vs機神サイブレックス(後)
【エリア5-1:ウインタードリームカントリー】
預言者スミト。
ウインタードリームカントリーの一角に居を構えるこの占い師は、界隈ではとても有名人だった。長い黒髪で、全身真っ青なローブを着用していても美人の雰囲気は隠せていない。そんな彼女は、現在四方のモニターにアイコンタクトを送りながら、手元の球体端末をまるでピアノの演奏のような繊細さで操作している。
「おーい、スミトさん! 相場より少しお得に情報売ってやったのに全く活かせずに返り討ちに遭ったゴロツキハンター君たちが逆恨みで火を放ってきた件だけど、用心棒とは名ばかりの雑用役として中々良い値段で雇ってもらってる僕がボコボコにして引き渡して報酬ふんだくってやったのを報告にしきたよ」
「妙な説明口調ありがとう。今回の報奨金は全部貴女の分前でいいわ」
「え、いいの? ちょっと、怖いなあ⋯⋯普段キッチリしてるのに」
「立て込んでるの。儲けものと思いなさい」
やりぃ、とガッツポーズを掲げる女。『大会荒らしのハンズアップ』といえばとある狭い界隈で有名だった。紺色のダッフルコートを掛けると、所々銀色の意匠を凝らした黒のドレススカートを整える。
「へえ、用心棒の出番かい?」
「調子良いわね⋯⋯さては一杯引っ掛けてきたか。緊急事態の上に畑違いだから貴女の出番はないわ。念のため、終わるまでここを見張っといてね」
「オーキードーキー」
頬に朱が差している用心棒のバイトちゃんに、スミトは若干眉を顰めた。
彼女は、実はこの星に居ない彼女に代わって今みたいな露払いや掃除や占い道具の整備をそれなりの報酬で請け負ってもらっている。
お金に素直で、それなりには腕が立って、賢く状況を読む。とても便利な相手だ。何より占い師の素性を探る素振りもない。少しぐらいの粗相には目を瞑るつもりだったが、彼女もそれを理解して緩めているらしいのは若干癪だった。
(さて、また『D』ね。社長戦争の頃から妙な因縁ついちゃってそう⋯⋯)
何度かやりあった相手だ。当然、全知の瞳など使わずとも手の内は読めている。彼女の情報処理能力は確かに目を見張るものであったが、預言者スミトを追い詰めるものは別にある。
「円盤ザクセン・ネブラ。それと、まさかあの子がサイブレックスに喰らい付けるだなんて⋯⋯情報の更新が必要ね」
「クオルト氷壁かい?」
珍しくバイトちゃんが食い付いてきた。
「僕はあのヒーローちゃんが氷壁を踏破するためにバックアップするよう仰せつかっていたけど「不要と判断したんでしょう?」⋯⋯ありゃりゃ、バレてたか」
「いいの。私も乗っかるつもりだったから。でも⋯⋯貴女たちは面倒な相手に先を越されていたみたいよ?」
「みたいだね。勝てそうですか?」
スミトは小さく肩をすくめた。
「やるだけやってみるわ。先手を取られた分だいぶ厳しいけど――――この動き方なら、どうとでもなるもの」
♪
【エリア5-4:アークアーカイブス】
「インパクトカノンッ!!」
マイクロミサイルの雨くぐり抜けた勢いそのままの蹴り。『増幅』の魔法。だが、さっきより通りが悪い。
(厄介な装甲だけじゃねえ⋯⋯後ろに下がりやがった。こっちの動きからも学ばれ⋯⋯いや、違うな)
『右腕、取ったよ』
「あん?」
インカムから久しぶりに声が聞こえたと同時、サイブレックスの右手からビームライフルが落ちた。
『あの機体のデータサーバにハッキングを仕掛けている。邪魔な衛星もフリーズさせてるから、もう上からレーザーは降ってこないよ』
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯へえ」
もう片方の腕から放たれるビームライフルを、あやかは右腕で受けた。神経を焼き落とす激痛に歯を食い縛り、だらりと下がった右腕を再生させもしない。
『え、何やって⋯⋯!?』
「おい、サイブレックス!!」
呼び掛けに、アンドロイドは動きを止めた。だが、動き出そうとするのを無理矢理抑え込んでいるかのような、そんな不自然さがあった。
「さっき俺様の蹴りを避けたの、お前じゃないよな?」
「はい。ですが、私は高性能アンドロイド。課せられた使命は必ず遂行します」
あやかは下を見た。奇妙な光源が顔に当たる。
(クロちゃん、何してんだ? あれ、これ確か⋯⋯?)
チカチカと瞬く光。その点滅の感覚には覚えがあった。他ならない彼自身が教えてくれた通信方法。
(モールス⋯⋯ああ、そういうことか)
「リロードリペア!!」
『⋯⋯大丈夫? ほんとはかなり無茶してない?』
あやかは何も言わずににっかりと笑った。
殺到するマイクロミサイルをその身に受けて。
♪
「いよいよヤバいぞ。何か手はないのか!?」
『大丈夫。拮抗しているし、少しずつ侵蝕は進んでいる。だから焦らせないで!』
「いくらあやちゃんの腕っぷしが強いからって、このままじゃ嬲り殺しにされる!!」
『ネブラの力で電子情報の変換出力は圧倒的にこちらが上⋯⋯けど、技術と、リソースの差が』
「リソース!? 何でもいい!! かき集めてくれ!!」
悲痛な声でクロキンスキーが叫んだ。追い立てられるような空気に、モニターに映る動きが変わる。
『リソースは――――ある! ここのセキュリティに使っていた分を塗り替えて、全部注ぎ込む! これならオリヴィエにも負けない!!』
「そうか! セキュリティの分をか! そうかそうか!」
何故か小踊りし始めた山男を、タブレットの女は気にしてはいられない。状況は一刻を争う、と彼女は思い込んでいる。
注意が外れたことを確認したクロキンスキーは、慣れた手付きでランチャーライトを点滅させ始める。
♪
「悪ぃな⋯⋯きちんとサシで倒したかったぜ」
「いいえ。高性能な私と真っ向から渡り合った貴女には、素直に敬服しています。私にそこまでの感情があればのお話ですが」
脚部のイオンスラスターが、その活動を停止させていた。音速機動を失ったサイブレックスは、あっという間にあやかに追い付かれた。そして、関節を固められてその動きを封じられている。
『各兵装の機能は停止。もう少しでそのアンドロイドの操作権も獲得できるよ』
「⋯⋯俺様の勝ち、てか?」
『⋯⋯貴女の望む勝負をさせてあげられなかったことは、ごめんなさい』
「いいぜ。俺様の未熟が招いた結果だ」
関節に負荷を掛けていくが、やはり魔法抜きではびくともしない。それでも、動きを止めた状態であれば『増幅』の重ね掛けで装甲をぶち抜ける可能性はある。
「ま、俺様の前世がどうとかは⋯⋯さっさと忘れてくれ。お互いに今を生きようぜ」
『うん。うん⋯⋯それ、どういう意味みみみみいみいみいいみ――――』
空間分離保護装置が解除され、あやかは動きを止めたサイブレックスを抱えながらクロキンスキーのところまで降り立った。タブレット端末から響くノイズに、二人は心底申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「お前さん、自分で言っただろ。ここを私が乗っ取っている限り、って。自分を守るセキュリティを疎かにしてまでよくやってくれたわ」
『あ』
「ここにいるのはコピペしたなんたらで、本体には影響ないんだろ? 俺様が言えた義理じゃねえけど、ゲームオーバーと思って諦めてくれ」
『待って待って! サイいいいブレえックスの脅威がああああ』
「いいえ。バグである『D』させ排除できれば私の使命は果たされます」
「「南無」」
『そ、お、んな、ぁぁ――――――』
ついに、青藍の光がディスクの潜んでいるメインサーバに届いた。セキュリティに回していたリソースを全て使い切ってしまった彼女は、抵抗も出来ないまま
『さて、それじゃあご挨拶から始めましょうか』
そして、タブレットに浮かぶ光が映し出すホログラム。全身真っ青なローブを着用した女を見て、クロキンスキーが声を上げた。
「オリヴィエとやらは――――スミトさん、アンタのことだったのか!?」
「あれ? その名前なら俺様も知ってるぞ!!」
『あら、自己紹介は不要だったかしら?』
口元を覆うベールを手で払いのけると、オリエンタルな雰囲気の美人さんが妖艶に微笑んでいた。
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