vs機神サイブレックス(前)
「空間分離保護装置起動」
サイブレックスの機械音声と同時、二人が浮かぶ空中に結界が展開された。あやかは思いっきり足を踏み下ろしその強度を確認する。
あやかは、いつの間にか振り上げていた右手を下ろした。
『⋯⋯なにする気だったの?』
「うおっ!? ここのデータがぶっ壊れるのはまだ困るからな。俺様がガードしてやろうと思っただけだ」
あやかは右耳にかかるインカムをトントン叩く。外れない。単に耳に掛けられているだけではなさそうだ。
『初手、防げる?』
ハイマットフルバースト。両手の高出力ビームライフルを始め、お臍からはナノマシンビーム、背中からは80連発マイクロミサイル、脚からはイオンスラスター、それらが一斉にあやか目掛けて発射された。加えて天から照射されるイオンレーザー。
あやかは、力強く頷いた。
「リロードッッ!!!!」
絶望的なまでの質量・光学兵器の群れ。
対する少女の武器は拳一つ。
「リロード! リロードリロードリロード――――
イ ン パ ク ト マ キ シ マ ム ッ ッ !!!!!!」
あらゆる攻撃を時空間ことカチ上げるアッパーカット。奇妙に上方向に歪んだ破壊の奔流が天から照射されたイオンレーザーと対消滅した。
お互い、無傷。
インカムから聞こえる女の息遣いも、真下で目を見開いているクロキンスキーも、今はあやかにとってはノイズにしかならない。互いの距離は百メートル以上。睨み合う時間が、半秒。
「っな!?」
何故か裏拳を放ったあやかが、背後からのカウンターで吹き飛ぶ。サイブレックスは根本から光が途切れたフォトンセイバーを上下に振るう。
動きとしては、こうだ。
あの距離から瞬時に背後を取るサイブレックスの予備動作を、あやかはしっかりと知覚していた。その勢いをそのまま活かしたカウンター、を読まれて置き返された。だが、あやかは追撃で放たれたフォトンセイバーの根本を拳圧で弾き飛ばしていたのだ。
『⋯⋯こんな、ここまで⋯⋯⋯⋯これは、ナビできない』
あやかは立ち上がって、構えた。ファイティングポーズに構えた両手の奥、猛禽のような目付きが爛々と輝く。
「リロード」
コンマ1秒後、復活したフォトンセイバーをあやかが脇で固め防いでいた。
「クラッシュ」
とサイブレックスが認識したのと同時。
「インパクト」
その顔面に拳が突き刺さる。
「キャノッ!!?」
とあやかが思ったのと同時、高性能アンドロイドの足が拳を防いでいた。返しの蹴撃であやかの右腕が破裂した。
「リロードリロード! リペア!」
再生直前の右腕をサイブレックスに押し当て、再生速度そのままにぶん殴る。展開された素粒子結界をぶち抜かれて、今度はサイブレックスが吹き飛んだ。だが、あやかは拳の痺れに危機感を抱く。
「効いて、ねえな⋯⋯」
『今、何が起きたの⋯⋯?』
陽電子頭脳AIによる先読み、立体機動の音速機動、その先の領域に指を掛けたあやかを阻むもの。それは、人工竜鱗複合装甲が発揮する超耐久だった。
「お前――――高性能だな」
サイブレックスの全容をじっと見つめ、あやかはにっかりと笑った。
「私――――高、性、能!」
言葉と同時、イオンレーザーが降り注いだ位置には既にあやかの姿はない。片足を上げたサイブレックスと、派手に吹き飛ぶあやかの姿。攻撃を感知して飛び出したあやかに対し、サイブレックスが蹴りを置きにいきカウンターを決めたのだ。
(⋯⋯少し、見えた)
機神は上げた足をぶらぶら揺らした。あやかが足首を捻って壊そうとしたからだ。大きなダメージは無かったようだったが、その動きにあやかは手応えを感じていた。
(俺もアレ、出来るかな⋯⋯⋯⋯?)
陽電子頭脳AIによる先読み。
あやかが誇る『増幅』の
灰色の、いや、紅蓮の灯火に散っていった魂を思い出す。新たな領域の獲得、掴んだものの成長。彼女の本領は、果たしてどこにあったか。
――――これじゃあ、私には勝てないね
煽られるように、あやかは魔法の行使を最低限に抑えてきた。自分がいた世界とは、別の世界。今まで見たことのない脅威。魔法抜きに対応出来なかった自分の無力を噛み締める。
(いや、違えな――――この魔法も、俺の一部だ)
否定なんてさせない。
そして、この世界で見てきたもの。出逢ったもの。未知への対応力に培ったのは。
「最大限活かしきる――――学ばせてもらうぜ」
重心を低く構えるあやかが真っ直ぐ前を見据える。対するサイブレックスは無表情のまま十数秒を待った。
戦闘開始からちょうど一分間、彼女の兵装が復活するまでのクールタイム。高性能アンドロイド、何もかもが計算尽くだ。
両手をビームライフルに切り替えたサイブレックスは、距離を保ちながらあやかを狙い撃ちにする。身を開きながら回避したあやかはホーミングしていくるマイクロミサイルの腹に掌底を添えた。そして、受け流すかのような動作で上空からのイオンレーザーにぶつける。
魔法抜きで、凌いだ。
「近付かねえのが、アンタの戦闘スタイルか!? 最初の一斉攻撃は悪手だったな!!」
脚部のイオンスラスターによる音速移動。位置は掴めてきた。お互いに先を読みながらの応酬。
「リロードロード!!」
飽和攻撃の合間を縫ってあやかが飛び出した。だが、その手は届かない。回避と迎撃だけで、一切の攻撃が届かなくなった。
速度の差は絶望的だった。こと戦闘における圧倒的な嗅覚が辛うじて戦いを成り立たせているが、未来予知に近い先読みと音速挙動、そして、届いたとしても果たして装甲を突破できるのか。
「じゃあ――――範囲ッッ!!!!」
『増幅』の
「⋯⋯少し、痺れました。再生完了です」
ほんの少しのダメージと、一秒にも満たない再生。そんな絶望的な光景を前に、あやかは犬歯を剥き出しにして獰猛に笑った。
♪
「おい⋯⋯あれは、洒落にならんぞ! どうすんだ!?」
タブレット端末に向かって怒鳴るクロキンスキー。
『⋯⋯まさか、ここまでのスペックを隠し持っていたなんて。私のシミュレーション結果よりもふたりの行動の方が早い。あの機体の動きは完璧に把握出来るけど⋯⋯意味が、無い』
「目論見違いか⋯⋯あやちゃんだけでも、何とか引き上げられないか!?」
『無理。サイブレックスというより、オリヴィエにロックオンされているから逃げても追ってくるだけ』
クロキンスキーは拳を握り締めながら唸った。相棒の危機に何も出来ない自分の無力さが恨めしい。
「どうにか和解する手は!? 俺たちには戦う理由がないんだぞ!!」
『ダメだよ。私の存在はもうバレた。ここを私が乗っ取っている限り、奴はなんとしても排除してくるハズ』
男の目が変わったことに、タブレットの女は気付かない。
『ただ、このままお姉ちゃんが引き付けてくれるのなら手はある。データサーバをハッキングして、サイブレックスの『緊急停止プロトコル』を作動させるしかない』
「そんなのあるのか!!?」
『無い方がおかしい⋯⋯確証はないけれど。あんな恐ろしい兵器を、手綱を付けずに野放しにするとは思えない』
クロキンスキーは上空を見上げた。防戦一方でも、あやかは折れずに喰らい付いている。徐々にその動きも追い付いてきている。
共に氷壁を越える時もそうだった。彼女は吸収力が桁違いに高い。
だが、それだけで倒せる相手とも思えなかった。そもそも戦うこと自体が前提としておかしいのだ。彼女の拳撃があの機体に通じる光景を、全く想像できない。
「⋯⋯急げ。急いでくれ!!」
『もうやってる!! でも、ああ――――やっぱり来た!?』
タブレット端末の周囲に複数のモニターが浮かんだ。そのどれもに回路のような図形とプログラムコードが所狭しと蠢いている。
回路図を進む緋色の光と、それを阻む青藍の光。
「なんだ、これ⋯⋯⋯⋯?」
『オリヴィエ・ソミェット! そりゃそうだよ抵抗するって!』
つまりは。
『かかってこい――――電子戦だッ!!』
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