vs悪竜王ハイネ(中)
モノクロの世界。
そこに色はなかった。在るのは、悪竜王と結界の主だけ。
「ほう⋯⋯これはこれは」
金髪黒目の少年。悪竜王ハイネの人間体だった。彼が向かい合う正面、漆黒の少女が拳を構える。
「ふむ、これは⋯⋯」
その異常に、ハイネは真っ先に気付く。この世界で収集した悪意の力。世界中に放った甕持ちからの供給が途切れている。
「これが俺様の世界だ」
あやかは誇るように両腕を広げた。
「神の理すら拒絶する絶対の結界。俺様の世界は、一個の別世界なんだぜ」
「なるほど」
ハイネは納得した。
悪意吸収。世界中の悪意を掻き集める悪竜の王も、世界を隔ててはその限りではない。だが、ハイネの表情には余裕が浮かんでいる。悪意の供給などなくとも、目の前の小娘程度に劣るわけがない。
それに、悪意であればこの世界にも供給源がないわけでもない。
「この程度の障害、あの『浄化』の脅威に比べれば微々たるものよ」
「⋯⋯やろう、力入ること言ってくれんじゃねえか」
ハイネは見ていた。目の前の従者が主に対して敵愾心を抱いていることを。故に、刺激する。
「よいぞ! 娘、良い悪意じゃ。情念の怪物というのも中々侮れない」
もはや黒い靄として目視できるほどの感情の渦。小娘と侮った相手だが、たったこれだけで果たして何十人分の悪意を発しているのか。ハイネは昂る心のまま哄笑を上げようとして、気付く。
(なんだ、これは⋯⋯⋯⋯?)
漆黒の汚泥。それだけであれば気に留めるほどでもない。だが、感情が掻き乱される。漆黒の汚泥が放つ精神汚染の効果。これまで会った人間の英雄の中には、精神の動きに干渉する能力を持つ者もいた。しかし、その効果も悪竜王には微々たるもの。
「これ、は⋯⋯!」
「へえ、気付きやがったか!」
増大する悪意の渦。口の端から涎を垂らしながら、あやかは前傾姿勢に拳を構える。この結界の精神汚染、彼女は間違いなくその影響下にあった。
「ははっ、よいぞよいぞ!」
ざわつく心を、ハイネは実力でねじ伏せる。常人であれば立っているだけで発狂しかねない世界で、たった二人、向かい合う。
「いくぜ」「許す」
地を蹴ったあやかは、たった一歩でハイネを拳の射程圏内に収める。放たれた渾身の一打を、ハイネは真正面から掴んで、そのまま捻り投げた。折れた骨が肉と皮を突き破り、あやかの右腕が吹っ飛ぶ。
「⋯⋯?」
あやかはその勢いを殺さない。
下から顎を跳ね上げるような回し蹴り。
「ふむ⋯⋯?」
を、ハイネは軽く振った腕で弾き飛ばした。派手に吹っ飛んだあやかが漆黒の汚泥に沈む。
「ワシ、強くない?」
とぼけた表情で言ってのけるハイネだが、ふざけているわけではなかった。彼自身、普段とは比べ物にならない自分の力に驚いている。
「
泥が盛り上がり、あやかが不敵な笑みを浮かべながら這い出てきた。肩を回し、ストレッチをしながら身体の調子を確かめる。千切れたはずの腕はとっくに再生していた。
「よし! ようやく回路が繋がったぜ。魔力も魔法も問題なし」
「立つか。そうでなければ余興にもならんがのう」
ざわり。湧き立つ感情にハイネは眉を顰めた。この世界の精神汚染は感情を膨れ上がらせ、滅茶苦茶に掻き乱す。そして、その顔面を右ストレートで打ち抜かれた。
「見えんかったぞ」
「⋯⋯少しは効きやがれ」
よろめきもしないハイネがあやかの手首を掴もうとして、あやかは素早く引っ込めた。細かいフットワークで翻弄しながら打撃を叩き込み続ける。
「⋯⋯分かった」
「リロード――――インパクトキャノン!!」
「お互いに強くなっとるな?」
膨れ上がった拳撃の威力を、ハイネは片腕で受け止める。だが、その衝撃が殺しきれない。ビリビリとひりつく攻撃の余波に、悪竜の王は一歩後ろに下がらされた。
あやかはにっかりと笑った。
「ワシはお前さんの悪意を増大させ、その感情を糧にここまでの力を得ている」
「俺様はあらゆる感情を魔力に変換し、無限に強くなり続けるぜ」
つまり、この二人が揃えば。
お互いの力は無限に増大し続ける。
「これは――――面白い」
ハイネがにやりと笑った。その言葉を発する間にも、あやかは二撃放っている。ハイネは三撃目をようやく防御し、口元の血の拭った。
「ほほう、唇を切ってしまったのう。これは退屈せんわい」
「リロードロード!」
「時空竜を穿ったその威力、まだその先があるのだからなあ!!」
ハイネの小柄な肉体が泥に沈んだ。あやかの震脚が泥の海を揺らすも、同時にハイネはあやかの背後に躍り出ている。振り返る間もなく背中から当たりに行くあやかがハイネの体勢を崩した。
精神汚染、その効果はじわじわと浸透していく。
その結果刺激されたのは、揃って闘争心だった。
「インパクト・マキシマム――――ッ!!」
「ぬぅおおおりゃ!!」
あやかの全力の一撃を、ハイネの拙い蹴りが押し返す。衝突の衝撃が異界そのものを揺らした。ハイネが足を下ろすまでに、あやかはもうリカバリーを済ませている。
「リロード――
ハイネが頭突きで押し戻す。
「
ハイネが掌底で弾く。
「
ハイネが拳で迎え撃った。
同時、無色透明な衝撃波があやかを薙ぎ払う。悪竜のブレス。普段であれば大岩を砕く威力が最大出力であったものの、この異界に限っては一発で都市そのものを壊滅せしめる威力があった。
「ああ、すごい!」
ハイネが純粋な感想を述べた。ひどく上機嫌だった。精神汚染の波も、慣れてしまえば悪竜の力の源泉となる。
「ああ、すげえなああ!!?」
そして、何より。果たしてこの少女は何千人分の悪意を吐き出してくれるのだろうか。拳の応酬が、拮抗する。ハイネの動きが、格闘術として研ぎ澄まされていく。技術で優っていたあやかの動きを、この戦いのうちで吸収している。
学習し、成長する。その気にさえなれば、いくらでも。
ハイネはあやかの足払いを踏みつけ、前のめりになった顎を蹴り上げる。反撃で入れられるサマーソルトキックを肘鉄で壊し、浮いた身体を思いっきり殴り飛ばす。
その一連の流れは数秒にも満たない。破裂する肉体が再生を果たし、あやかが再びラッシュをかける。
「まだやるか!?」
「もち! 俺様は無限に強くなる! 伸ばせば届く! 最高だぜ悪竜王ッ!!」
「まだまだワシは本気を出しとらんぞ? しかも、お前さんの悪意でまだまだ力が膨れ上がるッ!!」
応酬。ラッシュ。漆黒のモノクロ世界が紅く染まるほど。ハイネの傷も少しずつ増えていくが、未だ軽傷の域を出ない。そして、自身の傷から飛び散る血をじっと見つめた。
「インパクト・マキシマムッ!!」
拳撃を腕のガードで受け流し、密着した体勢でのインファイトを肉体の強度で抑え込む。彼の右手だけが奇妙に膨張し、あやかの頭部を鷲掴みにした。その手には、ベッタリと悪竜王の血が溜まっている。
「気に入った――――ワシの眷属として迎え入れようッ!!」
悪竜王の血を無理矢理流し込み、そのままあやかの頭部を漆黒の汚泥に叩き潰した。
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