ミブ、謎の仮面少女に付き纏わられる

【エリア0-1:セントラル市街地】



 シンイチロウ・ミブという男がいる。

 かの雷竜から、黒竜王に対抗する黒抗兵軍の指揮を直々に託されたという誉れある男として(実態はともかく)知られている。そして、セントラルの行政府において財務委員の地位を有し、先の廃都時空戦役において参謀長の役を担ったモンセー・ラプニッツの子飼いの戦士として(実態はともかく)知られている。

 そんな彼は、今。


「シーンイチロウー様ぁ!」


 甘ったるい声で名前を呼ぶ少女が片腕に抱き付いてくる。口元を除く顔の大部分は分厚い仮面に覆われていて、その表情は分からない。だが、相当に能天気な顔をしていそうなのは窺える。


「⋯⋯君は一体全体何者なんだ? 僕はそんなに暇じゃないんだぞ」

「ふっ、さっきも言ったろ? 俺様は謎の仮面戦士! 以後お見知りおきをだぜ!」


 このやり取りも、今朝からもう五回目だ。

 黒竜王の勢力も(表面上は)今は動きが大人しいのと、各部隊長が優秀過ぎるおかげで、今のところは彼の仕事はあまりない。ただ、成り行きで直属の上司となったモンセーの残務処理にこれでもかと付き合わされている次第だった。


(まあ、嫌われているわけではなさそうだけれども⋯⋯⋯⋯)


 むしろ、謎に懇意にされているところはあった。心当たりはある。彼が有するスキル『ハーレムメーカー(真)』は、彼本来の出身世界以外の人物から問答無用で好意を向けられるもの。そして、今朝方からやたら懐いてきているこの仮面少女も、スキルの影響下であることは想像に難くない。


「で、モンセーさんって言ったっけ? あの人からはしばらくのいとまを貰ってきているぜ!」

「マジでッ!?」


 食い付くシンイチロウに、仮面少女は謎のポーズを取った。ちょっと格好良い。


「ああ! そもそもシンイチロウ様はセントラルに所属している戦士じゃないんだろう? だったら解放されて然るべきだぜ!」

「いや、確かにそうなんだけど⋯⋯て、どうして君がそれを?」


 謎の仮面少女は謎にポーズを取った。ちょっとだけ格好良い。

 実際に、シンイチロウが所属しているのは別の組織だった。異世界人による異世界人の為の相互援助組織。その名も『トランプ』。無造作に現われる異世界人を借り尽くす『異人狩り』どもに対抗するための自衛組織だ。


「はっはっは! 俺様が黒抗兵軍とやらの指揮官からも解放してやったから、シンイチロウ様は晴れて自由の身なんだぜ!」

「なにしてくれてん――――ん、あれいいのか⋯⋯⋯⋯?」


 考え込むシンイチロウに、仮面少女は口元だけで精一杯の笑顔を伝えてくる。


「⋯⋯⋯⋯ひょっとして、君も異世界人だったりする?」

「その通り! 流石は聡明なシンイチロウ様だぜ! 俺様はとある使命を課されていた! しかーし! かの『悪竜王』との一騎打ちに敗れ、力を失って今に至るのだ……」

「そうかーそれはすごいストーリーだなー」


 棒読みで応じるシンイチロウは手早く荷物をまとめていた。あのモンセー財務委員の気がいつ変わるとも限らない。


「そして! 俺様はシンイチロウ様と運命の出遭いを果たしたのだ!」

「そしてってどうして……?」


 話の繋がらなさに、シンイチロウは頭を抱えた。今朝のことを思い出す。半裸でベッドに潜り込んでいた仮面少女が恐ろしく、咄嗟に蹴り飛ばしてしまったのだ。その直後は彼女も若干落ち込んではいたが、そんなしおらしい様子は今や見る影もない。


「マジレスするとモンセーさんに伝手があってね……同じ戦場を派手に暴れた縁があんだよなぁ」

「さっき、おもっくそ他人みたいな言い方してなかった?」


 てへぺろ、と仮面の口元で舌を覗かせる少女。


(狼少年ならぬ狼少女ってやつか……いや、全部作り話って決まったわけじゃないけども…………)


 そんな風に感じてしまうのは、彼のお人好しなところ故か。貧乏くじを引きやすい性格であるのはシンイチロウ本人が一番よく知っている。


「で、だ! そういうわけで、モンセーさんからシンイチロウ様の身柄を貰い受けたんだぜ!?」

「どういうわけで……?」

「それはかくかくしかじか四角い「どういうわけでッ!?」


 無茶苦茶やられて若干切れ気味のシンイチロウに、少女は口元をパックリと割って笑った。その懐から取り出した紙の束を机の上に放り投げる。ほとんどただの反射で視線を向けてしまったシンイチロウはすぐに後悔することになる。


「……おい、この高ランクばっかの手配書はなんだ?」

「俺様と、シンイチロウ様の、目くるめく大冒険のシナリオだぜ。もちろん、モンセーさんのお墨付きだ」


 確かに、彼女の決裁印が押されている。

 しかも、一番上には『黒竜王』と『悪竜王』の手配書が並んでいた。


「……嘘でしょ? 僕は絶対に同意しないからな?」

「同意の有無でどうにかなるなら、シンイチロウ様は今頃ここにいないんじゃないの?」

「どうしてそんな酷いことをいうんだ……ッ!? 言えッ!!」


 仮面少女の両肩をがっしり押さえつけ、縦横無尽に振り回す。


「あっはっはっはっは~~!! 諦めろ! 実は俺様も逃げらんねえんだ!」

「いつもこういう役割は僕に回ってくるんだけど……」

「大丈夫……さすがにノルマ分だけこなせば解放してくれるってさ」

「だよな! だよな! よかったぁ……死刑宣告じゃなくて」


 二人してがっくりと肩を落とす。お互いに細かい事情までは知らなくとも、似たような境遇であるらしいことはひしひしと感じられた。

 ならば手を組むことはお互いにとってメリットとなるはずだ。

 、という前提であれば。


「――――まあ仕方ない。任された以上はちゃんとやらなきゃ。成り行きばかりで納得いかないけど、覚悟は決めた」

「さっすがシンイチロウ様!」


 そして、ミブ・シンイチロウは強かった。

 確かに『悪竜王』や『黒竜王』といった青天井の実力者たちには及ばない。だが、真正面から向かい合える実力はある。彼には少々自信が欠けていたが、冷静な目利きは有している。


「君、少しは強いんだろう?」


 わざと煽るような口調で、シンイチロウは言った。散々好き勝手振舞われている意趣返しを込めて。

 あのモンセーから話を持ち掛けられている時点で、それなりの実力者であることは窺える。少なくとも、足手纏いにはならないのは分かっていた。


「ああ! 俺様は強いぜ!」

「……そうか。じゃあ、改めて名乗ろう。信頼を預ける相手としての礼儀として素性を明かす」


 ごほんと咳払いする彼が続ける。


「僕の名前はミブ・シンイチロウ。『異人狩り』に対抗する組織に属している二丁拳銃使いガンマンだ」

「俺様の名前はTK仮面! 謎の仮面魔法使いウィッチってことでいいぜ!」


 そして、丸っきり素性を明かす気のない仮面少女に、彼の礼儀は無残に踏みにじられた。

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