立ち上げられた異世界人の為の相互援助組織。


 強大な力に惑わされ世界を躊躇なく掻き回す異世界人が『異人狩り』と呼ばれる者達に消され始めた段階で危機を察知した当時の異世界人が結成した自衛団。異世界人個々の性質によって大雑把に四つの分野に分け、それぞれの性能によって十三の序列を付与した五十二人の一団。

 ではあるものの、その序列には例外がある。それは、現実のトランプにもある『ジョーカー』の地位。序列から外れた切り札ジョーカーのカードは、この組織にとっても特別なものだった。


「私は、ジョーカー――――切り札で、嫌われ者」


 あの廃都時空戦役から三日後。

 長い黒髪を衛生帽子に収め、割烹着姿の少女がはたき片手にくるりと回った。すらっとした体型に凛とした目鼻立ち。だが、その双眸にはあらゆる美麗を対照的にするほどの不吉が込められていた。死相に見まごう目元の隈に、瞳に宿る闇がくらい印象をゆらりと落とす。


『お疲れさまです(*>ω<*)ゞ ありがとうね♪( ´▽`)』


 ひらりと落ちてくる紙を拾って、割烹着姿の不吉な女は壁に手を振った。


「いえ。お世話に、なっているので⋯⋯このくらい、は」


 少し照れながらそぼそぼと喋る。掃除用具一式を持って立ち上がった彼女が、その体積の大きさにふらつく。

 だが。


「――――歪め」


 その光景は奇妙に歪み、いつの間にか彼女はあてがわれた部屋のソファに座っていた。


『すごいすごい(๑╹ω╹๑ )  ジョーカーちゃんすごーい(*´∇`*)』

「⋯⋯⋯⋯いえ。こんな、そんな⋯⋯こんなもの、なんて」


 降ってくる紙切れを大事そうに机に広げる。


『コーヒー入ったよー!( ´Д`)y━・~~』

「あ、ありがとうございます⋯⋯」


 にゅいっと生えてきたコーヒーカップ。ジョーカーと名乗った彼女は割烹着と衛生帽子を脱ぐと、几帳面にハンガーに掛ける。その下の喪服のような黒装束は、彼女の不吉さに一層拍車をかけていた。


 不吉で、得体の知れない、序列外の札カード。

 そんな彼女は『トランプ』のジョーカー⋯⋯





『どう、思い出せそう(・∀・)??」』

「いえ⋯⋯でも、もういいかなって」


 彼女がここに居候を始めたのは昨日からだった。放浪している少女を、彼か彼女かも分からぬ高層ビルが偶然保護したのが始まりだ。

 『ジョーカー』という名前だけが少女の記憶に残っていた。この半日で能力の片鱗を少しずつ見せるも、どんな能力だったのかは自分でも未だ思い出せないらしい。衣食住を与えてもらっている恩か、彼女は掃除洗濯炊事と、それはもう意欲的にこのビルの役に立とうとしてきた。


『良い子、本当に一員になってくれたら良いのに(╹◡╹)』

「そ、そんな⋯⋯私、なんて⋯⋯⋯⋯」


 もちろんのことながら、このビルもただの建造物ではない。生きていた。組織『トランプ』の創設メンバーにして本拠地。堅牢快適な最重要人物建造物だった。


 ジョーカーと名乗る少女の存在。

 それは、組織の構成員にも少しずつ知られてきている。


 基本的には他の構成員とは鉢合わせしないようにビルもコントロールしているのだが、空間を歪めて徘徊する彼女の動きにしばしば追いつかないことがあった。

 『ジョーカー』の名前は、この組織では重大な意味を持つ。創設メンバーでもあるビルは無関係であることを知っているものの、歴の浅いメンバーだとそうはいかない。顔を引き攣らせたり、軽くパニックになったり、感嘆の声をあげたり⋯⋯ぐらいならばまだよいか。

 最悪『偽物』となじられて抹殺対象にされる危険もあった。


『あんまり動き回らないでね( →_→)ジトー』

「あ、ごめんなさい⋯⋯ついつい、気になっちゃって」


 丁寧に挨拶して、自己紹介までするものだから、それなりに大きな騒ぎになっていた。知ってか知らずか、はたまたただの天然か。黒の少女の奇行にはほんの少しだけ困らされている。

 それだけで追い出すほど、狭量ではなかったが。


「ちゃんと、道を、見つけて⋯⋯ここから、出ていくから」


 身を縮こませる少女に、ソファの肘掛けがみょーんと伸びた。捨てられた子猫のように力無い少女の頭を撫でる。


『ずっと居てもいいよ(╹◡╹)♡ いつかみんなにちゃんと紹介するからね☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆』

「い、いいのかな⋯⋯⋯⋯えへへ」


 はにかむ少女が、淹れたてのコーヒーを啜った。記憶になくとも、彼女の好物であることには違いない。

 そんな、奇妙ではあるけれども、平和な一時。

 それは唐突に、漆黒に、塗り潰される。



(え――――――――?)



 顔面蒼白のジョーカーが小刻みに震えている。自身にも分からない、根源的な恐怖が魂にまで伝わってきた。

 だが、ビルはそんな彼女の様子に気付けなかった。同時にとんでもない事態が起きているのだ。その巨大な建造物が震える。



『ミブ君が女の子連れ込んで来たぞおおおおおおおおお――――*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*』



 ばら撒かれる紙吹雪。

 もちろん組織きっての大騒ぎになった。

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