女神、キャンプファイヤーをする
「何してんだ⋯⋯?」
「あー! バッドデイさんおつかれー!」
タキシードで仮面な男を膝に乗せるニッコニコの遥加を見て、バッドデイはげんなりと肩を落とした。自慢のツナギに着いた泥を払いながら、妙に口元を緩ませて眠る仮面の男を蹴り飛ばす。
「バッドデイさん! 乱暴だめ!」
「うるせえ! コイツが敵なんだろうが!? ほんとに怪我はないか!!」
「あ、うん。私は大丈夫⋯⋯⋯⋯ごめんね、心配かけちゃった」
「まったくだよ⋯⋯!」
埃を払いながら立ち上がる遥加に、バッドデイは水筒と携帯食を差し出した。ぐぅ、とお腹を鳴らした遥加は気恥ずかしそうに受け取る。
「いやぁ、お腹空いてたんだよねー⋯⋯」
「たりめーだ! 夜通し戦い尽くしだったじゃねえか!」
「うん、ごめん」
「そうじゃねえ」
バッドデイは自分の水筒を掲げた。遥加は自分のソレを小さくぶつけると、二人して口に含む。
「勝ったな。よくやったよ」
「⋯⋯⋯⋯うん」
尖塔の有様を見れば、戦闘の凄まじさはよく分かる。
と、そんな二人の間を遮るように仮面の男は立ち上がった。
「あ! マルシャンスさん、おはよー」
「⋯⋯ええ、おはよう」
「おはようじゃねえ」
マルシャンスは遥加に跪いて頭を垂れた。が、バッドデイがその首根っこを引っ掴んで引き剥がす。
「怪我、ないかしら?」
「うん! 元気元気!」
「待てコラ、こっちは愛車がお亡くなりなんだぞ⋯⋯!」
ツナギの男から沸々と湧き上がる怒りのオーラに、遥加は力強く頷いた。
「そだね! だからマルシャンスさん、しっかり弁償すること!」
合法改造車両君とは遥加も共に冒険を繰り広げている。バッドデイが丁寧に運んできたタイヤ一組を見るにその魂までは朽ちていないようだったが、深く傷つけられたことは変わらない。
「もちろんよ。でもその前に――――話さないといけないことがあるの。悪竜王ハイネ、アタシに力を与えた竜について」
「竜!?」
何故か遥加が目を輝かせたが、すぐに平静を取り戻す。
「あ、ごめん。それってあの犬さん猫さんたちと関係ある?」
「ええ、アレらは悪竜王陛下がアタシの監視を兼ねてカスタマイズした特別製。斥候に放ったのも全部倒したんでしょう?」
「おうよ! 俺の愛車が火を噴いてやったぜ!」
「え!? 私だよー、私! 私が頑張ったんだよー!」
妙に圧が強い申告に、マルシャンスは苦笑いを浮かべた。
(アタシが斥候に放った四体と、拠点から動かせなかった六体。あの戦いが奴に伝わったのは痛手だったけど、監視の目が外れた今なら――)
「じゃあ、その話はやめようか。取り敢えず、外に出よ?」
出鼻を挫かれてきょとんとしているマルシャンスが、バッドデイに連行される。陽の位置からはもう正午を回っている頃か。遥加は何気ない所作で周囲を見渡した。
何かを喋ろうとしたマルシャンスの口を、遥加は自分の人差し指で堰き止める。
「で、どうすんだ?」
そのやり取りに何かを感じ取ったか、口を開いたのはバッドデイだった。
「目標は変わらないよ。マルシャンスさんがここで宇宙大将軍の勢力を押し留めていたみたいだからね。時間の猶予はなくなったのかな」
「⋯⋯それについては大丈夫。アタシがここで小競り合いをしていたのは悪竜王陛下に命じられた封じ込めだけど、それ以前にセントラルの『剣鬼』を警戒して攻めあぐねていたわ」
「ありがとう、マルシャンスさん。迂闊に手を出していてくれていたら――――終わっていたのかもしれないのに」
従者の少女は間違いなく気付いていなかっただろうが、かの『剣鬼』の風格は歴戦の修羅場を潜ってきた猛者故のもの。そして、それだけではない天性のものも感じていた。
(出方をミスっていたら、私も真由美ちゃんも真っ二つだったなぁ⋯⋯)
対抗出来るとすれば、真っ二つになっても戦えるもう一人の従者くらいか。
「ジェバダイアさんに会いに行こう。マルシャンスさんのお話はそれからだね。それでいい?」
「――貴女様のご随意のままに、我が女神」
跪いて頭を垂れた男が、少女の手を取って微笑んだ。遥加は慌てて飛び退く。
「いきなりどうしたの!? それやめて。マジやめて。私は女神でもなんでもないんだからね! いい!?」
「⋯⋯ええ、そこまで言うのなら。でも、貴女の光にアタシが救われたのは事実よ」
「あー! あー! あー! 私のことは『遥加ちゃん』って親しみ込めて呼んでねー!!」
「遥加ちゃん」
「〜〜っ、パス!!」
顔を真っ赤にしてバタバタする遥加がツナギ男の後ろに隠れる。
「照れさせんね、色男!」
囃し立てたバッドデイが蹴飛ばされる。
「⋯⋯そうかしら?」
「ま、この子に感化されたってのは俺も分かるさ。ウチのリーダーに惚れ込んだってんなら俺も男だ、とやかく言わねえよ」
「私、いつからリーダーになったの⋯⋯?」
少しは落ち着いたか、遥加がひょっこり頭を覗かせる。
「あと、バッドデイさんは私を送り届けた時点で任務終了だよ?」
「え!? ここに来てお役御免かよ!!?」
「え、いや、ほんとに危ないですよ⋯⋯⋯⋯?」
遥加としては、気を使ったつもりなのだろう。バドワイズ・フレッチャー・デイモンがセントラルから課せられた依頼は、叶遥加をマッドシティまで送り届けることだった。その目的は既に果たされている。
『悲哀』一派の陣地を崩すために、バッドデイと彼の愛車は死にかけた。この先にはそれ以上の危険がある。
「心配するな」
そんな小さな思いやりを、彼は大きく笑い飛ばした。
「俺もアンタのこと好きになっちまったからよ! とことん付き合うぜ! それに、これくらいの修羅場なら何度も潜ってる。セントラル民は苦境に強いんだぜ」
頭をくしゃくしゃに撫でられた遥加はくすぐったそうに笑った。屈託のない、天真爛漫な少女の笑顔に、マルシャンスの口元も自然に綻んだ。
(アタシの『悲哀』も、この子の光がきっと晴らしてくれる。この仮面を喜んで取れる未来が来る――――そんな気がする)
叶遥加。
バドワイズ・フレッチャー・デイモン。
『悲哀』のマルシャンス。
三人が並んだ。
「で、もし良ければ俺から提案したいんだが」
「はい、どうぞ!」
「先に『先端工業地帯』に寄らねえか? 俺の愛車を復活させねえと足がなくなるだろう」
「採用!」
「えらく軽々と⋯⋯いえ、理には叶っているのかしら」
「と、その前に確認したいことがあります!」
「「はい、よろこんで!」」
即席の三人チームでも、遥加が間に入れば連携は問題ないようだった。
「バッドデイさん、あの時言ったことを覚えてますか?」
「おう、もちろん覚えてるぜ! 何のことだ」「どっちよ」
「マルダーグラードで言いましたよね――――今夜は豪勢にキャンプファイヤーだって!」
「言ったっけ?」「覚えてないじゃない」
「一日遅れたけど、さ」
遥加はバッドデイを見つめる。
「キャンプファイヤーがやりたいッ!」
そして、マルシャンスを見た。
「キャンプファイヤーがやりたいッ!」
もう一度、反応がない(というか呆気に取られてる)二人に向かって。
「キャンプファイヤーがやりたいッ!!」
♪
夜。
マッドシティの牧場跡の一画で、異様な光景が広がっていた。焚き火台の上に組み上がる木材。その中で異世界謎技術が生んだ天まで届く火柱が上がっていた。
「私ね、キャンプファイヤーって初めてなの」
「「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」」
轟々と燃え盛る火柱を見上げる、曇りなき純粋な瞳。
「だから、なにかおかしいところがあったら、言ってね」
「「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」」
火柱を見上げながら、遥加はバッドデイやマルシャンスと手を繋いでいた。もちらん彼女が真ん中だ。
「じゃあ、行くよ」
((これ⋯⋯ほんとにキャンプファイヤー?))
実は二人もよく知らない。
バッドデイは下町のゴロツキだったし、マルシャンスは貴族の子弟だった。普通の子供がどんなキャンプファイヤーをやるのか、知ろうはずもない。
「――――セイ、ハッ!!」
「「え⋯⋯⋯⋯?」」
遥加は声を張り上げた。
手を繋いだままステップを踏む。
「何してるの! もっと声出して!」
「マイムベッサンソン!」
「マイム! マイム! マイム! マイム!」
「「マイムベッサンソン!」」
「マイム! マイム! マイム! マイム!」
「「マイムベッサンソン!」」
「はい、こっち!」
何故か向きを変える。
「マイム! マイム! マイム! マイム!」
「「マイムベッサンソン!」」
「マイム! マイム! 「なあ、これほんとに」 マイム!」
「「マイムベッサンソン!」」
「マイム! 「この子の望み⋯⋯叶えるのよ」 マイム! マイム!」
「「マイムベッサンソン!」」
「はい、こっち――――!」
どうやら、長い夜になりそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます