vs機械王マンクス(後)
「私が囮になる! 二人は別方向に出来るだけ離れて!」
言って、遥加の背に光の大弓が浮かんだ。『終焉世界ハッピーエンドストリー』が二張り。まるで翼のようにはためく挙動で、彼女は宙に浮かんだ。光の矢が噴出する反動で空中を動き回る少女に、巨大戦車の砲門は翻弄される。
「地に撃たせず、小柄で回避もしやすい⋯⋯理には叶っているけども⋯⋯⋯⋯」
「は⋯⋯! アレに立ち向かうより仲間置いて逃げろって方が無理難題だよ!」
マルシャンスは上空に涙の雨を放った。動きが阻害された遥加が驚いた表情を浮かべる。マルシャンスは優雅に一礼して大弓を掲げる。
「失礼しちゃう。アタシの実力、信用していないのかしら?」
「相手が機械なら、俺もやりようはあるんだよ!!」
「ちょっと、二人とも!?」
本気で焦っている遥加に、二人は同じ笑みを浮かべる。どんな困難にも飄々と対処していきそうな不思議な少女を、自分たちの行動がここまで慌てさせている。彼女の隙になれたことが誇らしい。不思議とそんな風に思えたのだ。
「アタシたちは暴虐に立ち向かう勇なる使徒! 抗う力は信念のもとに!」
マルシャンスが張り上げる声に、遥加とバッドデイは全身に力が漲るのを感じた。プロパガンダ・ブレス。言葉に乗る魔力を、今度は仲間からの激励として素直に受け取る。
「お嬢! ホントの安全圏はこっちだぜ!?」
巨大戦車アルバトロスの
「ああもう! 怪我じゃ済まないんだよ!!?」
「お前が言うな」
「お生憎様。泥臭い戦術ならアタシに分があるようね」
『ええい! モルモットがちょこまか這い回るな! 横一列に並べい!!』
これまで散々大地を抉ってきた大弓の連撃は、足場を破壊するためではなかった。あの巨大なキャタピラはどんな悪路や障害も平気で踏破してくるだろう。
注目すべきは、マッドシティの中でもお隣エリア6のマルダーグラードに近い腐敗が進んだ土壌。粘着く粘土のような破片が散らばっていくのを、バッドデイはコツコツ回収していたのだ。
そして、こんなこともあろうかと備えていた小型地雷を混ぜ込む。即席のトラップ兵器をソレらをアルバトロスの砲門たちに大量に投げ込んでいく。
『おいバカ! 我が最高傑作を泥で汚すな!』
「男の美学は泥臭く足掻いてこそだぜ、オッサン! アンタの兵器は確かに一級品! それをたった一人で操る技術も折り紙付きだ! けど、共に戦う戦術性はイマイチだったようだな!」
アルバトロスの砲撃が止まる。もちろん、それだけで巨大戦車の攻撃が全て防げるわけではない。だが、暴発が引き起こす被害はどれほどになるのかは、機械王たる彼自身もよく理解している。故に下手な攻撃はできない。
それに、気付かぬ間に他の兵装にも手が加えられている。彼の技術力をもってすれば復旧は容易いが、戦闘中にそんな悠長な隙が与えられるはずもない。
(あのややこしい装備の車両型兵器⋯⋯引っ繰り返して無効化させられたはいいが、まさか乗り手がここまでアクティブだとはな⋯⋯⋯⋯)
見ただけで兵器の欠点を見抜ける機械王は、バッドデイの急拵えの改造車両を無力化する方法が見えていた。だが、それを封じただけで止まるような相手では無かった。
『ならば、この圧倒的な質量でねじ伏せるのみ!!』
アルバトロスが爆音を上げながら前進する。天と地の双方から大弓の矢が放たれるが、止められるはずもない。
「アタシは自力でかわすわ!」
今となってはただ一人安全圏にいる遥加が力強く頷いた。翼のように広がる二張りの大弓からの噴射で急降下。急発進に振り落とされたバッドデイをお姫様抱っこで攫っていく。
「重!? 重いって!!」
「なによぅ失礼しちゃうわねん!」
こんな時までノリの良いバッドデイが唇を尖らせた。遥加の魔法に成人男性を抱えて飛べるほどの出力はない。自分から飛び降りたバッドデイが、マルシャンスとは反対方向に走り出す。
砲門や兵装はいくつもあったが、戦車そのものは一つだ。余程自信があったのか、他の兵器も他の人間も一切居ない。つまり、このまま反対方向に逃げてしまえばアルバトロスは片方しか追えない。
そして、巨大戦車が追うのは――――一杯食わされたバッドデイの方だった。
「迷った時間が、命取り⋯⋯⋯⋯そうよね、遥加ちゃん?」
「⋯⋯あはは、マルシャンスさんには気付かれちゃったか」
「貴女だけじゃこの時間は稼げなかった。だからと言って自分を犠牲にする必要はないわ⋯⋯⋯⋯頼れるものは、頼ってよ」
「⋯⋯うん、ありがと」
巨大戦車が動き出すのと同時、バッドデイは走るのを止めていた。彼はマルシャンスから遥加の一手を聞いている。
即ち――――天に打ち上げた
ちょうど、夜明けだった。地平線から太陽光が立ち昇る。そして、その光を背後に突撃してくるのは。
「じゃあ、早速頼るね」
ド派手な攻撃は、目印だ。
彼女がここに辿り着くための。
「音 速 弾 丸
マ ッ ハ キャ ノ ン (蹴り) ――――ッッ!!!!!!」
高月あやか。
あの巨大質量を貫ける突破力を持つ者を、遥加は一人しか知らない。
女神アリスの権能すら跳ね退ける絶対結界、それを一撃でぶち破った拳(今回は蹴りだけど)撃。世界の壁すら穿つ一撃が、アルバトロスのゲーム仕様装甲をオーバーキルする。標高一万メートル以上の高さから高性能アンドロイドのパワーも加わって投げつけられたエネルギー量を『増幅』の魔法で膨れ上がらせたのだ。そのダメージはまさに
打ち破った巨大戦車の向こう側で、あやかはマッドシティの大地を派手に凹ませた。空いた右手に揺られているのは走馬灯と戯れる機械王マンクス。
「大活躍だね、あやかちゃん!」
「雑な目印だけ飛ばしやがって⋯⋯俺様がこっちに向かっていなかったらどうするつもりだったんだ?」
「スミトさんに感謝だね!」
「お見通しかよ! けっ!」
隠れて(隠れてない)舌打ちするあやかに、遥加はにっこりと笑いかける。
「なんなんだ、この生物兵器は⋯⋯⋯⋯!」
ようやく我に返ったマンクスが癇癪を上げる。
「きゃっぴきゃっぴのオナゴやで!」
「キャタピラ兵器の怨納言!? いや、こんな馬鹿げたバカを相手している場合じゃない!!」
手足をバタバタさせるマンクス。成人男性一人で飛行不可になる遥加と対照的に、機械王の首根っこを持ち上げるあやかの体幹は一切ブレていない。もしろ、男の出立ちをじっくり観察していた。
紺色のシルクハットと燕尾服を着て、作業用のゴーグルをつけた小太りの男。だらしない体型は、キッチリ締まったバッドデイよりも質量が大きそうに見える。そして、内側から膨らまされているシルエットからは武器を隠していないように見受けられる。
あやかはその背中を叩いて続きを吐き出させた。
「我が最高傑作の動力は核分裂原子炉を利用している! つまり破損すると「フェアヴァイレドッホ!!」
核だろうが気合いで耐え抜く自信があったあやかは、むしろどっしりと構えたままだった。動き出すのは、あくまでも人体としての耐久力しか有していない三人。そしてその内、少女の身を庇いに駆け出した二人と対照的に、遥加は自身の大弓を引いた。
「とじて――――聖星浄気陣」
そして、まさに核汚染が広がろうとしているアルバトロスを囲うように展開される『終焉世界ハッピーエンドストーリー』。その数、十六張り。遥加が放つ一射はその領域の上空へ。同時にバッドデイが投げ込んだ
「くだれ――光臨流星」
上空から降る『浄化』の掃射、そして周囲からも無数に放たれる光の矢。眩い光の奔流が数分続き、そして、収まった跡地にバッドデイは再度ガイガーカウンターを投げ入れる。
沈黙が、続いた。
「――――ふぅ、大丈夫みたいだね。このままじゃ私は今回パタパタ飛んでるだけだったから、最後に活躍させてもらったよ!」
「し、信じられん⋯⋯⋯⋯!」
「HAHAHA! 俺には道が見えていたぜ!」
『浄化』の魔法が、核汚染をすんでのところで防いだ。
言葉にするとそれだけのことが、どれほどのインパクトなのかを正しく理解しているのはマンクスとバッドデイだけだろう。未知の怪奇現象に直面したかのようにその身を震わせるマンクスと、半ばヤケになって笑っているバッドデイ。
そして、混乱が広がっているのに乗じて、マルシャンスは遥加に耳打ちをする。
「⋯⋯大丈夫? 疲れてない?」
「うん⋯⋯まぁ、大変だったけどね」
流石に強がっている様子の少女に、彼は『裏返しの感情』で癒しを与える。全身にみなぎる活力を感じたか、少女はくるっと回って無事をアピールした。
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