従者、前人未到の地にて邂逅する
【エリア5-4:アークアーカイブス】
「「なんじゃこりゃあああ――――――ッ!!!?」」
氷壁を超えた先は、超巨大なクレバスが広がっていた。その形状は自然に出来たものにしてはあまりにも整然としていたし、巨大な空調ファンとクレバスの奥深くまで広がる謎の建物はどう見ても人工物でしかなかった。
「これが地上10000mの環境なのか、俺様初めての経験だぜ!」
「んなわけあるか!? なんだこれ、まさか俺たち以外で既に氷壁を踏破している奴がいたってのか⋯⋯!」
あやかは腕を組んで首を傾げた。踏破者が既にいる可能性については、彼女は特に否定する気も無かった。事実として自分たちがここにいるのであれば、他に辿り着いている者がいてもおかしくはない。
問題は、ここまで明らかな人工物が広がっていることの方だろう。慌てるクロキンスキーと考えるあやか。ここまでとは逆な反応を見せ、ついにある可能性に思い至ったあやかが口を開いた。
「氷壁人だ!」
「なんだって!?」
「クオルト氷壁人だ!」
「いや、『現地人が高度な文明を持ってたんだ!!』と主張したいのは分かっとる!!」
「へへ、さすがは俺様の女房役!」
「そうじゃなくてだな――――いや、いいか」
大きく肩を落としてクロキンスキーは頭を抱えた。うきうきでクレバスを覗き見るあやかの様子を見て、今後の展開が分かってしまう。
「じゃ、もう分かってるな! 俺様はこの先に用がある。進めばこの謎も分かるだろ」
「俺もここまで多くのもんを失ってきた。今さら途中で止まれん。ここまで来たら最後まで付き合うさ⋯⋯でも、その前に」
バックパックをがさごそと探り、奇妙な機械を取り出す。折り畳み式らしく、ガチャガチャとカメラの三脚のように組み立てていく。
「よし――――送信!」
赤いランプが点滅する謎の機械。あやかは興味深そうに顔を近付ける。
「おい、そこ邪魔だ」
「へーい⋯⋯で、なにこれ?」
「信号通信だよ。ここまで救助依頼用に使ってたんだが、ここに至ってはようやく堂々と『踏破』の信号を送れるぞ! ⋯⋯だからそこ邪魔だって」
どかない。
あやかは仁王立ちで遮りながら、言った。
「⋯⋯すんごい今さらなこと言っていい?」
「そんなこと聞くのも今さら、言うだけ言ってみい」
「俺様、実はセントラル側に動きを悟られないように氷壁に来ているから、そうされるとちょっと困るんだぜ。だからハンター登録もしてない」
「ほんと今さらだな!? もう止められんぞ!!」
「Σにゃんだってッ!!?」
あやかはじたばた手足を動かして空気を掻き乱す。つられてクロキンスキーも両手で遮ってじたばた空気を掻き乱した。二人してじたばたし続けて、そして一時間が経過した。
「⋯⋯行くか」
「⋯⋯そだな」
無駄な徒労感を背負って、二人はクレバスの中に降っていく。
♪
「うおお、すっげえでっけえ、扇風機⋯⋯⋯⋯」
「何目的なんだ、これは⋯⋯⋯⋯」
崖沿いに並ぶ巨大なファンの前に降り立つ。極寒の地獄だった。防寒完備の二人がガチガチ震えるほどの。
「マズい、これ、氷壁の気温と比べもんに⋯⋯⋯⋯」
「冷やすのが、目的、か⋯⋯⋯⋯?」
あの謎の巨大建造物に近付くと、ほんのりと暖かい。だが、入口はどこにも見当たらなかった。中に入る方法はおいおい探すとして、取り敢えずは凍死する末路だけは避けられたようだ。
「⋯⋯クロちゃん、ちょっと試したいことがあるんだが?」
「何か策があるのか?」
「策っていうわけじゃあねえぜ!」
言うや否や、あやかは巨大ファンに向かって飛び出していった。そして、巨大ファンに向かって大きく口を開き。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛「戻れバカ凍死したいのか」
扇風機に向かって「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」って言うのを試したバカを良識ある登山家が連れ戻した。氷壁突破の興奮からか、さっきからテンションがおかしい。建物の壁に頭を押し付けて温めてあげる。
『相変わらずだね、お姉ちゃん』
女の声。
びくっと二人の肩が跳ねた。この氷壁に挑み始めてからずっと二人しかいなかったため、人の声が妙に新鮮だった。
「この建物、しゃべるぞ⋯⋯?」
「これが氷壁人の姿だったのか」
『やめて。私をとんだ色物キャラにしないで。喋る建物がいるのは知ってるけど、私は違います。普通に人類です』
壁の表面に、妙にデフォルメされたポニーテールの女の顔が浮かぶ。二人、驚く。
『高月、
「おう! 俺様は高月あやかだぜ!」
壁に、長方形の亀裂が入った。幾何学的な紋様を浮かべ、綺麗にくり抜かれる。
『さあさ、外は寒いでしょ。話は中でしましょ?』
「おう、悪いな!」
「うむ。厄介になる」
『え、お前は誰だよ』
あやかと一緒に入ろうとしたクロキンスキーに辛辣な言葉が叩き付けられる。
「俺はクロキンスキー、登山家だ」
『そうなんですか。ではもう帰っていただいて結構です。お疲れ様でした』
「ちょっと待て!!」
本当に帰ろうとしたクロキンスキーの腕を掴んで、あやかが待ったをかける。
「なんじゃい。招かれたのはお前さんだけなんだろう? 俺は自力で入口を見つけるし、見つからなかったら踏破地点でキャンプ張って待ってるよ」
「なあ、えっと⋯⋯『シラベだよ』シ、シラベとやらさあ! クロちゃんは俺様の行きずりの相棒なんだ! ここまで来て放りっぱなしなら俺様も行かねえぜ!?」
『じゃあいいや。一緒に入って』
やけにあっさりと引き下がられた。
「へ、いいの?」
『⋯⋯貴女が選んだ、のなら。それに、ちょっと時間が惜しい。揉めるくらいならまとめて来なよ』
「だってさ、クロちゃん」
「おおぅ、悪いなシラ『その名前で呼ばないで』⋯⋯り、理不尽だ」
『ああ、いや⋯⋯ごめんなさい。悪気があったわけじゃないんです。ちょっと⋯⋯貴女たちが降りてくるまで、想定より一時間も遅かったから少し急いでいて⋯⋯』
あの、無駄で、バカな、そんな時間のせいだった。
二人は妙に神妙な表情で中に入る。
中は妙に暖かかった。あやかは防寒具を脱ごうとしたが、クロキンスキーに止められる。『創造』の魔法で生成した特注品のおかげか、暑さ自体はそれほど感じられない。この先の未知の領域に対する警戒のためという彼の判断にそのまま従う。
「なんだこりゃ⋯⋯」
謎の声に導かれるまま進むと、建物内の全容が見えてきた。山脈丸ごと使った陽電子スーパーコンピューターと、大規模なサーバー群。よく考えたら義務教育の途中で止まっているあやかからしても、この極限環境に広がる光景ではないことは分かる。
自然ではなく、不自然。
であれば、そこには必ず理由がある。
(アリスの奴が言ってたのって、こういうことなのか⋯⋯⋯⋯?)
自分がここに派遣された理由を思い返す。
『さあ、着いたよ』
行き止まりだった。周りの景色からか、ここが最奥だということは分かる。そして、普通ならその通りなのだろう。
『今開けるね』
その言葉通り、何もない壁に直方体の亀裂が浮かぶ。その奥は手狭な空間が広がっていた。人が入ることを想定していない空間。その中央にはタブレット端末が安置されていた。
画面に浮かぶのは、さっき見たデフォルメ化されたポニーテールの女。あやかとクロキンスキーは続きの言葉を待った。
『まずは長い道中お越しいただき、ありがとうございました』
ほんとだよ、というツッコミは心にしまっておく。
『私のことは――――そうだね、『D』とでも呼んで。うん⋯⋯そう、さっきの名前は忘れてください。ああもう、時間なくて段取りが滅茶苦茶になっちゃった』
さっそくグダグダになりつつある空気。
だが、自分たちのバカな無駄が招いたことであるのでとやかくは言えなかった。
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