従者、認められる
【エリア0-1:セントラル市街地】
――――話は、『完全者』攻略戦前に遡る。
「間合いが近い」
「――――っ」
竹刀で器用に足元を掬われて、真由美は派手にひっくり返された。だが、そこで止まらない。軽過ぎる手応えに眉をひそめたホノカと、自分から跳んだ勢いでバク宙する真由美。下段一振り、すぐに対応してきたホノカの足払いを今度は防ぐ。
「これ、なら⋯⋯っ!」
突き出し。
いつもならその刃の腹を竹刀で叩かれるものの、下に縫い付けたそれは今度こそ間に合わない、はずだ。
「忘れたの⋯⋯? そこはもう間合いなのだけど」
「い――――っ!?」
ぞくりと背筋に電流が走る。ホノカの太刀筋に子どもをあやすような優しさはなかった。手首と足捌き、それと呼吸か。真由美に認識できたのはそこまでだ。
竹刀で日本刀を跳ね上げられる。真由美とは段違いの初速。大きく体勢を崩された真由美の顔は、ホノカの握力で締め上げられていた。アイアンクロー、それも指で脳を刺激しているのか手足に力が入らない。
「⋯⋯あ、ごめん。少し本気出しちゃった」
雑に投げ捨てられた真由美が、猫のようにしなやかな動きで受け身を取る。剣鬼との稽古で一番上達したのは、間違いなく受け身の技術だった。
「ああ、竹刀折れちゃった。ここの備品だし⋯⋯始末書かなぁ」
竹刀で日本刀を斬り上げたのだから当然の結果。裂けて使い物にならない状況も、両断まではされていないことに真由美は戦慄した。
「始末書かなぁ⋯⋯ちら」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「始末書かぁ⋯⋯ちら、ちらちら」
「いいですよ! 私書きますよ!!」
荒い息のまま、真由美はやけくそに言い放った。
「⋯⋯というより、消耗品扱いじゃないんですね」
「物品愛護の精神は大事。理由があっても使い潰しは良くないよ⋯⋯物であれ、人であれ」
「そんな大袈裟な話はしていませんっ」
ホノカは、かつてセントラルを追放された男を思い出していた。彼は今、異界の女神に討たれようとしている。本来であればセントラル内で決着をつけるべきことだったが、女神アリスから別の神性が関わっている可能性を聞かされて押し切られてしまった。
(私が行って、斬ればそれで済むこと。そうすべきはずなのに⋯⋯)
「でも、まあ⋯⋯そうですね。肝に銘じておきます。稽古のたびに始末書沙汰なんて、ご勘弁願いたいですからね」
「ああ、それは大丈夫。これ、私物だから」
言葉が耳に届くのと、その切っ先が目前に突き付けられていることを視認したのは同時だった。
(いつから、あったの⋯⋯? 今突き付けた? それともずっと私に気付かせなかった?)
刀身が赤く染まったその刀。重心が偏るから、とホノカは稽古中常に腰から下げていた。セントラル最強の剣士の代名詞、『
そして、真由美はようやくこの光景が示す意味に気付く。
「次からこっちでやるから」
「は、はぃ⋯⋯」
少女の声が震えたのも、無理もない話だった。
♪
始末書を提出した真由美は、げっそりとした顔で行政府中央役所から出てきた。早くホテルのふかふかベッドで寛ぎたいところだった。
「お疲れ様」
「お疲れ様です⋯⋯ええ、お疲れ様です」
入り口すぐのベンチで寛いでいるホノカと出くわす。
「まあ、座りなよ」
「⋯⋯はい」
逆らえないことをその身に教え込まれている真由美は、退勤後に上司に捕まる大人の経験を果たした。
(ん⋯⋯⋯⋯?)
ベンチの隣に腰掛けようとしたとき、スズメ程度のサイズの青い鳥が視界に移る。
(あれってまさか、『幸せの青い鳥』ってやつ?)
幸運を呼ぶ青い鳥の伝説は、真由美が元いた世界ではおとぎ話の一つだった。なんとなく好奇にかられて追いかけようとしてしまう。だが。
「――――ふんっ」
ホノカの無慈悲な一閃が青い鳥を両断した。何やら炎上し始めるも、返す刀で炎ごと両断される。わずか半秒の早業だった。
「――――鬼! 悪魔! なんてことするんですか!?」
あんまりな光景をいきなり目前で披露された真由美は、抗議の声を上げる。その声色には、隠しようもない悪意が滲んでいた。
「あれ、セントラル内には出てこないはずじゃ⋯⋯⋯⋯? なんかきな臭いかも」
「聞いてるんですか!? 一体どんなつもぐふぅ!!?」
「⋯⋯君も馬鹿正直に飲まれないでよ」
鳩尾に一撃入れられた真由美は悶絶する。ホノカは『
「斬って燃えたの、見たでしょ? 魔物の類だよ、あれ」
「げふ、げほ⋯⋯セントラル内に、魔物⋯⋯?」
「多分。お互い、気を付けようか」
拗ねた表情でベンチに座る真由美に、ホノカは小さく溜息を吐いた。そして、懐から何かを取り出す。
「食べる?」
細長いチューブ上のアイス。2つ連結されている繋ぎ目をパキッと割って、片方を真由美に差し出す。
「⋯⋯いただきます。ありがとうございます」
「はい」
「ちゅめたっ」
「異世界の技術でずっと凍結しているからね、飲み口を噛んだら凍結魔法も解けるよ」
(なんなのよ、その謎技術⋯⋯⋯⋯)
シャリシャリした食感と、甘ったるいミルクのような味。真由美の口元が自然と綻んでいく。
「おいしい?」
「っ!? ええ、はい」
真由美は口元を隠した。赤くなった頬をホノカが指でつつく。
「⋯⋯やめてください」
「やめる」
「⋯⋯⋯⋯」
「続けてほしかった?」
真由美はそっぽを向いた。
「――――ふふ。例の『
「⋯⋯なんですか、いきなり」
ホノカは自分の頭をガンガン叩いた。アイスクリーム頭痛というやつだ。
「君は諦めなかった。だから、まだまだ成長する。私が保証する」
「ど、どうしたんですか⋯⋯いきなり」
動揺した真由美が勢い良くアイスを吸い込み。それから自分の頭をガンガン叩いた。アイスクリーム頭痛というやつだ。
「セントラルに巣食う闇――――一緒に戦ってみない?」
真っ直ぐこちらを見てくるホノカに、真由美は目を逸らすことは出来なかった。自分が認められたことをようやく理解する。
「私、弱いですよ?」
「知ってる」
「私不器用ですよ?」
「知ってる」
「私、ドジ踏みますよ?」
「知ってる」
「⋯⋯少しは否定してください」
「しないよ、全部事実だし」
真由美はガックリと肩を落とした。
「でもね。頑張り屋さんだし、根性あるし、真面目さんだよ。そんな自分に誇りを持っている。力だけじゃないものを、君は持っている」
「ズルいこといいますね⋯⋯⋯⋯せんせい」
「んんーー、可愛げはもう少しあってほしいんだけどなあ⋯⋯?」
「⋯⋯私はかわいくありませんから」
ぷいっと拗ねた真由美がアイスを勢い良く吸い込む。頭をガンガン叩く。やはりアイスクリーム頭痛というやつだった。
「受けます。私はもっと強くならないといけない。だから、一つでも多くの経験を積みたいんです」
「オーケー、良い返事だ」
そして、ホノカは一枚のチラシを差し出した。
「今までの修行の成果を存分に活かしてきな」
真由美はそれを見て目を疑った。それは何かの大会だった。修行の成果を存分に活かすという言葉通り、腕っぷしを試されるようなものだろう。
「あの、ホノカさん、これは⋯⋯⋯⋯?」
「君にはこれに参加してもらう。で、大活躍して運営者から接触されてほしい。そいつが今回引き摺り出したい『闇』ってやつだ」
「いや、これは⋯⋯⋯⋯?」
「見て分からない? 君にはこれに参加してもらう」
ホノカはチラシをひらひらさせながら、言った。
「U-17セントラル一最大絶命暗黒魔法少女武闘会に!!」
「U-17セントラル一最大絶命暗黒魔法少女武闘会に!?」
――――魔法少女メルヒェンッ!!
――――U-17セントラル一最大絶命暗黒魔法少女武闘会に参加決定ッ!!
――――次回、U-17セントラル一最大絶命暗黒魔法少女武闘会編開幕ッ!!
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