従者、預言者の話を聞く

 ホログラムの女性は優雅に一礼する。


『お久しぶりね、クロキンスキー』

「久しぶりだ。アンタの情報のおかげで随分と氷壁に挑むのが楽になった。ま、技術者の元に足を運ぶのは中々手間だったがな!」

「ふふ、それもご愛嬌⋯⋯」


 クロキンスキーの万能登山道具は、異世界から渡ってきた職人たちの技術の結晶だった。だが、気ままに居を構える彼らを見つけるのは至難の業。彼が買ったのは、どこにどんな技術者がいるのかという情報だった。


「なんのなんの! 今でも良い買い物をしたと思ってる!」

『そうね。出費を抑える意味では賢いお買い物だったわ』

「ははは! 褒めるな照れる!」


 ミステリアスな雰囲気を着飾るスミトは、これまでその美貌をベールの下に覆い隠していた。それでも美人のオーラは隠しきれていないものだったが、こうして目の前にお出しされるのとはやはり雲泥の差だった。

 顔を赤くしながらドギマギする相棒にあやかはむっとする。


「おいオッサン! 俺様というものがありながらデレデレしすぎじゃないか!?」

『あら、かわいらしい嫉妬ね』

「おいおい小娘、あと二十年経ってこんなべっぴんさんになったら口説きに来るんだな! ガハハハハハ!!」



『――――あら。私、そんなに歳ではないのだけれど⋯⋯⋯⋯?』



 空気が凍り付いた。先程までとは打って変わって冷や汗だらだらなクロキンスキーが、あやかに助けを求める目線を送る。あやかはぷいっとそっぽを向いた。


『ふふ⋯⋯まあいいわ。それで、貴女がマギア・ヒーローね』

「おう。久しぶりに名乗るけど、俺様がマギア・ヒーローだぜ!」


 人差し指を口に当てて、「内緒な!」とクロキンスキーにウインクを投げる。


『⋯⋯・アリスの情報は私も掴んでいる。ここに来た目的を確認させてもらっていいかしら?』

「へえ、すごいな! !」


 わざわざ気を利かせて女神のことを伏せてあげていたスミトの口元が、ぴくりとひくついた。徐々に酒癖が悪くなりつつあるあの用心棒を通じて誘導されているのは分かっていたが、例のバグを除去するために乗ってやっただけだ。それをうまく乗せられたかのように反応されるのはあまり面白くない。

 クロキンスキーだけはそんな彼女の表情に気付いていたが、指摘しないであげる大人の優しさも身についている。


『女神リアに観測されるような情報開示は、もうされているようね。ここから私がどうにかする手はないから安心してほしいわ』

「そうか。じゃあ、セントラル地下の封印を解いてくれ」

『断る』

「そうかぁ⋯⋯じゃあ「ちょっと待てい!!」


 不気味なくらいにトントン拍子に進もうとしていた話を遮ったのはクロキンスキーだ。


「待て待て。お前さんそれが目的だったんだろう? 諦めてどうする!?」

「いいよ。やってくれそうにねえし、なんだろう?」

『ええ。技術的に無理というわけではないけど、今はその気にはならないの。それに私はそもそもには居ないから、貴女にはどうにも出来ないわ』

「ちぇー!」

『でも、の除去に役立ってくれた報酬くらいは出してあげる』


 スミトの声と同時、サイブレックスがくるっと回ってポーズを取った。彼女の口からニョキっと飛び出すUSBメモリ。あやかはすっと引き抜いた。当然ながらベタついていたりはしていない。


『この惑星の真なる歴史がその中にある。機密のプロテクトも外してる。どう役立てるのかは貴女たち次第だけれども』

「⋯⋯⋯⋯いいのか?」

『本当はコレが目的だったんでしょう? どうせ遠からず女神リアが白日に晒す。それまでのアドバンテージくらいは、ね』


 クロキンスキーは、彼の鼻にメモリを突き刺そうとしてきたあやかに抵抗する。彼は再生機器ではない。


「気前良いんだなー」

『それくらいの危機だったと受け取ってもらえれば。あのに気付かないままだったら、多分取り返しのつかないことになっていた』


 サイブレックス以外の領域の支配権を奪われていたということは、『最終指令ファイナルコード』ダモクレスもその手中に落ちていたということだ。かの神錘の声を思い出す。あの兵器では黒竜王を穿つには至らない。



『それともう一つ――――このままじゃ、アリスは死ぬわ』



 ただならぬ空気に、クロキンスキーは沈黙を続けた。しばらく黙ったままのあやかが、ようやく口を開いた。


「それは、俺様がぶっ殺しちゃうからか?」

『冗談言ってる場合? 不滅のメガロポリスで全ては分かる。もちろん行くわよね?』

「⋯⋯まあ行くぜ。俺様もアッチの方角にはなんか感じてたんだ」

「ふむ、出発は急ぐか?」


 クロキンスキーが割って入る。声を上げるのはこのタイミングしかなかった。そして、彼が案じるのは。


「あやちゃん、お前さんだいぶ乗せられとるぞ」

『あら、言いがかりじゃない?』

「悪いな、スミトさん。なんだ。」

「サンキューな、クロちゃん――――でも、俺は行くぜ」


 あやかはにかっと笑った。


「⋯⋯そうか。あやちゃんが自分で決めたのなら俺は止めん」

『利用しているのは否定しないけど、貴女にも利益があることだから安心して。それに、足ならこちらで用意してあげる』

「マギア・ヒーロー」


 サイブレックスが前に出てくる。彼女はホログラムを遮って前に出てきた。そして、右手を前に。


「非常に有意義な経験だった。高性能な私が、さらに高性能になるほどの」

「おう。けどな、こういう時は――――こうするんだ」


 あやかがサイブレックスの手を優しく折りたたむ。拳の形に。そして、自分の拳を力強くぶつけた。


「俺様も、いつか必ずアンタに追い付いてみせる! ありがとな!」

「貴女には人の可能性を感じます。来るべき時に、是非」


 やんわりと微笑んだアンドロイドに、ホログラムのスミトは複雑な表情を浮かべる。だが、それもすぐにベールで覆い隠してしまった。


『準備に半日ほどもらいます。その間、少しは身体を休めなさい』


 そういえば、氷壁の中腹から二人はずっと動きっぱなしだった。指摘されて妙な怠さが主張し始める。

 二人は、二つ返事で頷いた。

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