女神、はしゃぐ
「おう、じゃあ俺は仕事に戻るぜ。ついでにこの世界中の情勢の情報かき集めて来るからな。早く元気になれよ、お嬢ちゃん!」
「ありがとう! お土産楽しみにしてるね!」
「よしきた任せろ!」
キザっぽいポーズで改造車両(合法)に飛び乗るバッドデイ。よくよく考えると、遥加パーティの中で一番ダメージが少ない男だった。それでいて仕事はきっちりこなすタフガイに、遥加はにっこにこで手を振った。
バッドデイは十分後に大量のお土産を抱えて戻ってくる。
♪
「ということで、真由美ちゃんにはこれ!」
「⋯⋯⋯⋯どういうことですか?」
安っぽいプラスチックの刀だが、刀身がわずかに赤く染まっている形状には見覚えがあった。裏返して見ると、何か書いてある。
――――光る! 血が出る! DX『咲血』ソード!
真由美はこめかみを押さえ、目蓋を揉んだ。柄に付いているボタンを押してみる。おどろおどろしい鮮血色の光りがピカピカしている。真由美はもう一度裏返してみた。
――――光る! 血が出る! DX『咲血』ソード!
真由美は遥加を見た。早着替えが特技らしい彼女は、白銀の竜を模したパジャマに着替えていた。バッドデイからの土産品の一つで、雑に破り捨てられた包みには『真銀竜パジャマ』という製品名が記載されていた。彼女は先の廃都時空戦役にて本物の真銀竜と仲良くなっている。
真由美は視線を手元に落とした。
――――光る! 血が出る! DX『咲血』ソード!
再び遥加を見る。
その双眸にやはり光はないが、にこにこしている。とてもいい笑顔だ。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ありがとうございます」
「いやあ、喜んで貰って嬉しいなー! 真由美ちゃんはもうホノカさん大好きみたいだからねー」
「……別にあんな鬼師匠、好きなんかじ「じゃあ私はこのパジャマをエヴレナちゃんに自慢してくるねー!」
バタン、と大きな音でドアが閉められる。真由美はそちらを振り返りもせず、子ども向けの玩具をじっと見つめていた。そして、部屋の隅にある大きな姿見の前で構えを取る。
(材質は安っぽいけど、ほんとによく出来てる……え、まさか師匠自ら監修とかしてないよね?)
剣鬼の構えはよく見ていたから分かる。彼女の癖も、重心の預け方も、目線の動きも。そして、脱力。自分でも驚くくらい綺麗に一太刀が振るえた。
「十歩必殺――――ふっ、そこはもう間合いなのだけど」
表情もポーズも決めて、姿見を見る。
ドアを後ろ手で閉めて部屋に残っていた遥加がにっこにこでこっちを見ていた。
「本当に喜んで貰って嬉しいなあー!」
「――え、いやちょっと待ってこれ違うのねえ! 聞いて! 待ってだぶしっ」
慌てて駆け寄ろうとしてずっこけた真由美を残して、遥加は部屋の外に飛び出していった。
♪
「へえ、似合ってんじゃないの! 楽しそうで嬉しいぜ、お嬢」
「バッドデイさん、ありがとう! マルシャンスさんもお勤めご苦労様!」
ホテルの廊下で出くわしたバッドデイとマルシャンス。
「……今さらお縄にされるなんて思わなかったわ」
「ごめんねー、でもこれでマルシャンスさんの指名手配も解けたからさ!」
バッドデイが適当に見繕ってきた土産品の数々は、『悲哀』のマルシャンスとしてセントラルから指名手配されていた彼を捕らえた報奨金を使って買ってきたものだ。セントラル行政府と内通していたバッドデイのスピード事後報告によって超速釈放されたマルシャンスは、今となっては自由の身だった。
「ごめんねついでに……本当にごめんなさい。私、『浄化』の魔法を使えなくなっちゃった。悪竜王を倒したいっていうマルシャンスさんの願い、叶えてあげられない」
「……貴女が気にすることなんて、これっぽっちも。アタシこそ危険な戦いに巻き込んでしまって本当に申し訳ないわ。一体、なんてお詫びすれば……「だからその話はもうやめろっつってんだろ!」……そうだったわね」
バッドデイに胸ぐらを掴まれたマルシャンスが、小さく呟いた。責任を感じている。あの後からずっと彼が落ち込んでいるのは、誰が見ても明らかだった。
「……どうする? アンタも一発かますか?」
バッドデイは遥加に対してそう言った。遥加は首を横に振る。
「私が選んだ戦い、だよ。だからそのこと自体にはマルシャンスさんが気に負う必要は無いって」
聞いて、バッドデイはマルシャンスから手を離す。彼にも思うところがないわけではない。ありがと、と遥加は小さく笑いかけた。
「それに、そんなに心配する必要は無いんじゃない? ここには私なんかよりもずっとずっと強い人たちが揃ってる。皆で力を合わせれば、へっちゃらだって!」
人造の救世竜。あの時空竜は悪竜王ハイネと渡り合ったという記録もある。そんな相手を打倒せしめたのだ。勝算はかなり高いはずだった。
だが、マルシャンスの表情は明るくない。
「ねえ、マルシャンスさん」
「……なにかしら」
「マルシャンスさんはどうしたいの?」
その両手を掴んで、優しく抱き締めながら、遥加は言った。
「悪竜王を打倒したい? それとも、自らの手で悪竜王を打倒したいの? 同じようで、全然違うことだよ」
「…………ひどい一発、かましてくれるじゃない。アタシにも、自分の気持ちが良く分からないわ……でも、貴女を見ていると、自分がどうしたいのかをちゃんと向き合って行かなきゃって……そんな気持ちになるの」
「だったら、私たちはまだ同じ道を歩める――――私も、ですからね」
にひっと笑った遥加が走り去っていく。
「お嬢、そんなに急ぐと転ぶぞ!」
「大丈夫だよーだ!」
茶化すバッドデイに手を振って、遥加はホテルの階段を駆け下りていく。
♪
それから、遥加は存分にはしゃいだ。
エヴレナと真っ昼間からパジャマパーティしたり、人間の少年に恋をした雷竜のお姉さんの話にきゃーきゃー言ったり、アルやシュライティアの筋肉にぺたぺた触ろうとして白埜に止められたり、ウィッシュと早口言葉三本勝負をしようとして白埜に止められたり、エレミアとリア様編みぐるみを作ったり、女子風呂を覗こうとしたらしい夕陽とシャインフリートを妖精さんと一緒にからかったり、賢い鳥さんとしりとりをしたり、戦後処理で缶詰の司令部の方々にお土産のお菓子を配ったり、リヒテナウアーにあやかのこれまでの戦いの往歴を吹き込んだり、エトセトラエトセトラ。
そして。
すっかり陽も沈んだ頃、遥加はふかふかベッドで大の字になりながら言った。
「やっべええぇぇ……なーーんも感じねーや」
「でしょうね」
大浴場を断固拒否して部屋のお風呂で入浴を済ませた真由美が、髪を乾かしながら応えた。
「魔法は、強すぎる想いが現実を歪めた結果の産物。その魔法が使えなくなっているってことは、情念そのものも限りなく薄れている証です」
「……正直、真由美ちゃんがそんなに懐くなんて思ってなかったから少し嫉妬しちゃうな。なーんも感じないけど」
「っ、そのつらくなった時に茶化す悪癖そろそろ直してくれませんか!?」
大事に飾っているDX『咲血』ソードを身体で隠す真由美。それでも玩具そのものを仕舞い込もうとはしない真由美に、遥加は無感動な視線を送るだけだった。
いつもなら、微笑ましさで笑ってしまうところなのだろうに。
「私たちにとって、ネガは情念の根源。悪竜王のブレスをネガ本体で防いだのだとしたら、その心はとっくに死んで――――良くても瀕死になっているはずです」
「……そうだね、真由美ちゃん。そんな気がするよ。動けないっていうのは私にとってはほとんどトラウマのようなものなのに…………何かをしたいっていう気持ちが湧いてこないんだ」
真由美は、遥加が人間だった頃の話を少しだけ聞いている。生まれてすぐに重い病気に罹った彼女は、魔法の力を手にするまではほとんど植物人間と化していた。外なる世界に想いを馳せ、しかし誘いの白ウサギと運命の出会いを果たすまでは、その全てが動かぬ肉体の檻に閉じ込められていたのだ。
「……情念を無理矢理膨れ上がらせる、貴女をこんな目に遭わせた悪竜王ならばそれが可能です」
「ダメ。多分……それは罠だ。私は悪竜を舐めていた。必ずそこまで究明されて、つけ込まれる」
「そもそも、高月さんなら、きっと」
「あやかちゃんは勝てないよ。確かに悪意も想いには違いないんだから、あやかちゃんの力も際限なく上がっていく。でも、悪意に関してだけ言うのならば、私たちは
直に相対した遥加には、分かっていたことだ。それでもあの我執の怪物がただでは挫けないことは身を以て知らしめされている。そんな相手の心配は一ミリもしていなかった。
「……アリス。『浄化』も『救済』も失った貴女にはもはやプロローグとエンドフェイズは止められません」
「そこも、実はそんなに心配してないんだ。真由美ちゃんも見てたでしょう? この世界の人たちはとっても強い。無造作にばらまかれる『始まり』にも、理不尽に閉じられる『終わり』にも、対抗する意志の力がちゃんとある」
「そう……ですよね。確かに貴女にはもう戦う必要はもうありません。貴女を脅かすものは――――私が全て斬り伏せる。それが自分に胸を張れる私の姿なのだから」
遥加はむくりと身体を起こした。
「真由美ちゃん……本当に強くなったよね。でも、私も戦うよ。あやかちゃんが氷壁で手にしたデータ、見たでしょう? ジェバダイアさんたちの後ろにいた神さまたちが本格的に動き出すはずなの」
「足手纏いです」
「……言うようになったね。なら、足りない力は補ってみせる。心は動かせなくても、身体が動かせれば私にも出来ることがある」
「どこから? 誰も貴女が心を失ったことを見抜けていなかった、と私には思えますが」
「そうでもない」
遥加はバッドデイから渡された土産品の一つを取り出した。一般兵士用の大弓、サイズは遥加に合わせて小さめだ。これだけは特注品をお願いしていたのだ。少女は感情が乗らない薄っぺらい笑みを浮かべた。
「戦意、気迫――――そして、意志。歴戦の猛者は欺けない」
米津玄公斎元帥。
彼が遥加を見る目が変わっていたのを、遥加は気付いていた。
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