女神、宇宙大将軍と相見える
「で、コイツはどうすんだ?」
派手な登場とは裏腹に、ここまで黙って様子を見ていたあやかが口を開く。雑に投げ捨てられるマンクス。だが、ここまで雑な扱いをされても、彼には傷一つついていないようだった。
「話にあった『完全者』って奴だろ? にゃるほど、この肉体じゃあ説明つかねえほど頑丈なようだな」
「あやかちゃん、しっ! あとそんな粗雑に人を投げちゃいけません!」
腹から落ちたマンクスに遥加は手を差し出す。警戒もなく助け起こすその姿にマルシャンスは止めようと動いたが、バッドデイに袖を掴まれて逆に止められる。彼自身もああやって手を差し伸べられた立場。遮るわけにもいかないのだろう。
「よ!」
代わりに、あの怪物戦車を一撃で打ち抜いた少女に自然と目が向いた。
「厄介な女に振り回されて大変だっただろ? ウチのボスをお守りさせちゃって悪かったな!」
「あーやーかーちゃーん! 聞こえてるよ!?」
いきなり現れてどんな関係なのか分からなかったが、取り敢えずはある程度気心は知れている間柄のようだ。
「いえ。あの子にはずっと助けられてきたわ⋯⋯本当に、すごい子ね」
「HAHAHA! 退屈しねえし、良い女だし! 将来が楽しみだぜ!」
「ちぇー! どこでも人気者だな、アイツ⋯⋯」
向けた視線。自慢の最高傑作が破壊された今、機械王の身を守るものは何も無かった。その手を叩き落として、震えるように後ずさる。
「貴様ら! ここまでの狼藉、大将軍閣下が許すと思うのか⋯⋯! そしてこの私をどうする気だ!!」
「うーん、私の降参を受け入れてくれれば結果は違ったのになぁ⋯⋯それに、貴方を傷つけるつもりはありませんよ」
「それは、どういう⋯⋯?」
「もう勝負はつきました。貴方の身柄はセントラルに引き渡しますが、そこで罪を償って、貴方の技術を今度は誰かのために役立てて欲しいんです」
遥加はもう一度、手を伸ばす。
「すごかったですよ、貴方の兵器。正しく使えば、きっとたくさんの人を守ることができる。だから――――降参してください」
才能はあった。
それも唯一無二の。
宇宙大将軍の目利きは確かだった。そして、彼がマンクスに見た可能性を、遥加も同じように感じ取っていた。相反するのは、才能の方向性。
(大将軍閣下は、この私を――――認めてくれていた)
才能は明らかだ。かつて、自身が産まれた世界にて、彼に足りないものは物資だけだった。戦争の盤面が必要としているものも、それを成し遂げる技術も、確かにあったのだ。
(奴らは、私を認めはしなかった。あれだけ尽くして――たかが、金の問題だけで!!)
追放。
そして、全てを失った彼に再び誇りを取り戻させたのは。
「⋯⋯私は、まだやるべきことが」
「ジェバダイアさんのことが大事?」
マンクスは頷いた。
「大丈夫。あの人も、きっとこれからのセントラルに必要な存在になる。だから――――」
朝の日差しに、彼の手は少女に伸びていた。
そして、その手を掴んだ、その瞬間。
「所詮は文明の利器が無ければ何も出来ない軟弱者――――その意志すら薄弱だったな」
紺色のシルクハットが大きく飛び上がった。その首は鋭い太刀筋で断ち切られ、遥加の目の前にゴトリと落ちる。
目を見開く遥加の真ん前、投げ入れられた指向性の小型地雷が追撃を牽制。襲撃者の視界にわざと入るようにマルシャンスが大弓を構えていた。遥加は反応する前に後ろに引きずり倒された。壁になるように立つあやかの背が見える。
「我の前に立つとは、いい度胸だ、褒めてやろう」
あやかは握った拳を上げられない。その喉元にはすでに切っ先が突き付けられている。剣の
「どうして⋯⋯⋯⋯」
遥加が呟いた。
『完全者』
だが。
「随分と、お楽しみじゃねえか。てめえらが『完全者』で間違いねえな?」
「そこまでだ。剣を下ろせ、佐前」
そして、別方向から現れる壮年の男。司祭のような白いローブが熱気に揺れる。虹天剣の矛先は炎の剣を捉えていた。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯何故止める」
「気付かぬか? お前はそこの娘に図られたのだよ」
視線を向けられた遥加の表情が固まる。
(バレてるね⋯⋯あやかちゃんがたまたまこっちに来ているのはラッキーだったけど、本命で呼んだのはあちらの人たち。『完全者』打倒のために動いている勢力と合流するため⋯⋯⋯⋯)
彼らの存在とその動向は、真由美が『創造』の魔法で生成した通信機器から得た情報だ。このまま硬直時間が長引けば、他の仲間も駆けつけて形勢は逆転するはずだった。
「私の名前は、叶遥加。貴方はやっぱり⋯⋯」
「いかにも。私はジェバダイア。過去現在未来の全空間を統べる……すなわち宇宙大将軍なり」
情勢が読めたのだろう。佐前がその剣を収め、駆け付けた褐色肌の青年が炎の剣を収める。あやかが両手を上げながら静かに距離を取り、遥加に視線を投げられたマルシャンスが大弓を下ろした。
最後。
ジェバダイアが虹天剣を下ろして、満足気に笑った。
「ふむ。ここには有能な者にしかいないようだな。素晴らしい」
「⋯⋯どうして」
「む?」
「⋯⋯どうして、仲間を?」
遥加の視線から、言いたいことは理解したらしい。ジェバダイアは両断されたマンクスの死体を抱き抱えた。
「判断に説明が必要か? 良いだろう。彼には兵器分野において私を凌駕する才能があった。敵に回るようなことがあれば間違いなく脅威になる。だから君の手を取った時点で始末した。もちろん、対話の余地を活かせなかった性急さは反省点だったが」
ジェバダイアがその視線を天山に投げる。彼は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「そういうことを、言いたいんじゃないのは⋯⋯」
「ああ、分かるとも。だが、私の判断に合理性は欠けるかい?」
遥加は言い淀む。
誰よりもこの先の展望が見えていたからこそ。
「⋯⋯千階堂さんたちとは、仲間だったんでしょう?」
ジェバダイアは静かに続きを待った。だが、遥加の言葉は続かない。
「その立ち回りは、私に利益があるものか? 『剣鬼』あたりに首を刎ねられるのがオチだろうよ。もっとも――――今の私が負けるとは思わんが」
「それでも――」
「随分と情に語りかけるな。交渉材料はそれだけか? ならば子どもの泣き言と変わらんぞ?」
全体的に、ピリピリと空気がひりついていく。殺気と敵意。場に満ちる負の感情は、それこそジェバダイアが少女に突き付けた真実。それを正しく理解してしまったからこそ、遥加は口を開けない。
「対話による解決。それは立派で⋯⋯そして至難だ。君はそれを理解して実行している。だが、現実への知見が少し欠けているな。その若さ故かな? 衆愚は足を引っ張るぞ」
その言葉がトドメとなった。
遥加の双眸に敵意が込もる。佐前天元、褐色の青年、高月あやか。彼らのようにギラついた威圧とは正反対だ。どこまでも冷え切った、相手を値踏みするような視線。その脳内では幾万通りもの相手を
そして。その凍える敵意は、奇しくもジェバダイアのものと同じ色を纏っている。
「⋯⋯親近感が湧くよ。挑戦は受けよう。その代わり、負けたら私に下れ」
「⋯⋯いいよ。その代わり、私が勝ったらその身柄セントラルに叩き込む」
ヒュー、と煽るような口笛を鳴るのはあの青年。今にも全てを焼き尽くさんとする凄みは感じるも、ここで事を起こすつもりはないようだった。威圧を間に受けたのは天山とあやか。獣のような闘志がギラついた笑みと浮かんでいた。
「一日待とう。傷を癒して来るが良い。場所は分かるな?」
言うだけ言って、ジェバダイアが天山を引き連れて引き上げていく。
そして、全てが終わった後に、遥加はにっこりと青年に向き合った。
「じゃあ――――お互い、自己紹介しましょうか!」
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