vs宇宙大将軍ジェバダイア(後)
「ああ――――心が洗われるようだ」
どれほどの光の矢を受けただろうか。それでもジェバダイアは決して倒れず向かってくる。その姿を捉えるのは、遥加の冷徹な双眸。
「私の『浄化』は、貴方の想いの濁りを澄ます」
「⋯⋯どうりで。君はそれで、本気で私を止められると思っていたのか?」
ジェバダイアが持つ虹天剣から七色のレーザーが噴き出す。遥加は短いステップで方向転換しながら紙一重で回避するも、光はホーミングして追いかけてくる。
「揺るがぬよ、私の理想は」
遥加の周囲に光の大弓が浮かぶ。『浄化』の一斉掃射が虹の光を打ち消した。
「そのようですね」
ジェバダイアから『完全者』の特性はほぼ消えかかっている。上位神性の介入も、何十本もの『浄化』が不純を溶き流していった。
そして、純化された想いだけがそこに残る。
「私に下れ、異界の少女よ。君に世界は狭すぎる」
「私を従えたかったら、力尽くで想いを挫いてみてください」
「無論」
大弓を構えながら一気に距離を詰める遥加を一笑に付すかのように、ジェバダイアは虹の翼で飛翔した。本来の狙撃タイプならば狙い撃ちにされるだけだったが、この少女は違う。彼の目をもってしても、大弓使いのインファイターなど想像だにしていなかった。
「おとせ――――光浄輪」
ジェバダイアは虹天剣を前に構えた。五張りの大弓から束ねられる光の槍を弾き飛ばす。
その間に、遥加は動き回りながら光の矢を放ち続ける。ジェバダイアは虹天剣を大きく振り落とした。
「ぬるい、その程度か」
虹色の奔流が大地に降り落ちた。遥加が虹の落下地点に向けて大弓を並べる。辛うじて相殺したものも、大弓はどれも蒸発していた。
「私は変革を為すぞ。蔓延る
「そんな世界に、どれほどの価値があるんですか?」
番えた光の矢が、一層強烈な光を放つ。遥加の額に嫌な汗が浮かんだ。このプレッシャーは。
「価値は、私が作るのだ。喜べ――この世界は幸福だぞ」
(この人は、本気でそう思ってるんだ⋯⋯)
大弓と剣の鍔迫り合い。
『終焉世界ハッピーエンドストーリー』の矢先に、虹天剣の光が叩き付けられていた。『浄化』が押し負ける。半身を開いて必殺の軌跡から逃れた遥加は、その膝をついた。
「さあ、理解したか?」
遥加は下を向いた。血が広がっている。額から左の頬までがざっくりと裂けていた。瞼を切られ、左目が血に塞がれる。天罰。まさにそう呼ぶべき苦痛が脳まで届く。それでも、遥加は悲鳴ひとつ上げずに新たな大弓を構えた。
「想いなど、無意味だ。理想と、それを為すための力だけが世界の真実」
虹の翼を噴出させ、ジェバダイアは一直線に向かってきた。圧倒的な力でねじ伏せる。最も効率的で、最も明確で、だからこそ力の差を歴然と見せつける。突きつけるのだ、『敗北』という二文字を。
「遥加ちゃん!?」
マルシャンスが声を張り上げた。血溜まりに沈む彼は、傷を塞ぎながらもエレミアに攻撃の余波が届かないように庇っていた。だが、底をついた魔力を回復させることは出来ず、ここまでバーサーカーの如く暴れ回った彼女の消費を回復し切るまでにも至らない。
「大丈夫」
遥加は下がりながら大量の大弓を浮かべる。一斉掃射でジェバダイアの勢いを削るも、完全には止めきれない。遥加はマルシャンスの背から強引に矢筒を奪い取ると、ジェバダイアに向かって投げつけた。
「この期に及んで小賢しいわ!!」
虹天剣の一振りが矢筒ごと遥加を両断した。
だが、一瞬視界が遮られた隙に、遥加は光の分身を残して姿を消していた。
「現実は、そうかもしれない」
声がする方向に、ジェバダイアは虹の力を叩き付けた。矢筒からばら撒けれた大量の矢が視界を覆い隠すが、そんな些事は圧倒的な力で叩き潰す。まさに蹂躙。筋力と魔力ともに、彼我の戦力差は歴然だった。
「でもね――――想いが現実を歪めてしまうことを、私は知っている」
光の乱反射。『浄化』の光が虹の光を逸らし、全方位出鱈目に放出された。マルシャンスはエレミアを庇いながら、その瞬間を確かに見た。
「想いが現実を歪めてしまい、魔法は生じた」
矢の雨と光の乱反射の先。
ジェバダイアは強烈な虹の光を放出するビームライフルを振り上げている。遥加は両目を見開いて、光の大弓を番えていた。傍に転がる止血剤のチューブと、『浄化』の回復効果による応急処置。
「私は、その可能性を、信じている」
「世界を切り拓くのは力だけだあああああ!!!!」
遥加の一射ごと、ジェバダイアはまとめて斬り伏せる。この間合いならば、さっきのような回避も出来ない。そして、遥加の矢ではジェバダイアの屈強な肉体を倒しきれない。
宇宙大将軍ジェバダイア。
その全力の一撃が振り抜かれた。
「ふ、ふふ、ふははははっは⋯⋯」
虹の光は、遥加の額の皮一枚を裂くに止まった。
光が霧散し、虹天剣は杖のような形状に戻っている。虹の光はもう発せられない。何故ならば。
「やはり、私の、見込みは」
ジェバダイアが膝をついた。そして、遥加のように立ち上がりはしなかった。その巨体が大地に倒れる。
「間違って、いなかった――――⋯⋯」
その左胸には、遥加が放った矢が突き刺さっていた。しかし、光の矢だけではなかった。そう、彼女が放ったのは『浄化』の矢だけではない。その光に隠された矢は、マルシャンスの矢筒から引き抜いた矢だった。
放たれた矢は、寸分違わず心臓を貫いていた。『完全者』としての加護を失ったからこそ、人の身としての必殺が通ったのだ。
「その想い⋯⋯最期まで揺るがなかったね」
遥加が両腕をだらりと垂らした。彼女の筋力では、マルシャンスが自身の体格と筋力に合わせるように威力を調節した矢を放つには不足だった。ここ一番で肉体のリミッターを外した代償として、彼女の両腕はまともに物を握れないくらいにボロボロだった。
その小さな身体が、大きく揺らぐ。
「⋯⋯⋯⋯遥加ちゃん」
「ごめん、流石に疲れちゃった」
倒れる直前、遥加の身体はマルシャンスに抱き止められていた。照れるようにはにかむ少女の頭を、マルシャンスは小さく撫でた。
「あれ、マルシャンスさんもう立てるの⋯⋯?」
「忘れたの? 悲しみは傷を癒すための感情でもあるのよ?」
「あの回復魔法、そんなにすごかったんだ」
「いえ、傷が浅かっただけよ?」
遥加はマルシャンスが倒れた辺りに視線を向けた。夥しい量の血がぶちまけられていた。そして、少し離れたところに丸められたマルシャンスのマントを枕に、寝息を立てているシスター・エレミアの姿。
「エレミアさんは?」
「まだ意識が戻らないみたいね。彼女が暴れて盤面を乱してくれたおかげで、なんとか勝つことが出来たわ。彼女の働きに感謝しないと」
「エレミアさんは? 怪我したの?」
「彼女、ほとんど無傷よ。魔力を使い切ってしまったんでしょうね」
遥加の表情から笑みが消えていく。
「マルシャンスさんは、怪我⋯⋯大丈夫?」
「大したことないわ。あれ、血糊だもの」
遥加は起きあがろうとして、『悲哀』に押さえ付けられた。彼女にはそれを振り解けられるほどの力は残っていない。
「マルシャンスさん⋯⋯⋯⋯エレミアさんは、どうしたの?」
「安心して。睡眠薬で眠らせただけだから」
首筋を圧迫される。遥加は、何かを言おうとして、しかし声が出ない。彼女に出来ることは、パクパクと口を動かすことだけ。
やがて、抵抗する力も失われた。『悲哀』は、動かなくなった遥加を抱きながら静かに立ち上がった。
そして、後ろを振り返る――――
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