vs魔法少女ニュクス(後)

「フェアヴァイレドッホ――――童話の女王メルロレロ・ルルロポンティ


 ネガ詠み。


(どうして私は、今使ったの⋯⋯⋯⋯?)


 ネガは人の情念の根底に隠された欲望の開花。情念の怪物としての本体を晒すのがどれだけ危険なのか、分からぬ彼女ではない。故に、あの『冷笑鏖殺』相手にも、もちろん相性的な問題も大きいが、使えなかった。


(戦略的な意味があったわけじゃない。あそこで負けても、それはそれで良い経験値だった)


 まるで、クレヨンで描いたかのような稚拙な星空が、頭上に展開されていく。


(私は、高月さんに勝って、アリスの傍にいられて⋯⋯⋯⋯それで)


 夢は、叶ったのだと思っていた。

 セントラルに来てからの日々を思い出す。あの歪な『テセウスの舟』には、手も足も出なかった。『冷笑鏖殺』には好き放題やられてしまった。剣鬼せんせいとの実力差がどれほどのものか、実はまだイメージすらできていない。


「そうだよね、メルロ。私の夢はまだ終わっていない」


 まだまだ上がある。だから手を伸ばし続ける。

 自分の夢に胸を張れる――――そんな誇りを。


「挑戦しよう。私はまだまだ夢想の物語メルヒェン・サーガを紡いでいたい」







「ヨシッ! 決ちゃ!?」


 高々に決着を宣言しようとしていた実況猫を、ニュクスは闇の弾丸で牽制した。間近でプレッシャーを感じる彼女だけは、その全てを理解していた。


「魔力が滾る……本能が疼く……! そう、この感覚っ! 堪んないねぇえ!!」


 叫ぶ。溢れんばかりの闘争本能。消費魔力が激しいダークネス・バズーカを放った後でも、力の奔流が止まらないのだ。


「待たせたわね――――私がマギア・メルヒェンよ」


 飾り気の無い水色の椅子。その表面には一切のザラつきもなく、鉄にも絹にも見える幻想的な感触があった。真由美が立ち上がると、椅子は音もなく崩れていく。

 そして、その後ろ。三メートルほどの巨体、水色のマネキンが彼女を庇うように腕を伸ばしていた。決して無傷ではない。だが、傷だらけだからこそ、より煌めく。


騎士ナイツ


 女王メルヒェンが両腕を広げると、ぺらぺらの紙の騎士が大量に湧き上がる。ニュクスはその光景を黙って見届けながら、集中力を高めていた。

 滅多にいない。

 自分にここまで追い縋るなんて。

 クレヨンで描かれたような稚拙な星空がマネキンを、土台の魔本ごと包んで消える。真由美の周囲に浮かぶ白球が、無数の刀剣類を生成した。


「ふふっ、やっぱりあなた強いわね。私が見込んだ通り……いや、それ以上の強さだった! 賞賛してあげるわ!」


 喝采の声を上げるニュクスが、黒光杖ダークサクレクールを高々と掲げる。真由美はその視線の動きと重心の機微を見た。この布陣を突破する地点を探っている。


(見えた)


 セントラルに来てからの修行の日々。あの剣鬼の足捌きを何度も見ていた。ニュクスが放つ刃の角度も、次いで放たれる弾丸の数も、真由美が見定めた光景と一致していた。


(これが、師匠せんせいが見ていた景色⋯⋯? 高月さんは、多分、この領域にいたんだ)

「ノワールシールド!」


 真由美が放った刀剣類の掃射を、闇のシールドが全て防いだ。今の真由美には見逃そうはずもない。あの結界は、真由美が攻撃を放つ直前に張られていた。


「ニュクスさん!」

「メルヒェン!」


 お互いに、理解している。

 真由美がこの試合を通して成長していること。ニュクスの戦闘経験が開花していること。だからこそ、どこまで至れるのかを試してみたい。


「掃射――――手順を複製」

「ノワールシールド――――そして」


 シールド張りながら突撃するニュクスに、真由美は半歩下がった。杖による欧撃が空を切り、その足元に闇が満ちる。


「りりり!」

「ノワールリボン!」


 拘束技の応酬を制したのはニュクスだった。だが、手応えの無さに真由美の動きを把握する。拘束された目前の分身を闇の刃で切り裂きながらニュクスは前進。



 紙の騎士どもが群がってくるのは分かっていた。一瞬だけ視線を回すが、真由美の姿はない。


(泡か。戦いの運びが上手い)

「ノワールエンチャント!」


 使い魔どもに闇の力を押し付けてその力を削いだ。

 光の屈折率を変えるシャボン玉は、さっき見ている。黒光杖による殴打、斬撃、拘束。魔法を行使しながら身のこなしで騎士どもを殲滅していく。

 そして、合間に放つ闇の弾丸。空気の揺らぎから乱れた屈折率に、真由美が潜む地点が割り出される。驚くべきことに、位置を割り出された真由美は人差し指を曲げて挑発していた。


「リロードロード!」


 加速しようと踏み出したニュクスのつま先が、超加速した真由美の足に踏みつけられる。乗せられた。気付く直後、その顎が勢い良く蹴り上げられる。


「ノアール――」

(間合いを見て。息遣い。予備動作。彼女の魔法は洗練されている。狙いが読めれば、そこにしか飛ばない)

「バレットハリケーン!!」


 弾丸と斬撃の嵐に、真由美は身を開いて立ち止まる。地に叩きつけられたニュクスがその目を見開いた。彼女には分かっていた。


「トドメ」


 すり抜けた闇の連撃。真由美の刺突に、ニュクスは闇の武装アームド・ノワールで対抗する。


(刃が通らないのなら)

「遅い!」


 倒れた背面で闇魔法が膨れ上がる。強引に起き上がったニュクスが杖で真由美を叩きのめす。緑色の光がその傷を癒した。


「間合いは掴んだ――――三歩必殺」


 ニュクスの目には、真由美の姿が消えたように見えたことだろう。だが、この技はもう見ているし、防いでもいる。急所を守るように残り少ない魔力を配分させる。一撃を耐え切れるほどの負傷であれば、反撃で仕留め切る自信があった。

 事実、水色の刃は背後から首を狙う。

 闇の鎧がその刃を喰い破ろうとして――――その目標を見失った。


「刃が、ない⋯⋯ッ!?」


 真由美は刃の組成を解除して、柄だけの刀を盛大に空振りしていた。そして、振り抜いた先で刃が再構成される。水色の道が逆ベクトルに伸びた。


「ロード、逆向リワインド


 どんな頑強な防護も、その集中を外されると攻撃は通る。剣鬼の異様な攻撃力の正体として、真由美は簡潔にそう教えられていた。


「三歩必殺、裏――――峰よ」


 振り抜いた刃がその軌跡を逆戻しに辿る。必然、ニュクスの鳩尾に叩き込まれたのは刀の峰だった。刃すら砕く鎧が、間隙を突かれて峰に砕かれる。

 同時、ニュクスの闇光杖が真由美の鳩尾に突き刺さっていた。見えなかった。読めなかった。お互いに不意をつかれた一撃に、その身が地に伏せる。

 意識が刈り取られる直前、真由美は引き分けドローのコールを聞いた。

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