vs機械王マンクス(前)

 そして、そのままバッドデイは見張りを交代しなかった。

 草木も眠る丑三つ時。バッドデイは眠気に重くなる瞼を軽く揉んだ。遥加もマルシャンスもぐっすりと眠り込んでいる。激闘続きで消耗も激しいはずだ。握りっぱなしのスパナで肩の凝りを解すバッドデイが、小さく笑った。


「へ! 俺たちイケてるだろ、相棒?」


 合法的に奪取した物資で魔改造された愛車が夜露に光る。この先端工業地帯はまさに宝庫だ。得体の知れないゲテモノ技術も、オーパーツ気味な古代のアーティファクトも、異世界産の不明物も、彼の腕にかかれば愛車の装備品に早変わりする。

 バッドデイことバドワイズ・フレッチャー・デイモンは、だった。その性質は臆病さから来るものではない。彼は「こんなこともあろうかと」と言ってのける状況に無上のロマンを抱いていた。


「ま、俺は自分があんまり強くねえのは知ってるよ。お前がいないと何にもできねえ」


 愛車に語りかける男は、普段は逆に被っているたぼたぼのキャップを、正位置に被っている。まるで自分の顔を隠すかのように。

 断続的な爆発音。バッドデイはキャップをいつものように後ろに回した。見え上げた表情には、もはや迷いも憂いもない。

 そして、暗い影を落としてくる『悲哀』に言ってのける。


「おはよう! 早起きさんだな!」

「⋯⋯何を言ってるの? 今の爆発音は何? というかどうして見張りを交代しなかったの?」

「朝の挨拶! 俺さまがばら撒いた手のひらサイズの地雷マイクロマイン! 実力のあるお前さんに休息の比率を増やすため!」


 言ってのけるバッドデイに、マルシャンスは戸惑うように仰け反った。


「遅いぜ! あっちの工場で量産されていた『マイクロマイン』だが、威力もマイクロサイズだ! 敵はすぐにここに気付く! 早く眠り姫を起こすんだよ!?」

「え、ああ⋯⋯そうね! じゃなくて――いえ、いいわ。一刻を争うのは本当だもの」


 バッドデイが愛車のエンジンを掛け、マルシャンスが遥加を寝袋ごと抱えて飛び乗る。合法改造車両の前方にエグい形状のドリルが飛び出し。急発進の勢いで工場の壁をぶち破る。

 マルシャンスが抗議の声を上げようとしたのと、同時。



『ようこそ実験台諸君!』


『素晴らしい兵器の価値を十全に証明してくれたまえ!』



 爆撃音。

 爆撃音。

 爆撃音。

 マルシャンスが振り返った先は、どうしようもないほどの焼き野原が広がっていた。巨大な戦車だ。全長440m、全幅70m、全高110m。しかも、口径120cmのレールカノンを5門束ねた主砲塔に加えてごちゃごちゃといろんな兵装が装着されていた。


「い、いかれてやがる⋯⋯⋯⋯」


 『クレイジー・バッドデイ』の異名を持つ彼からしてもそんな言葉が溢れるほど。既に大弓を構えるマルシャンスだが、その狙いは定まらない。そもそも、こんな相手のどこを狙えばよいのか。


「バッドデイさん、マッドシティの方まで行ける!?」

「合点!!」


 寝袋からぴょこんと顔を出した遥加が指示を飛ばす。バッドデイは有無も言わずに従った。遥加に考えがあることは、彼にも分かり切っていた。少女には『正解』を見抜く力が備わっている。


「ばら撒くわ」


 そして、状況を冷静に見抜いたマルシャンスが涙の雨を乱れ打つ。ありったけの魔力を込めて矢を分裂させ、小型誘導ミサイル、範囲焼夷弾、マスタードガス、グレネード砲、大型マシンガンなどなどの兵器群を迎撃していく。

 ゲテモノドリル兵装で障害物を貫きながら進む合法改造車両を、圧倒的な質量で全てを踏み潰しながら巨大戦車が追う。兵器軍に狙い定められないように、バッドデイは迂回ルートを何度も取った。


「遥加ちゃん、貴女の光の矢だけれども⋯⋯」

「うん。心を持たない無機物には通じないよ。普通の弓矢くらいの攻撃力ならあるけど、あの装甲じゃとてもねえ⋯⋯」


 表情を強張らせながら遥加は答えた。バッドデイには閃光装備で視界を攪乱する手もあったが、じっと巨大戦車を観察する少女を見て止めた。彼女は探しているのだ。この状況の打開策を。

 そんな少女の盾になるように立つマルシャンスが、仮面の下で奸計を巡らせる。少女が目指す地点に辿り着くまで、何とかしてあの巨大戦車の猛攻を凌がなければならない。


「着いたぜ!」

「「いや、速!?」」


 声がハモった。だが、次の行動は迅速。

 マルシャンスが涙の雨を巨大戦車の手前に放つ。抉れた地面と巻き上がる土煙。そして、遥加が向ける矢の先は――上。


「フェアヴァイレドッホ」


 まるで雷のような光の矢が打ち上がる。上空の暗雲がパックリと裂けた。星々の煌めきすら掻き消す巨大な光の方陣。巨大戦車の砲門が動き出すその前に。


「くだれ――光臨流星」


 降り注ぐ光の柱をよそに、遥加は目線だけでバッドデイに指示を投げた。出来る男は女の要求には応えるものだ。急発進急ハンドルでエグい角度に猛加速していく。大量に放たれる火力兵器の群れが残像を捉えた。


「やっぱり通じないか⋯⋯⋯⋯」


 遥加は苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる。巨大戦車は健在。それどころか傷一つまともに付いていない。


「⋯⋯⋯⋯右のキャタピラを集中して狙うわ」

「ダメだよ、マルシャンスさん。あの装甲、頑丈さだけじゃない」

「だな。俺の目利きでも部位破壊は狙えなさそうだぜ? ありゃ、ここら一帯を取り仕切ってやがる『機械王』の虎の子――――『巨大多砲塔戦車アルバトロス』だな」


 遥加の大技を完全に受け切り、アルバトロスは動きを止めていた。まともにダメージが入ったなんて楽観は誰もしていない。あのな大技でもビクともしない雄姿を誇示するかのような、そんな雰囲気があった。


『ぬっははははははは!!!! もう諦めるのか!? 這いつくばって頭を垂れれば許してやらんでもなくもないぞ?』


 戦車の中から野太い男の声が拡声される。彼こそが『機械王』。遥加もセントラルを発つ前に情報は受け取っていた。宇宙大将軍が率いる『完全者』の一団、その兵器作成担当だ。

 遥加の判断は早かった。勢い良く改造車両から飛び降りると、見事なスライディング土下座をキメる。


「降参します!! 私は貴方たちに下るので、後ろの二人は見逃してください!!」


 むしろ、呆気に取られたのは後ろの二人だった。


『君は賢いな!? 戦力差を分析して引き際を弁えられるのは名将にも困難なものだぞ! 私も省ける無駄は省きたい! だが、随分と潔くはないかね?』

「――――だって、


 巨大戦車からの声が止んだ。血迷った少女をアクセル全開で助け出そうとしたバッドデイを、マルシャンスの手が止めた。無言で首を振る。


「宇宙大将軍さんに、生け捕りにするように命令されなかった? 私もあの人とお話がしたい。ちゃんと話を聞いて、! ここで無駄に争う必要はないし、貴方の兵器の素晴らしさも良く分かりました!」

(意外に腹芸も出来るのね⋯⋯)


 こちらの戦力では勝てない。逃げ切るのも相当に厳しい。だから殺される前に投降する。理屈としては筋が通っている。

 宇宙大将軍からどんな命令が下ったのか、そもそも命令で襲撃してきたのか。そんなものはただの推測に過ぎない。だが、『機械王』のこの反応。少女渾身のブラフはまず通ったと思って良いだろう。


「⋯⋯だから、後はよりマシな落とし所に辿り着けるように交渉するだけ。あの子の胆力を信じましょう。ダメだったら――――アタシが肉壁になるわ」

「おう⋯⋯⋯⋯その時は俺も一緒だ」


 二人が見つめる先、遥加は静かに立ち上がった。


『君は随分としたたかで、そして賢いな。大将軍閣下がお気に召すのもよく分かる』


 巨大戦車が大量の武装を少女に向ける。遥加は上げた両手を後ろに回した。小さく手をクロスさせる、『×ダメ』の形。バッドデイがアクセルペダルを蹴り抜いた。



『故にちょうどいい! にすることを決定した!』


『大将軍閣下にお届けするのはそれからでも遅くはない!』


『なぁに! 君たちが木っ端微塵になったとしても、我が兵器の優秀さが証明されるまで! というやつだ!!』



 一斉爆撃。

 三日月の軌道で遥加を攫った改造車両が辛うじて攻撃範囲から逃れる。だが、爆撃の衝撃で派手にひっくり返ってしまう。勢い良く投げ出される三人が地面に叩き付けられた。


「⋯⋯ごめん。あの人、まともにお話通じないや」

「見りゃ分かんぜ、嬢ちゃん?」

「いいわ。アタシの命運は貴女に預けてるもの」


 バッドデイは遠くでひっくり返っている愛車を見て舌打ちをした。これで逃走の可能性も潰された。

 並ぶ三人の目前――――山のように聳え立つ巨大戦車を見上げる。

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