従者、相棒と別れる

「「お、落ち着かない⋯⋯⋯⋯」」


 なんせ山脈丸ごと使った陽電子スーパーコンピューターと、それを支える大規模なサーバ群だ。良く分からないピコピコに囲まれた中央、防寒具を布団代わりにして二人は仮眠を取ろうとしていた。


「⋯⋯というか、あやちゃん。年頃の娘がその格好はどうかと思うぞ?」


 短パンTシャツの寛ぎおっさんスタイルのクロキンスキーの隣には、スポブラスパッツのあやかが転がっている。彼は大人なので少しスペースを開けているが、あやかはまるで姪っ子か懐いた犬のようにくっついてこようとする。


「えー、だって暑いんだもん⋯⋯」

「そりゃ、まあな⋯⋯」


 周りのピコピコの排熱が、まるでサウナのような熱気を振り撒いている。あの大袈裟なファンの冷却機能は無駄ではないことを思い知らされた。


「――――で、良かったのか?」

「なにが?」

「あの、前世の妹のことだ。あそこまであっさりと見切りを付けたんだから、信じているわけではないと思うが⋯⋯」

「いんや、アレは事実だぜ?」


 ガバっとクロキンスキーが飛び起きた。


「え、なんで!? というか、前世とか輪廻転生とか信じるタイプだったのか!?」

「おう。俺様には前世の業が見えちまっているのさ――――なんてな」

「なんだ、冗談か⋯⋯⋯⋯」


 にやにやと揶揄うような目で見てくる少女に、クロキンスキーは面倒臭そうに横たわった。


「ま、何にせよお互いに今生のカルマを積んでいるんだ。今さら前のだなんて拘る意味はねえ」

「⋯⋯⋯⋯まだまだお前さんのことがよく分からん。でも、それでいいのならそうなのかもな」

「へへ、クロちゃんは良く分かってくれるじゃねえか。


 揺るぎない自己肯定。自我の主張。自己顕示。

 それこそが彼女を高月あやかと足らしめるもの。


「そりゃあ光栄なこった。その様子じゃ、セントラル地下の封印を解く方法にも当たりが付いてるんだろう?」

「おう、もちろんだ!」


 さも当然かのようにあやかは言った。


「⋯⋯興味本位に、こっそり教えてくれないか?」

「しょうがねえな! 他の奴には秘密だぞ? いいか、ダモクレスでセントラルを消し飛ばしても地下の最下層には辿り着けるんだからごにょごにょごにょ――――――⋯⋯⋯⋯」


 耳元で囁く声に、クロキンスキーの顔色が変わっていく。最初は青ざめ、やがてその口元が。


「ガハハハハハハハ!! バカだ! 本物のバカがここにいる! いや、行けるだろうけどもなあ!!?」

「俺様は本気だぜ! 繊細な力のコントロールも身に付けられたしな! だから、さ――――クロちゃんも一緒に行かないか?」


 クロキンスキーがその顔を見る。真剣な表情だった。彼は髭を撫でながらしばらく考える。考え、考えて⋯⋯そして口を開いた。


「行かん。俺は登山家だからな。地下には潜らなんだ」

「だーよーなー!!」


 あやかは大の字に手足を投げ出した。二人とも理解している。厳重に封印された地下空間がまともな場所であるはずがない。その脅威度は、このクオルト氷壁をも上回るかもしれない。

 山であれば、彼はスペシャリストとして戦う土俵に立てる。しかし、そうでないとすれば――自分が足手纏いになることはよく分かっていた。それでも誘ってくれる相棒を好ましく思う一方で、後ろめたさと心配の気持ちが大きい。


「お前さんは強い。のびのびやるといい。俺がいると邪魔になるだろう」

「⋯⋯そういう言い方はヒキョーだぜ」

「なんだ? 常日頃ずっと一緒に馴れ合ってなければ『相棒』ではなくなるってのか?」


 高月あやか。彼女の突出した個性には誰も付いて来られない。そして、そんな風に勝手な見切りを付けてきた頃を想起する。そして、そんな自分に追い縋ってきた少女を想う。

 そうか、とあやかは呟いた。


「なあ、離れていても」

「ああ、俺たちは『相棒』だよ」

「そっか」


 あやかは小さく笑った。

 

「俺様はこのまま西に行くつもりだけど、クロちゃんはどうすんだ?」

「どうするも何も、氷壁を下山する。その後はセントラルに登山成果を報告する義務があるから、まあもしかしたらその時会うかもな」

「あれ、一緒に送ってもらわないの?」

「俺は登山家だぞ? 登った山は降りるのが礼儀だ」

「マ、マジかよ⋯⋯」


 あの氷壁を、今度は降ろうというのだ。しかも、当たり前のように出来る気でいる。それでも、きっとこの男ならばやり遂げてみせるのだろう。


「俺は最強の登山家だ。山との戦いだけは逃げんぞ」


 力強い言葉を聞いて、あやかは大いに笑った。







 あの後、結局二人ともガッツリ爆睡してしまった。日はもうとっくに沈んでいるどころか、もう昇り始めそうな気配すらあった。


「んー、時間の感覚おかしくなるな!」

「ま、ずっと日が差さん環境にいたからな」


 呼ばれるままに辿り着いたのは、アークアーカイブスの天井の上。サイブレックスの空間分離保護装置が展開されているのが不穏だ。


『こちらの準備は完了したわ。そっちは大丈夫?』


 もうホログラムは映し出されていない。サイブレックスから聞こえるスミトの声に、あやかはにっかりと笑った。


「ああ、いつでも行けるぜ!」

『クロキンスキー、貴方は?』

「俺は自力で下山する。ここには見送りに来ただけだ」


 クロキンスキーが周囲を見渡した。大仰な機械などは見当たらない。


『にしては、少し迷いがあるようだけれども?』

「⋯⋯言わんどってくれ。迷いは無い方がおかしい」


 その言葉を聞いて、あやかが妙に嬉しそうににやにや笑いを向けてきた。クロキンスキーは鬱陶しそうに手で払う。


『そう。下山するのなら、その間は吹雪を止めておくわね』

「いや、それも止めてくれ。環境を変えて下山したなんて登山家には恥でしかない」


 ただ上から氷塊を落とすのだけは勘弁な、と彼は笑った。


『⋯⋯理解に苦しむ選択だけれども、貴方の意志を尊重しましょう。じゃあサイブレックス、後はお願いね』

「心得ました、マスター」


 言葉と同時、サイブレックスの右腕が奇妙に膨張し始める。片腕だけムッキムキになったサイブレックスが取る構えは、まるでハンマー投げの陸上選手が競技に臨むような構えだった。

 クロキンスキーは嫌な予感がした。


「⋯⋯あれ、高性能ちゃん?」

「今の私はマスターから改良プログラムを受託した身です。即ち、高性能を超えた高性能――――伝説のスーパー高性能なのです」

「す、すぅぱあ高性能だって!? そりゃすんげえぜ!!」


 あやか、字面だけでテンションが上がる。


「ありがとうございます。では、

「おう!!」

(一緒に行くとか言わなくて良かった⋯⋯!)


 クロキンスキーの表情から迷いが消えた。


「⋯⋯スミトさん、アンタ散々掻き乱された意趣返しのつもりか?」

『さーてーねー?』


 とはいえ、あやかの頑強さならば問題ないことはこれまで見てきている。ノリノリでスタンバイする彼女に口出しするのも野暮であろう。だから、やるべきなのは。


「あやちゃん、頑張れよ!」


 最強の登山家は拳を前に突き出した。


「おうよ、クロちゃん!」


 あやかは自分の拳をぶつける。

 その表情には、憂いも迷いも一切なく、無邪気な希望だけが映っていた。サイブレックスの投擲があやかを射出する。凄まじい衝撃がクロキンスキーにも襲ったが、辛うじて踏ん張ってみせた。空間分離保護装置はこのためだったのか。

 結果として、この場にいる誰も彼もが笑みを浮かべながら幕は降りる。



 不滅のメガロポリス。

 そこで待ち受ける絶望の結末には、思い至るはずもなく――――

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