ミブ、ターゲットを吟味する

「よーーし、シンイチロウ様! じゃあどれにする?」

(なんだこの距離感)


 私室の丸テーブルに艶のあるブックチェア。そこに腰掛けるシンイチロウのすぐ隣には、今や懐かしさすらある学校の体育館に並べるようなパイプ椅子の上で膝立ちになる仮面少女。景観は台無しだ。

 懐いた猫のように身を寄せてくる彼女に、シンイチロウは若干身を引かせながら手配書をめくった。だが、そんな動きを遮るように仮面少女はテーブルを叩く。


「俺様のオススメはコイツだ!!」


 シンイチロウは手配書に視線を移す。そこにはこう書いてあった。


―――― 『黒竜王』エッツェル


「ちょっっと待ってええ!!?」

「待たない」

「いや、待てよ! そいつを倒すために僕や色んな人たちが今準備を進めてるんだ! 僕ら二人だけでどうにかなるわけないだろう! 冗談にしても悪質過ぎる!」

「ちぇーー、そこまで言うこたないじゃんかよぅ⋯⋯」


 仮面少女は唇を尖らせながら手配書を丸めて捨てた。流石に本気ではなかったようだ。そして、次なる一枚は。


――――『悪竜王』ハイネ


「ちょっっと待ってええ!!?」


 以下、全く同じやり取りが続くために割愛する。






 そんななんやかんやがあって、二人の前に並ぶ手配書が2つ。


「★3が一体、★4が一体⋯⋯⋯⋯うん、僕たちなら妥当な範囲に収まったんじゃないか?」

「うーん、そこを引くとは⋯⋯シンイチロウ様はやっぱりな!」

「⋯⋯適当に不吉なこと言うのやめてもらえない?」


 仮面少女は両方の手配書を見比べながら豪快に笑った。どちらもエリア6を根城にしているのは何の偶然か。


「片方は竜種、か⋯⋯嫌な思い出しかないなぁ。君は竜種と戦ったことは?」

「――あれは、凄まじい死闘だった。『悪竜王』との一騎打ちは「ああはいはい、それはいいから他には?」

「――あれは、凄まじい死闘だった。『時空竜』との大戦争は「いいってもう、ないんだろう?」

「決め付けひどくないっ!?」


 シンイチロウは白い目を向けながら手を横に振った。当然ながら、信頼性は皆無である。


「モンセーさんからは★5クラスの大物を狩ってくるように言われてるんだがなぁ⋯⋯」

「それは流石に無茶振りが過ぎる。君の実力が如何程かは知らないけど、正直★4の竜種だけでも僕の手には余る。僕はそれほど強くはないよ?」

「ほんとぉー? モンセーさんからの前評判じゃ相当の強者って聞いてるぜ?」

「まさかまさか! 乗せられたんだよ、君は」


 仮面少女は首を傾げながらシンイチロウの顔を覗き込んでくる。シンイチロウは大きく身を退け反らせながら手配書を掴む。


「ひっひっひ! でもシンイチロウ様は運が良いぜ! エリア6の奥地の探索、それも含めれば★5クラス討伐の実績に足りるってよ。俺様もに気になるもんがあるしよ!」

「ああ、確かにあの辺りは最近新しいリージョンが公開されたりしてたっけ⋯⋯ハンターたちを焚き付けて情報収集する意味合いもあったのか」


 考え込むシンイチロウの膝によじ登る仮面少女が叩き落とされた。キャッキャと笑う不気味な仮面に、シンイチロウは眉を顰める。


「⋯⋯とにかく、方針は決まった。だから問題は君のことだ」

「俺様が問題か?」

「問題しかない。そもそも君はどのくらい戦えるんだ?」

「とっても戦えるぜ!」


 シンイチロウは頭を抱えた。


「魔法、使えるんだよね?」

「今は使えないぜ!」


 そして、シンイチロウは頭を抱えた。


「どうして⋯⋯⋯⋯?」

「ふっ、ついに話す時が来たな――――あの『悪竜王』と俺様の果てしない死闘「いや、いい」


 シンイチロウは頭を抱え続けている。


「じゃあ、君はどうやって戦うんだ?」

「拳だ!!」

「⋯⋯それだけ?」

「蹴りもする!!」


 シンイチロウはさらに頭を抱え続ける。


「もし、君が魔法を使えるんだとしたら、どんな魔法を使ってたんだ?」

「もっっのすごく強いパンチが撃てるぜ!!」


 シンイチロウは力強く立ち上がった。


「よし、やめよう。今からモンセーさんに土下座して元の立場に戻してもらう」

「それはやめてくれだぜ」

「君はセントラルの然るべき機関に引き渡す。立派な不法侵入だ」

「それはほんとうにやめて!!」


 ぎゅっうと抱き付いてくる少女に辟易しながらも、シンイチロウは淡々と引き剥がしにかかる。だが、割と全力で引き剥がそうとしてもびくともしなかった。


(なんて怪力――――いや、違う。重心の移動と指先のピンチ力か。それだけでこんなに違うのか?)


 引き剥がせない。彼は瞬時にそう判断した。油断。この体勢からならば首を締め落とすことも容易だろう。だが、その直後には彼は既に大型拳銃『アイボリー』を引き抜いていた。


「い――っ!!?」


 手首に走った痛みに、抜いたばかりでグリップが甘かった『アイボリー』を取りこぼす。仮面少女は既に彼の身体を離れていた。手首を固めて、即座の離脱。シンイチロウがもう片方の大型拳銃『エボニー』を向けた時には、彼女は半身に構えて射線から銃弾一つ分だけ逸れている。


「ひゅー、良い反応だな! 流石はシンイチロウ様だぜ!」

「⋯⋯⋯⋯なるほどね」


 彼女の立ち位置は、取りこぼした『アイボリー』に近い。彼がそれを拾う前に容易に蹴り飛ばせる。


「二丁拳銃『エボニー・アンド・アイボニー』、聞いてたとおりの格好良さだぜ! でも、これで俺様の実力には文句はないだろう?」

「⋯⋯⋯⋯まあ、ね」

「だから⋯⋯その、頼むよ。アンタの力を貸して欲しいんだ」


 深く深く溜息を吐きながら、シンイチロウは愛銃を収めた。頭をがしがし掻きながら、仮面少女に手を伸ばす。


「頼む――――か。まあ仕方ない。任された以上はちゃんとやらなきゃ」

「シンイチロウ様ぁ!!」


 ハグの突進を仕掛ける彼女に、今度こそ油断はしなかった。うまく身体の軸を逸らせて受け流す。180度反転して戻っていった少女は困惑した。


「およ?」

「行くなら行く。善は急げだ。準備するものはあるかい? 僕の装備とコンディションはいつでも大丈夫だけれども」

「おう! 俺様もいつでも大丈夫だぜ! じゃ、早速エリア6に出発でっぱつだ!」


 ストレッチで身体を解し始める少女に、シンイチロウは声をかける。


「え、徒歩で行くつもりなの?」

「まさか!」

「そう、だよね⋯⋯さすがに」

「ダッシュで行くぜ!」


 シンイチロウは頭を抱えた。


「⋯⋯いや、どこまで距離があると思ってるの。辿り着く前に疲労困憊だよ」

「そなの? 俺様は余裕だぜ!」

「ああ、まあ⋯⋯そうなのかもしれないけど。僕はそうじゃないさ」

「んんー? でも、じゃあどうやって行くんだ? 『ど◯でもドア』でもありゃいいんだなー?」

「あるよ」

「へ?」


 呆ける少女に、意趣返しが出来たためか彼は笑顔である。


「といっても、どちらかというと『ハイ◯アンドシーク』みたいなものだけれども」

「??」

「ふっ、ジェネレーションギャップか。ま、ようこそ僕らの拠点へと言っておくよ」


 芝居かかった仕草で、シンイチロウは私室のドアを開けた。

 その向こう側には――――――――

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