女神、時空竜との戦いに赴く(前)
「へえ、殺したんだ」
「⋯⋯うん、まあね」
元気に飛び跳ねてきたあやかの言葉に、遥加は顔を曇らせた。どうせわざとだろう。息絶えたジェバダイアを一瞥して、あやかは遥加の肩を叩いた。
「私、結構ボロボロなんだけど⋯⋯あやかちゃんは元気そうだ――――て、ええぇ!!?」
「⋯⋯んだよ?」
驚愕の声を上げる遥加に、大音量をぶつけられたアルが鬱陶しそうに顔を背ける。左目から頬までかけてバッサリと断ち切られた傷跡。そして、その身を貫く刺し傷の数々は常人であればどれも一撃で致命傷になるものだった。後ろに続く風刃竜にも、その身に受けた生々しい傷が光る。
「え! いや、それ大丈夫なんですか!?」
「支障ない⋯⋯と強がってはいたいものだな」
「俺は余裕だぜ」
「俺様も元「今治療します! マルシャンスさん手伝って!!」
遥加の両手に灯る『浄化』の光。その魔法には多少なりとも傷を癒す効果がある。ここまでの大怪我にどれほど役立つのか自信はないが、何もしないよりは遥かにマシだ。
「――――て、あれ⋯⋯?」
上げようとした両手が、うまく上がらない。彼女もまた、限界を超えて肉体を酷使していたことに変わりない。マルシャンスの裏返しの感情が癒すのは、そんな少女の身体だった。
「貴方たちの頑丈さを信じるわ。アタシもそんなに余裕がないし、癒しの術には長けていないの」
「マルシャンスさん!?」
「おう」「支障なし」
「皆様が今日も明日も元気で在れるようにリア様にお祈りしますね!」
されるがままの遥加と、その身を抱きながら傷を癒すマルシャンス。その後ろで『リア様お祈りの舞』を披露するエレミア。そして後ろで謎に踊っているあやか。
アルとシュライティアが腕組みにしながら仏頂面を浮かべている。
と、一同の意識は徐々に近付いてくる爆音に移った。
「俺、到着!! ベストタイミングだったか!?」
セントラルを中心に悪名響かす、クレイジー・バッドデイその人だった。
「あ、バッドデイさん大丈夫だったんだ!?」
「あたぼーよ!」
彼は無傷だった。後部座席の白埜とウィッシュにも傷はない。彼が立てた作戦とやらはうまくいったようだった。
「⋯⋯アル。また、こんなに⋯⋯うっぷ」
訂正、あまり無事ではなかった。よろめきながら口元を押さえる彼女を見て、すっ飛んできたのは満身創痍なはずのアルだった。
「どうした!? 大丈夫か!?」
「いや、ちょっと⋯⋯⋯⋯よった」
「おーほしさーあまーーきーらきらーーーー⋯⋯⋯⋯」
天を見上げて放心するウィッシュ。
「⋯⋯バッドデイさん、なにしたの?」
「ん? 俺が出来るのはドライブだけだぜ?」
その言葉に、遥加は頭を抱えてマルシャンスに倒れ込んだ。
「⋯⋯⋯⋯ちなみに、どこまで行ってきたの?」
「『完全者』の奴らはシュヴァルトヴァルトの東端で奴らを置き去りにしてきたぜ! いやあしかし、しばらく見ねえうちにあんなことになってたなんてなあ⋯⋯⋯⋯その後エリア全てを1周半して戻ってきたとこだ」
「とんでもない話ね。彼、やっぱり無敵なんじゃない?」
スピード狂に付き合わされてボロボロの少女たちに、遥加は全力で謝り倒す。アルに睨まれて少し凹んでいた。
「へい、大将! コントやってる場合じゃねえぜ?」
「コントじゃないんだよ、あやかちゃん⋯⋯⋯⋯」
「全員、気付いてるんじゃねえのか?」
あやかの言葉に、空気が重くなった。
言った本人は身軽なステップで遥加をマルシャンスから奪い、抱き寄せる。かと思えばすぐに突き飛ばして、マルシャンスが慌てて抱き止めた。やりたい放題である。
しかし、遥加は手の中にUSBメモリが握られていることに気付く。氷壁頂上にて手にしただろうこの星の歴史。ここに至って渡されたのは、何かを試されていたのだろうか。
「時空竜か。俺は行くぜ」
水晶型の通信端末を振りながら、アルは意思表明をした。通信機能はオンにされている。通信先の誰かに伝えるためだろうか。
「アル殿、我もともに」
「アルがいく、のなら⋯⋯」
「お友達が行くならばー!」
「リア様の敵は全て滅する、即ち全滅でっす!!」
「多いな、初期メンバー!?」
「ちょっとは悩んでその身体!?」
アル一派は全員向かうことに依存はないようだ。だが、『完全者』との戦いで、非戦闘員である白埜とウィッシュ以外は満身創痍。見た目からして満身創痍の野郎二人だけではなく、エレミアも魔力すっからかんで外傷はほとんどないものもその身はボロボロだった。
「なるほどな。送ってくぐらいはするぜ!」
全力で首を横に振る白埜と瞳の星が黒く染まるウィッシュ。だが、遥加は自然に自分たちを候補から外そうとしているバッドデイの言動が引っ掛かった。
「ダメだ」
機先を制するバッドデイ。
「嬢ちゃん、あんたのタスクはここまでだぜ? その身体でこれ以上の危険を冒すのは感心しない」
遥加は首を横に振った。確かにここで降りるのは簡単だ。その理由はいくらでもある。だが――――遥加はマルシャンスに視線を向ける。
『分かってると思うけど⋯⋯⋯⋯⋯⋯逃げられないわよ』
悪竜王ハイネ、その悪辣が身を焦がす。
この状況を読んでいたのかと疑いたくなる。遥加とマルシャンスはこの時空竜戦線に参戦することは必須。未だ参戦の意思表示をしていない面々でここを降りるのを許されているのは、バッドデイとあやかだけだった。
「あやかちゃん」
「俺様はアンタに付いてくぜ」
(いいよもう、貴女には頼らない)
意地の悪い言葉に、心の中で意地悪く返す。
「バッドデイさん、ごめんね――――私、行くね」
「⋯⋯なんでだよ」
「強い想いを感じるの。その想いが何かに歪まされているのなら、私は守ってあげたい。それに、この世界の人たちにはたくさん助けてもらってるから⋯⋯もう少しだけ恩返ししたい」
悪竜王とか抜きにした、本心からの言葉。
「よし分かった。俺も行くぜ。仮面のアンちゃんも来るだろう?」
「もちろん」
止めても無駄なのは分かっている。バッドデイはすぐに折れた。激戦で仲を深めたのか、アルやシュライティアとじゃれあっているあやかにはもう聞くまでもないだろう。
「けど、現実問題――この満身創痍で行ってどうなんだ?」
半死半生の二人にデュクシデュクシしているあやかが言う。ボッコボコの返り討ちに合っている彼女に苦笑いを浮かべながら、遥加は天啓を閃いた。
「うん、そうだ――――――――私に良い考えがある!!」
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