女神、決戦に臨む
「リア様がリア様してリア様のリア様がリア様するのがリア様なんですよ!」
「うんうん、分かる! リア様がリア様する時、リア様のリア様がリア様なのがリア様なんだよねー!」
「分かります!? 貴女はどこか、リア様の御威光に近いものを感じます!!」
「あはははは、私なんて恐れ多いですよ! それよりエレミアさんのリア様コーデとっても素敵です!」
「ふふふ、そうでしょそうでしょう! ここのリア様がとてもリア様していてですね! これはリア様の偉業であらせられるリア様伝説第三章の――――」
(え、なにこの子⋯⋯⋯⋯リアさんのこと、私以上に熟知してるんだけど。ほんとにただの信者なの⋯⋯⋯⋯?)
この世界を司る女神リアのトークに意気投合しているエレミアと遥加。昼の間に眠るという年齢を鑑みれば貴重体験を経て、どことなくテンションが高まっていた。
黄昏時、『完全者』の拠点に攻め込む準備は整った。
決戦はすぐ目の前に迫っている。
♪
「⋯⋯バッドデイさんっていつ寝てるの?」
「んー? 俺は72時間働ける男だからな! でもさっきこっそり寝てたぜ!」
「気付かなかった⋯⋯⋯⋯」
「ぐーすかだったよー!」
機械王がいなくなったことで、どうやってかバッドデイはここら一帯の乗っ取りに成功したらしい。潤沢な資源とトンデモ兵器に囲まれて愛車を改造し続けている。好奇心旺盛なウィッシュはその一部始終をずっと観察していたみたいだ。
「バッドデイさん、結局前線に出るの?」
「あたぼーよ! ここまで来たら付き合うに決まってんじゃねえか」
「貴方、戦闘要員じゃないでしょう?」
バッドデイが手を止める。
「間怠っこしいのはまだ壁がある証拠だな。単刀直入にズバッと言いやがれよ、大将」
「⋯⋯うん。あのね、今回は下がっていて欲しいの。それはバッドデイさんが戦力外ってことじゃなくて――――いざという時のために、ね」
「へー! 信用されてんなぁ、俺」
言葉尻のニュアンスで、彼には意図が伝わったらしい。女心を読めるのも伊達男の特権だ。
「いいぜ!」
「いいの!?」
「いいよ!」
「いいんだ!?」
「どのみち奴らが束になって敵わないような相手だったら、俺とウィッシュじゃあ本当にどうしようもねえしな。それこそ逃げるくらいしか、な」
「だねー!」
「な、なかよしだね⋯⋯⋯⋯」
バッドデイとウィッシュが指差す先。
上裸のアルとスポブラスパッツスタイルのあやかが並んで逆立ちしていた。しかも両足首には重りを巻いて、腕立て伏せをしている。そして、これから決戦という状況で己の筋肉を虐め始めた二人を、白埜とシュライティアは白い目で見ていた。
「アル殿、そろそろ良いのではないか⋯⋯?」
「ハッ! 逃げんのか色男!?」
「⋯⋯アル。もうむちゃだよ」
「んなわけあるか! 小娘に負けてやるかよお!!」
そもそもの発端が、アルが日課の筋トレを始めたことだった。そして現状の元凶は、煽っているかのように隣で張り合うあやか。これはもう、
そして、二人して倒立から戻り、普通の腕立て伏せの姿勢に移行する。睨みつけられたシュライティが、謎の巨大タイヤを二人の背に乗せる。
「「ぐぅぅぬんううううううう!!!!」」
どうやら想像以上の質量があったらしい。顔面に苦悶の表情が浮かぶ。
「うわお、すごい筋肉⋯⋯男の人の筋肉ってなんかいいよねぇ」
鼻息を荒くして筋トレ空間に突入しようとした遥加を、白埜がむっとした顔で止めた。ちなみに、後ろでバッドデイがさりげなくツナギを脱いでマッスルポーズを披露していたが、彼女らの視界には入らなかった。
「くぅなええ!! 乗れよ早くううう!!?」
「⋯⋯えー、私アルさんの方がいいなぁ」
白埜が遥加の背中を押す。
「あわわ、ごめんね! じゃあ、あやかちゃん失礼するよ」
一切の遠慮なく全力で飛び乗った。潰れそうになるも、全力で堪えるあやか。
「よし、こっちも来い!」
「⋯⋯まぁ、アルがそういうなら」
シュライティアの補助で上に乗った白埜がおっかなびっくりとバランスを取っている。アルの表情にはまだまだ余裕があった。
「ハッ! これは俺の勝ちだな!」
「いやいや、よく見てみやがれ!」
叫ぶあやかが白埜をじっと見つめる。そして、自分の背でちょこんと正座している遥加の姿を考える。そして、言った。
「明らかに俺様の方が負荷が重「――――ふんっ」
言い終わる前に遥加があやかのケツを思いっ切り蹴り抜いた。
「よし、勝負はつきましたね! アルさん、すごいです! でも、もうすぐジェバダイアさんの拠点に向かうので準備をお願いします!」
あやかの頭をぐりぐり踏みつけながらにこやかに笑う遥加。
「あー、いや⋯⋯それはいいんだが、どんな仲間意識してやがんだ?」
遥加は愛想笑いで流した。
♪
「ごめんね、マルシャンスさん。ずっと見張りお願いしちゃってた」
「いえ、いいのよ」
先端工業地帯とマッドシティの境目。この辺りの地理を熟知しているのは、戦術的に陣を敷いていたマルシャンスだった。休息の後、彼は率先して見張りを買って出ている。
「はい」
遥加が手渡すのは『缶コーヒー』なるものだった。先端工業地帯が生産している物資の一つ。遥加の世界には当たり前にあったものだったが、マルシャンの居た世界ではそうでは無かったのだろう。訝しげに受け取るものの、あまりの熱さで思わず放り投げる。
「おっと、と、とぉ」
空中で何度かお手玉している間に少し冷めたか、ようやく手で持てるくらいになった。よく見たら遥加はハンカチに包んで持っていた。そして、悪戯っぽく笑う姿から、狙ってやったことなのが分かった。
「もう、いじわるねえ」
「えへへ、ごめんなさーい⋯⋯でも、落とさないでくれてよかった!」
言われて、マルシャンスは缶コーヒーを包む手に奇妙な違和感を覚えた。手のひらが抱く感触の正体は、小型の機械が2つ。ちょうど耳に入りそうな形状のものを、マルシャンスは仮面のズレを直すフリをして自身の耳に押し込む。そして、もう一つの用途に心当たりがあったか、さりげなく下唇の裏に取り付ける。
『あーてすてす。聞こえたらサインください。本日は晴天なり本日は晴天なり。聞こえたらサインください。本日は晴天、じゃないないこれー⋯⋯あー、本日は曇天なり??』
見ると、遥加の口元がもごもごと動いていた。
マルシャンスは遥加の前に跪き、
「ちょ、ちょっとー! いきなりなんなんですか!?」
「あら、さっきの仕返しよ?」
『装置のオンオフはこれで大丈夫かしら?』
『さすがマルシャンスさん、適応が早いですね。面白いものを見つけたので、有用なら役立てたいんですけど、どうですか?』
「ふふふ、良い反応するじゃない」
超小型のトランシーバー。発生口は口内に貼り付けることで隠密性を確保した掘り出し物だった。通信範囲が一メートル半しかないのがタマの傷だったが。
『ほら、黙りばっかじゃ不自然よ。中々勘は鋭いんだから――悪竜王陛下は』
遥加は照れて反応出来ないフリをする。
『⋯⋯マルシャンスさんと戦ってから、ずっと悪意の波動が私たちを監視しているのを感じます。弱った隙を狙っているのは間違いなさそうです』
『私には感知出来ないけれど⋯⋯あのお方なら間違いなくそうすると読めてはいるわ』
二人は熱い視線を交わし合う。傍から見れば、まるでラブロマンスの一幕のようだった。
『機械王との戦い、だいぶ大技使っていたけど本当に大丈夫?』
『うん、あれで半分くらいです。取り決めどおり、マズいときは疲れたって合図を出すので大丈夫ですよ』
『頼むわよ。悪竜王陛下を討つためには、貴女の『浄化』だけが頼りなんだから』
『⋯⋯⋯⋯はい、もちろんです』
その裏では、悪辣に対抗するための策謀が動いている。
「やや! こんなところにおりましたか、我が同志。リア様のお導きに集った聖戦軍を連れてきました。いざリア様に叛逆する異端の悪徒どもを根絶やしに行きましょう!」
「うん、ありがとうエレミアさん」
狂信者の言動にもはや何も突っ込まなくなった一団が後に続く。
「じゃあ――――皆さん、どうかよろしくお願いします」
言うと同時、陽が落ちる。
次に陽が登るのは――――決着がついたあとだ。
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