vs悪竜王ハイネ(前)
「悪竜王ハイネ……!」
「邪魔だ」
ハイネはあやかの土手っ腹に突き立てた腕を雑に振るった。彼女の肉体がぶっ飛ばされ、摩天楼の一つに激突した。遥加が大きく下がろうとするが、マルシャンスがその腕を掴んだ。
「え、マルシャンスさん……?」
「かっかっか! よいぞ、マルシャンス!」
ハイネの右手に悪意のエネルギーが収束する。マルシャンスはハイネの斜め後ろに控え、そのまま跪く。
「フェアヴァイレドッホ!!」
『浄化』の光が悪意のエネルギーを打ち消した。数歩下がったハイネが、自身の頬に走った傷を舌で舐めとる。
「さりとは恐ろしき力よ。こうして弱ったところを仕留めに来て正解だったわい。そうは思わぬか、マルシャンス?」
「……ええ。左様でございます、陛下」
「そこを動くなぁ!!」
小銃を構える真由美が声を張り上げた。
「真由美ちゃん、手を出さないで!!」
「だから邪魔だと」
ほんの一睨み。それだけで真由美は悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばされる。
(ぐぅ――――なんだ、コイツッ!!?)
立ち上がろうとしたその身体は、摩天楼の影に隠れていたバッドデイに止められ、そのまま改造車両(合法)に乗り込まされる。彼は人差し指を立てて口に持っていく。「静かにするように」というジェスチャーだ。
「……それ以上私の仲間を傷つけたら、容赦しないよ」
「おお、怖い怖い! しかしそのザマでどこまで抵抗出来るのかなぁ?」
光の大弓を構える遥加を前に、ハイネは煽るように笑った。魔力は残り少ない。負った傷も少なくない。それでも『浄化』の魔法は確かに効果を発している。油断を誘えている今ならばあるいは。
「――――つらぬけ」
光の大弓が発光する。悪意の波動をばら撒きながら大きく下がろうとしたハイネが、その場から動けない。痛み。視線を落とす。傍で控えていたマルシャンスが矢尻で悪竜王の右足を突き刺し、地面に縫い止めていた。
「⋯⋯貴様ぁ」
「お覚悟を」
仮面の下から注がれる悪意の視線。
ハイネは指を鳴らした。遥加の両脇から飛び出してくるのは。
(甕持ち⋯⋯? しかも、アタシへの監視用の⋯⋯全部あの子が倒したはずじゃ⋯⋯⋯⋯マズい、じゃあ全ては筒抜け⋯⋯ッ!?)
「大丈夫」
遥加はハイネから視線を逸らさなかった。迫る悪意の波動を、彼女の感覚は正確に掴んでいた。左右から突撃していくる犬型と猫型の機械。遥加の左右に迎え撃つように召喚された大弓は、その狙いに甕持ちを収め――――
「ダメ――――ッ!!?」
『浄化』の矢が甕持ちを消し去ると同時、目視で状況を確認していたマルシャンスが悲痛な声を上げた。少女を庇うように前に出ようとするも、ハイネに後ろ髪を引っ掴まれてその動きを止められる。
「よう見ぃ。ワシらの宿敵が潰える
二体の甕持ち――に絡み付いた無数のマイクロマイン。
『浄化』の効果そのものは機械や兵器には通じない。ハイネは甕持ちの監視からそれを理解していた。そして、一射だけで弾き飛ばせるほど括り付けられた数は少なくない。むしろ、中途半端な弾き方のせいで、助けに入った真由美のリボンも爆風に押し戻されてしまう。
「ハッハッハッハ! 愉快よのぅ、マルシャンス!」
「――――――ッ」
すべてが悪い方に噛み合った結果に、ハイネが悪趣味な哄笑を上げた。悲鳴すら上げずに、遥加は黒い息を吐きながら倒れる。ハイネはマルシャンスの髪を引っ掴んだまま、その光景がよく見えるように顔を押し出した。
「ほぅれ、もっとよく見⋯⋯「させねえよッ!!」
強烈な光に、ハイネの目が眩んだ。バッドデイの改造車両のハイビーム。その手からマルシャンスがすり抜けたのを感じる。そして、衝撃。真正面から轢き飛ばされたハイネが宙に舞った。
そのまま加速し続けてこの場を離れる改造車両の運転席で、バッドデイはエンジンの爆音に負けないように声を張り上げた。
「全員回収したか!?」
「高月さんが見つからない!」
「クソがッ! そう遠くには「いいッ! 出してッ! あの人なら――――きっと大丈夫だから」
泣きそうな真由美の声に、バッドデイは力強く頷いた。後部座席に乱雑に乗せられた二人。マルシャンスが必死に語りかけるも、少女はぐったりしたまま動かない。
「追ってきてる⋯⋯!」
『治癒』の魔法で遥加の傷を癒しながら、真由美はフィールドスコープを覗き込んでいた。膨大な悪意の塊が迫っている。対象の構造を見抜くだけのスコープではっきりとした感情の色が目視できるのは、悪竜の力としての具現か。
「これ以上速度は出ねえぞ!!?」
速度計は時速500kmを指していた。圧倒的なGで真由美もまともに身動きが取れない。それでも、悪竜王との距離はじわじわと迫っている。
「アタシが⋯⋯!」
マルシャンスが執念のみで大弓を引き絞る。涙の雨。ありったけの魔力を込めて分裂した矢群がハイネの勢いを削ぐも、効果は微々たるものだ。
追いつかれる。
それまでに。せめて。
あの時空竜に立ち向かった仲間たちに接触できれば。
「ハッハッハッハ! ずぅいぶぅんと! たぁのしませるのうぅ!!」
真由美は後ろを振り向いてギョッとした。禍々しい黒竜が進行方向の障害物をズタズタに引き裂きながら迫ってきている。マルシャンスが抵抗虚しくその力を使い果たした。真由美もその魔力が、もうすぐ尽きる。
二メートル。
飛びかかればもう届く距離。
――――ありがとう
遥加の声が、奇妙に耳に残った。
ハイネが放つ特大のブレス。無色透明な衝撃波でありながら、その威力は心臓の髄まで伝わってきた。間違いなく全滅する。誰もがそんな諦観に包まれた直後だった。少女の手がブレスに伸びる。
「フェアヴァイレドッホ――――
全滅必至のブレスが消滅した。『浄化』の
「なんだ、その力は⋯⋯? こんなもの今までで見ておらんだ。それとも『完全者』や『時空竜』に対して温存の余裕があったとでも!?」
答えはない。伸ばした遥加の手は、力なく落ちた。だが、追撃を仕掛けようとしたハイネが大きく体勢を崩して大地に転ぶ。
今度はその理由がはっきりと分かった。
「高月さん⋯⋯!」
真由美の声に喜色が混じる。獰猛な猛禽のような目付き。少女が悪竜王の足を引っ掴んでいた。勢いに弾き飛ばされそうになるも、大地にしがみ付いて耐えた。その口元が動く。
『ここは俺様に任して、行け』
――――ダメだよあやかちゃん、その方法じゃ
遥加の声が聞こえた気がした。だが、真由美は振り切って合図を出す。応えたバッドデイがアクセルベタ踏みで突き進む。ハイネは、追いつくことを諦めたのか再度ブレスを放とうとして。
「フェアヴァイレドッホ――――
漆黒の泥沼が二人を包む。真由美はそのモノクロの世界の恐ろしさを直に経験していた。だからこそ。
「⋯⋯いいのか?」
バッドデイが問う。
「はい。高月さんでもどうにもならないのならば⋯⋯もう手はありません。それよりアリス⋯⋯叶さんを、はやく⋯⋯⋯⋯」
魔力を使い尽くした真由美が意識を手放す。バッドデイはバックミラーを見た。マルシャンスは、何も言わずに遥加を抱き締めたまま動かない。
とにかく距離を空ける改造車両の後ろ。
ハイネとあやかの姿はどこにもなかった。
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